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死神少女は生きています  作者: 気晴
第三章 積み重なる過去
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60 ギリギリの戦い

 アルカが武器のリーチを捨ててまでシャルズの懐に飛び込んだ理由は三つある。

 一つ目は、たとえリーチに分があってもアルカの膂力ではシャルズの爪を攻略することが出来ない事だ。力負けしている上、素手のシャルズの方が身軽で攻撃の手数が増えるため、アルカの攻撃は全て防がれる。だからこそ、爪を搔い潜って有効打を与えようという判断だ。

 二つ目は、防御のためだ。間合いを詰めることは、一見すると相反することのようにみえる。だが、打撃においては一番勢いの付く、腕や足が伸び切る瞬間が最も威力があり、半端に距離を取るとかえって危険なのだ。まして、再生能力を持つシャルズがダメージ覚悟で踏み込んできた場合、アルカの方が余程不利になる。

 ならば、殆ど意味のないリーチ差を捨て懐に飛び込んだ方が、爪の脅威は増えるものの、打撃の不安要素を大幅に減らせるというメリットがあるのだ。

 そして三つ目は、少しでもシャルズの意識をアルカ自身に割かせるためだ。現状、力で勝るキョウの方がダメージを与えやすい。ならば、少しでもキョウに攻勢に回ってもらうべく、危険を冒してでも前に出る必要があった。

 間合いを詰めたアルカにシャルズの猛撃が襲い掛かる。

刀で弾き、体術で逸らし、体を捻る。それでも躱しきれない攻撃がアルカを掠めた。防戦一方になったが、それはアルカの予定通りだ。

危険を冒したかいあって、シャルズの意識がアルカに割かれ、キョウの大振りの攻撃をする間が生まれた。

 アルカは腰を折り曲げ爪撃を躱し、同時にキョウの攻撃がシャルズに襲い掛かる。


「オラァッ!」

「ガアアァァッ!」


 大剣と爪が交わる。

速度の乗る大剣の先端ではなく、より柄に近い位置で受け止めたことが功を奏したのか、力が拮抗し、大剣を爪で止めたのだ。

 しかし、それもアルカの計算の内。全力で体を捻り、シャルズの両腕を肘から切り落とす。骨は断ち切れないが、関節を狙えばアルカでも切断は可能だと判断し、事実、成功した。

 追撃とばかりに、キョウの前蹴りがシャルズの鳩尾にクリーンヒットし、机を破壊しながら吹き飛ぶ。


「手応えあり」

「でもまた来るよっ!」

「ガアアァァァッ!」


 砕けた机の中からシャルズが飛び出してくる。もちろん腕は再生していた。

 爪撃を避け、アルカとキョウは阿吽の呼吸で攻撃を繰り出すのだった。





「これでも食らっとけっ!」


 キョウの大剣が爪の上から強引に右腕を叩き切った。アルカも容赦なくシャルズの胴を切り裂く。

 あと何度腕を、脚を切り飛ばせばよいのだろうか。切りつけた数はもはや分からない。荒い息を整える暇もなく、どれだけ時間が経ったのかも分からない。長いような、短いような。確実に言えるのは、アルカの魔力はもうそれほど残っていないということだ。

 だがそれはシャルズも同じのようだ。再生速度は最初よりもかなり落ちており、治りきっていない傷口がちらほらと見える。加えて、獣のような叫びしかしなかったが、今では譫言の様に言葉を発するようになっている。


「クソが……ふざけんな……クソが……」

「ええい、鬱陶しい!」


 爪を躱し、腕が再生しきっていないガラ空きの胴にキョウの蹴りがめり込み、メキッと嫌な音を上げて吹き飛ぶ。

 しかし、シャルズは空中で態勢を整え、ふわりと着地した。そして腕が再生し、傷も塞がってしまう。

 その様子にキョウは舌打ちをしながら、同時に、横目でアルカの様子を窺った。

 アルカは随分と荒く息をしており、額には脂汗が浮かんでいる。そして、キョウの見立てでは、集中力も切れかかっていると思われた。

先ほどの斬撃は胴体を捉えたのだが、アルカが本調子ならば確実に四肢を切断していたはずである。この戦闘で相手の懐に入っての攻防や、関節を的確に狙っての斬撃で、かなりの集中力を消費してしまったようだ。

