62 病院にて
ここは、都市オオサカの第一区画内に存在する、権力者や一部の富豪が使う病院の、とある一室にアルカはいた。
部屋の中央に設置されているベッドの横の椅子にアルカは座っており、下を向いているため表情は見えない。
そのアルカの横で、同じように椅子に座っている龍造はアルカの様子を窺い、声を掛けようとするが言葉が見つからず、アルカから視線を外した。そして、同じ部屋にいる小十郎とテツに顔を向ける。
「……いったい何があったんじゃ?」
「あー、それはですね……」
テツは言いにくそうに口を開く。歯切れの悪い言葉を聞きながら、龍造は小さくため息を吐くのだった。
ローブの人物が窓から逃走したすぐ後、血相を変えた小十郎とテツが扉を蹴破る勢いで入って来たのだ。
これは、意気揚々と逃走した犯人達を追いかけて拘束し、その旨を大護に連絡したところ、「新人二人を残して何をしているんですか!? そういう事は、第一にこちらに連絡をしてください。何のために包囲網を敷いたと思っているのです!? 今すぐ戻りなさい!」と雷を落とされたためである。
二人は慌てて元の建物に戻り、気配察知で各階を探りながら最上階まで駆け上ると、そこには、普段からは考えられない程、取り乱しているアルカと、ピクリとも動かないキョウの姿があった。ひたすらキョウの名前を呼んで、身体を揺さぶっているアルカをすぐに落ち着かせ、キョウの応急処置をしながら大護に連絡を取り、全速力でこの病院に駆け込んだのだ。
「緊急手術も無事終わり、キョウの命に別条がないことがわかった事までは良かったのですが……」
そこで、一度テツは話を切った。そして、アルカの方を見る。つられて、龍造も視線を向けると、綺麗に切り分けられたリンゴを、無理やり口に詰め込まれるキョウの姿があった。
半泣きになりながら、視線だけで「助けてくれ」と懇願するキョウの様子に、龍造はアルカを諫める言葉をかける。
「のう、アルカ。キョウも病み上がりじゃし、そのへんに……」
「ダメです。キョウが、お腹がすいたって言ったんです。たくさん食べて早く怪我を直さないといけないんです」
龍造が言い終わる前に、アルカは被せるように言葉を発する。その取り付く島もない様子に、龍造は再びため息とともに首を軽く振った。そして、キョウから視線を外して、テツに話の続きをするように促す。
「手術が終わり、キョウが目覚めるまでの間、アルカは一睡もすることがなかったのです」
「夜通し起きていたのか……」
「はい。病室に移ってからは、ずっとその席でキョウの手を握っていました。キョウのことを心配していたのでしょうが、こちらからすると、アルカの方が見ていて心配になるほどでした」
自身も怪我をしているのにもかかわらず、そんなことは一切お構いなしで付きっきりだった様子からも、アルカにとってどれほどキョウが大切な存在か、二人の過去を知らない龍造ですら、痛いほど伝わってくる。その大切な存在の意識が無いのだから、それは、それは心配だったのだろう。
それが、どうしてこんなことになったのか、さっぱりわからない。
「何でこんなふうになったんじゃ……」
「それはですね……」
アルカがこうなってしまったのは、キョウの一言が原因だ、とテツは語る。
その一言というのは、キョウが目覚めての開口一番「お腹すいた~」という台詞である。その言葉を聞いたアルカは、瞬くような速さで、お見舞い用の果物盛り合わせ(特大)を買って来たのだ。最初こそ美味しそうに食べていたキョウだったが、手術直後で本調子ではないことと、流石に飽きたのと、アルカの食べさせるペースが速いのとで、今に至る。
「何というか、とりあえずアルカが疲れている事だけはわかるのう」
心配のし過ぎで、あらぬ方向に行動が飛躍してしまっているようだ、と龍造は結論付けた。
龍造の見る限り、いつもキョウに振り回されているアルカが、今回ばかりは振り回しているのだ。たまには振り回される側の苦労も知っておくべきだと思う。
とはいえ、今度はパイナップルを口に詰め込まれて、顔色が青くなっているキョウに助け舟を出す。
「アルカ、そのへんにしておけ。キョウの顔色が悪くなっておる」
アルカの手首を掴んで、力任せにキョウから引きはがす。その際、物凄く恨みがましい目で見られたが、見て見ぬふりをする。
「キョウも目が覚めた事じゃし、アルカも休め。寝ておらんのじゃろう? そんなのでは任務に復帰が遠のくぞ」
「うぅ、はい……」
「この部屋で仮眠をとる手配はしておく。一応、護衛兼連絡役としてテツか小十郎を残すから、何かあったら使え。テツ、どちらが残るか小十郎と決めておくんじゃ」
「わかりました」
「アルカとキョウの体調が整ったら大護に連絡を入れろ。戦闘の詳細を聞きたいそうじゃ」
「はい」
テキパキと話をまとめ、「任務に戻る」と言って、龍造は部屋から出ていった。龍造は普段は酒が云々という態度だが、必要な時には仕事をしっかりとこなせる人間なのだ。
龍造が出ていった後、看護師が毛布を持ってきた。そして、部屋にある椅子を横並びにして、簡易的なベッドにする。入院患者の付き添いは、よくこうして病室に寝泊まりするらしい。
