67 個別の報告会2
「それだけではない。黒髪の男は一人だけだったのだろう? 日用品を持ってきたわけでもなく、たった一人で。しかも村人が居なくなってから。偶然にしても出来過ぎている」
偶々、あの村に用事がある金の刻印を持つ神官が、偶々、村人が消えた後に一人で来て、偶々、金の刻印を持った死神を保護する。奇跡と呼べば聞こえはいいが、何かが出来過ぎているようにも感じる、とヴィクターは思っているようだ。
「それにだ。アルカ、君の特異技能について聞きたいのだが、問題ないか?」
いきなり話題が変わったように感じたが、そこには触れずにアルカは頷く。信頼関係を築いてから、とヴィクターは言っていたが、少なくともアルカはヴィクターを信頼している。突然指揮を執れと言ったり、遠征や派遣任務のような無茶振りをするが、バックアップや体調などの心配、そして立場が下のアルカ達にも頭を下げる事の出来る、人格者だと思っている。
「問題ありません。班長の事は信頼していますから。ね、キョウ?」
「ああ」
「そうか。その信頼を裏切る事の無いよう、心がけるとしよう」
満足そうに頷くヴィクターは咳払いを一つした後、すぐにいつもの表情に戻る。
「アルカの特異技能は話を聞く限り、恐らく対象を消滅させるのだろう?」
「そうです。感覚的には空間を指定してそこを消しているような感じです」
「なるほど。対象を指定して、ではなく、空間を指定して、か。射程距離は?」
「十メートルくらいでしょうか。それ以上も出来ると思いますが、試してみないと何とも」
目を輝かせ、興味深そうにメモを取る姿はまさに研究者そのもので、心底楽しそうな雰囲気が伝わってくる。
「遠距離攻撃ができる特異技能の特徴として、大体は距離が伸びる、範囲及び威力を増す、対象の素材や魔力によっては消費魔力が増える傾向にある。故に、アルカの特異技能では、あの村の村人すべてを消すことは不可能に近い」
ヴィクターの考察に、アルカとキョウが目を大きく見開いた。それもそうだろう。アルカはずっと自身が村人を消したと思っていたが、それを否定されたのだから。驚き過ぎて声の出ないアルカの代わりに、キョウが疑問を投げかける。
「で、でも、アタシが見たときは確かに誰もいなかったぜ……ですよ?」
「消えた理由が違うのだと私は考えている。クアド神官とその周囲は確かにアルカの特異技能の暴走によるものだろう。しかし、外にいた村人は別の理由で消えたのだ」
「別の理由……?」
「二人は良く理解していると思うが?」
そこまで言われて、思考がフリーズしていたアルカはようやく再起動した。
機動隊に着任して日の浅いアルカとキョウが関わった事件などたかが知れている。そして、人命がかかったものといえば、都市外調査訓練での出来事だ。
「まさか……攫われたのですか?」
「死体が無く、不死者もいないなら、そう考えるのが妥当だ」
「それにしても、大規模過ぎませんか?」
「あぁ、大掛かりで計算された計画だったのだろう」
そこからヴィクターは自身の考えている仮説を話してくれた。
いくら大人数でも村人数十人を確保するには、相応の数と武力が必要だ。しかし、力で村を制圧したという話は無かったため、少しずつ誘拐していったと思われる。村人が少しずつ居なくなるという怪奇現象に村人がパニックになり、神隠しの原因を死神であるアルカとキョウだと思い込み、殺そうとした。クアド神官はそれを諫めようとしたが、恐慌状態の村人には聞き入れられず、逆上した村人に暴行され、それを見たアルカが特異技能を暴走させた。外にいた村人はその時には全員攫われ、キョウが誰もいない事を確認し、アルカの特異技能で消したと思い込んだ。
「そして、村人を攫った犯人達の仲間が黒髪の男だと私は考えている。死神の子供は誘拐の対象ではなかったため、保護して施設に預けたのだ」
一見すると矛盾が無く、目的は不明ではあるものの、規模を考えなければ実行可能な話だが、アルカは大きな疑問が一つ浮かんだ。
「……それだけの大事を実行するのなら犯人達は死神ですよね? でもキョウの見た黒髪の男は只人でした。只人を攫う集団に神意教の只人が加担するとは考えにくいと思います」
「なぜ黒髪の男が只人と判断できる? 見た目だけで判断できると思ったら迂闊だ。正に目の前に、見た目だけでは判断できない死神がいるだろう」
あ、とアルカは呟く。全くと言っていいほど気にしていなかったが、ヴィクターは死神にしては珍しく、動物の特徴を持ち合わせていない人物だった。
黒髪の男が死神でありながら見た目で判断されないために、只人の目を欺き、神意教に入った人物だったとしたら、納得できる。
「それに、黒髪の男が只人であったとしても、利害が一致するのならば、進化種と行動を共にすることもある。今回のオオサカで体験しただろう?」
「……そうでした」
シャルズやローブの人物の印象が強く、協力していた企業の事を失念していた。オオサカでの捜査は、死神と只人が利害の一致で共闘していたのだった。
「黒髪の男の行動はいまいち一貫性が無く、それ故に目的が絞れない。こちらの捜査を攪乱するためか、別の目的があるのか、はたまた単なる愉快犯か。だが、君達二人をわざわざ生かし、生活できるようにしたのだ。何か裏があると考えた方が無難だ。十分に注意しなさい」
「はい」
「気を付けます」
背筋を伸ばして返事をしたアルカとキョウに、ヴィクターは頷きを一つ返す。
「よろしい。神意教に関しては以上だ。次は特異技能の話が出て来たので、それについて話すとしよう」
重い話がひと段落したところで、アルカは身体の力を抜いて少し楽な姿勢を取る。キョウも同じように楽な姿勢をとった。