看護師が寝泊まりの準備を終えて出ていき、小十郎も後に続いて病室から出ていく。
「……早く良くなれよ」
去り際に、気遣う言葉を残していった。テツ曰く、小十郎は口下手なので、あれが精一杯の心配の言葉のようだ。
病室が静かになり、アルカも正気を取り戻したので、今後の予定を確認する。
「私はこの後、一度列車に戻ってキョウの着替えを持ってきます」
「ええ、わかりました」
ついでに、アルカ自身も着替えとシャワーも浴びてくる予定だ。先の戦闘のままなので、軍服は所々裂けて、血が滲んで赤黒く染まっている。応急処置は済んでおり、消毒もバッチリなのだが、見た目があまりよろしくない。キョウが無事と分かった今、早いとこ戻って着替えたいのだ。
「アタシはどうすれば?」
アルカの軍服の裾を掴み、キョウが聞いてくる。一応、病人なので大人しくしておいてほしいが、キョウは読書などの動かない活動が大の苦手だ。
「寝とけば?」
「眠くないし」
「なら報告書でも書いておけばよろしいのでは?」
「なんか急に眠たくなってきた」
その言葉に、キョウはふらりと倒れこむように、ベッドに横たわる。折角、テツが非常に有意義な意見を出してくれたが、キョウは絶対にやりたくないようだ。がっしりと布団を掴んで、顔を隠すようにしているキョウに、揃ってため息を吐く。
それを横目に、アルカは扉に手を掛けた。
「キョウ、報告書からは逃げられないよ」
今度は耳までしっかりと布団を被るキョウであった。
―
同日昼過ぎ、仮眠と食事をとって回復したアルカは、テツに大護へ連絡してもらい、戦闘の詳細を報告することとなった。予定時刻までは暇なので、戦闘を思い出しつつ、報告書を書いておく。
「あー、報告書書くの面倒くせー」
「どうせ書かないといけないでしょ。早めに終わらせたら後が楽だよ」
ベッドに備え付けられた可動式の机に伏せながら、ぐちぐちと文句を垂れるキョウに、アルカは早く報告書を書くように促す。愚痴を吐いたり、机に伏せたりする時間があるなら、その分書けばいい、とアルカは思う。現にアルカは、一緒に書き始めたのにもかかわらず、八割がた書き終わっている。ちなみに、キョウは三割程度だ。
「うー、アルカのだけで良くない?」
「班長と副班長を説得出来たらいいんじゃない?」
まず不可能だと思うけど、という言葉は、言わなくても伝わったようだ。頭を抱え、一通り唸った後、キョウは報告書に向かい合った。
それからしばらくの間、真面目に報告書を書いていると、大護への報告の予定時刻となった。
テツが情報端末を操作して机に置き、アルカ、キョウ、テツの三人が映るように並ぶ。情報端末からホログラムの画面が浮き出て、そこに大護の姿が映る。
『容体は龍造から聞いていますが、問題ありませんか? キョウ、アルカ』
「はい、アタシは問題ないです」
「私もです」
『では、報告の方をお願いします』
アルカは建物への潜入から、小十郎とテツが逃げた犯人達を追いかけていったところまでは、掻い摘んで話す。その後のシャルズとの戦闘は、シャルズが何かを服用したことにより、急激に強くなったことや、見たことのない武器を使ってきたことを特に詳細に伝える。
一通りの報告を聞き終え、腕を組んで、珍しく難しい顔をしていた大護が口を開いた。
『ふむ、収穫も多いですが、疑問も増えましたね……。未知の薬らしきもの、武器、ローブの人物』
「ローブの人物は廃墟群で私が交戦した間違いないと思います」
『その根拠は?』
「身長と戦闘能力の高さ、声と笑い方があの時と同じでした」
声から察するに女性で、アルカを子ども扱いするような人間はそう簡単にいない。寧ろ、いて欲しくない。それに加えて身長や声まで似ている確率は、現実的に考えてかなり低い。
『アルカが言うのなら、同一人物という線で考えていいでしょう。目的は自分達に繋がる人物の抹殺でしょう』
「副班長、そのことについてですが……」
アルカはローブの人物と対面していた時に、頭に浮かんだ自身の考えを伝える。
『なるほど。確かにアルカ達を殺した方が情報漏洩は防げますね。半死の目撃者をわざわざ活かしておく意味がない。ローブの人物の実力を鑑みても、アルカの特異技能を初見で回避することは可能だと』
「はい。情報漏洩対策での殺害も目的の一つだと考えられますが、私達に対する行動は意味不明です」
ふむ、と大護は再び考こむ仕草をするが、すぐに視線を戻した。
『それについては班長も交えて考えましょう。話を戻しますが、シャルズの使った見知らぬ武器についてです』
その言葉に、アルカとキョウは背筋を伸ばした。あの武器は余りにも危険な物だったのだ。体感したからこそ、あの武器の異常性が痛いほど理解できる。もし大護が軽く考えているようだったら、必死に説明するつもりだ。
『推測は出来ますが、それについては班長の許可が必要なので、トウキョウに戻ってから詳しく話します。それまでは他言無用です』
アルカの予想外の言葉が出てきた。あの武器は新しいものではなく、既に知られている物らしい。しかも、ヴィクターの許可が必要ということは、機密事項ではないだろうか。とんでもないことに関わってしまったらしく、アルカは心の中で首を垂れるのだった。