「まずは私から特異技能を教えるとしよう。私の特異技能は強化、弱体化の二つだ」
「二つもあるのですか?」
「正確に言うなら、特異技能が芽生えた時に一つ、開花した時に派生としてもう一つだ」
特異技能は芽生えたものを基礎として、それに関係するような特異技能が開花するらしい。ただし、この派生は本人の主観に大きく左右される。一見すると関係のなさそうな特異技能であっても、本人から見るとしっかりと繋がりが存在するそうだ。
「特異技能が開花するメカニズムについては覚えているな?」
「たしか、誰よりも望み、願う意思、でしたよね?」
「そうだ。特異技能が芽生えてなお、渇望する意思こそが開花のカギだと私は考えている」
特異技能が芽生えた死神は、その強さと特権故に今以上を渇望することはほとんどない。そして、年を重ねるほどに魔力効率が上がることで、特異技能が開花せずとも何とかなってしまい、人生経験も豊富になることで、何ともならないと諦める事に慣れてしまう。
「特異技能が芽生えるにしても、開花するにしても、諦めの悪さが必要となってくる。だからこそ、諦めることに慣れる前の二十代までに特異技能に芽生えるか、開花する必要がある」
特異技能が開花している人物に話を聞いたところ、全員が二十代で開花したそうだ。芽生えに関しては対象者が増える事もあり、極々少数、三十代で特異技能に芽生えた人物がいるらしい。
「そう言えば、五班班長が私達の年齢で特異技能に芽生えることは珍しい、みたいなことを言っていました」
「実際、かなり珍しい。昔はちらほらいたらしいが、現存する資料が殆どなくて研究できていない」
子供は、例えばおもちゃが欲しいと泣いて懇願するほどの渇望を見せるが、特異技能は芽生えない。これは精神が未熟で、単なる生理的欲求に過ぎないからだ。
特異技能は、しっかりとした理性を持ったうえで、本能が渇望して初めて芽生えるものである。だからこそ、ある程度精神的に成長しながらも、諦めることに慣れていない年齢である二十代までに特異技能が芽生えなければ、それ以降、芽生える可能性はかなり低くなる。
「恐らく、二人は生活環境によって普通の子供より精神的な成長が早かった。そして、生命の危機に本能が力を渇望したのだろう」
アルカはヴィクターのこれまでの話と考察に思い当たる節があった。
「……確かにあの時、私は目の前の光景が無くなってほしいと願いました。だからこそ、何かを消す特異技能が芽生えたんだと思います」
「……そうか。……ところでキョウの特異技能はどんなものなのだ?」
少し重い空気になったことを鋭敏に察知したヴィクターは、ずっと黙ったまま座っているキョウに話題を振った。
「アタシの特異技能の名前は“怪力”です」
「……名前、付けてたの?」
「うん。カッコイイから」
何ともキョウらしい理由で、アルカの身体から力が抜ける。ヴィクターも頭が痛そうにこめかみを押さえていた。
「格好いいかどうかはどうでもいいが、アルカも特異技能に名前を付けなさい」
「何故です?」
「名前を付けることは名誉なことだからだ」
新たに発見した物や現象、開発した物に名前を付けるという行為は、研究者にとって名誉そのものらしい。後世に自身の名前と共に残り、ずっと使われることになるため、変な名前は避けるように、とヴィクターは言う。
アルカは、自分は研究者ではない、という言葉が喉まで出かかったが、何とか飲み込んだ。
「ついでに言うと、報告書を書くのも読むのも楽になる。一々、特異技能の事をぼかして書くと面倒だ」
勿論、相手によってはぼかして書くこともあるが、自身の特異技能について知っている人に対してするのは無意味なので、労力を少しでも減らすことができる。
「他班や隊員、一般向けの資料では特異技能については書かないが、それは私や大護の役目だからな。君達はそこまで気にしなくていい」
外部に見せる資料はヴィクターや大護が製作を担っているらしい。会議資料として使うことも多いため、他人に製作を任せると自身の欲しい情報と差異が出てきてしまう事もあるため、自身が製作することにしているという話だった。
そんなヴィクターの話を聞きながら、アルカは特異技能の名前を考える。報告書に書くなら簡素で一目でわかる言葉がいいだろう。
「班長、特異技能の名前を決めました」
「ほう?」
「“消滅”にします」
短くて分かりやすい。ついでにキョウが格好いいと思うような名前にしてみたがどうだろうか。そう思ってアルカはキョウとヴィクターを交互に見た。
「カッコイイじゃん!」
「端的で分かりやすい。アルカが納得できるならそれでよいのではないか?」
目をキラキラさせて楽しそうなキョウと、はしゃぐキョウに若干呆れながら、悪いとは思っていなさそうなヴィクターがいた。
反対意見が出なかったので、アルカは自身の特異技能を“消滅”と呼ぶことに決定した。
「二人の特異技能は名前から察するに攻撃型のものだろう。しばらくは実践と戦闘訓練時以外の使用は控えるように。後日、私の時間が空き次第見に行く」
含みを持たせたヴィクターの言い方に引っ掛かりを覚えつつ、アルカは頷く。そんなアルカの疑問の声に答えるように、ヴィクターはため息をついた。
「はぁ……、大護が特異技能の訓練と称して普段から使い続けた結果、他の班員から苦情が来たことがある」
「それは……大変でしたね」
アルカとキョウも思わず苦笑いが浮かぶ。そして、配属してすぐ、音も気配も無く大護が背後から声を掛けてきた時も使っていたのかもしれない、と考えがよぎった。
丁度その時、班長室の扉が開いたのだった。