 加えて、魔力も残り少ないようだ。キョウよりも戦闘が多かったのだから、消費しているのは当然だろう。

 早いところ決着を付けなければ、と大剣の柄を握り直し、アルカの負担を少しでも減らすべく、こちらに飛び込んでくるシャルズの迎撃に当たる。

 抜き手のごとく繰り出された右腕を、大剣の腹を盾のようにして受け止める。大剣を隔てた向こうでメキョメキョと聞くだけで痛い音が響く。

しかし、シャルズの勢いは止まる様子は無く、大剣の盾が無い方向から、残った手で攻撃してくる。

 その迫る手刀をはっきりと認識し、キョウはニッと笑う。


「それは悪手だぜ」


 そう言うキョウの目前で、手刀は止まった。正確には、手首を掴んだキョウの怪力によって動けなくなっていた。

 これだけ戦えば、いくらキョウでも相手の変化くらいは分かる。分かったのは精々、再生能力と身体能力の低下くらいだが。

 キョウは大剣に伝わる衝撃から、力で絶対に勝てる事を悟り、即座に反撃に転じたのだ。

 ピクリとも動かない腕に業を煮やしたのか、指があらぬ方向に曲がったままの右腕を振り上げた。

 振り下ろされればキョウの腕が折れるかもしれない一撃だが、それを待ってやるほど、キョウもお人好しではない。


「ゥオラァァアアッ!」


 全力で体を捻り、遠心力を乗せて、シャルズを床に全力で叩きつけたのだ。

 受け身を取る暇さえ与えない、豪快な一撃が決まる。地面にヒビがその衝撃を物語っていた。

 それでもなお気絶すらせず、緩慢な動きではあるが、動き出そうとするシャルズにダメ押しの叩きつけを行う。

 二度目の衝撃で床が凹む。

 その結果、シャルズはピクリとも動かなくなり、腕がだらりと下がる。


「やったか?」

「寧ろ、やり過ぎじゃない?」


 キョウの叩きつけなど味わった日には、しっかりと受け身を取っても大ダメージは必至だ。それを二度も受けたのだ。あの再生能力をもってしても再起は簡単ではないだろう。運が悪ければ死んでいる可能性だってある。

 そう聞いたキョウの顔色が悪くなった。


「今回の捜査の犯人殺しちゃったらヤバいじゃん」

「それはそう」

「冷静に言うなよ!」

「でも、しょうがない側面もあるし。班長ならわかってくれるよ」


 意識が飛んでいる様子のシャルズを片手で持ち上げて、俄かに騒がしくなったキョウがうだうだ言い始めたが、はっきり言って疲れているので相手にしたくない。

 そう思い、ため息か深呼吸かわからない大きな息を吐いてからシャルズを見ると、ピクリと動いたような気がした。

 気になったので、未だ片腕を掴まれたままのシャルズを確認しようと近づいたところ、アルカの予想外の事が起こる。

 意識がない様子のシャルズが、的確にアルカを攻撃して来たのだ。気が抜けていたアルカには余りにも急な出来事で、咄嗟の行動が出来ず硬直してしまう。

 アルカを射抜かんとする爪撃は、しかしながら届くことは無かった。

 キョウの拳がシャルズの顔面を打ち据えたからだ。腕を掴んでいたからこそ、いち早く動きを察知することが出来たのだ。


「油断大敵、だぜ」

「助かったよ、キョウ」


 何時ぞやキョウに言った言葉を丸々返される。実際そうなので、深く反省する他ない。

 まさか、そのキョウの一撃が、更なる困難の引き金になろうとは、二人は思ってもない事だった。





 その男、シャルズは不思議な体験をしていた。何と表現すべきか。幼少期に偶に見た、出来の悪い悪夢のようだ。

 思考に靄がかかっているようで頭が回らず、視界はひどくぼやけている。その中を高速で動く物体を相手に、普段の自分では考えられないような速さで、自身の身体も勝手に動くのだ。

 時折、腕や脚、身体の一部が熱湯をかけられたが如く熱くなるが、それも一瞬。すぐに何事もなかったかのように元通りだ。

 どれほど時間が経ったのだろうか。身体に熱が走る度、徐々に靄が晴れていく。そうして幾つもの熱と共に段々と状況を思い出してきた。


「あぁ、そうだった。ガキ二人にしてやられたんだったな。で、俺はあの薬を飲んだ」


 協力者から渡された薬の副作用でこうなったのだ、と結論を下す。


「チッ、ガキはつえーし、薬は意味わかんねーし、最悪だ。クソが」


 悪態をつきながらどうすべきか、とだいぶスッキリした頭で考える。すると、身体が今までとは比較にならない程熱く、同時に激痛に見舞われる。


「がっ……く……そ……があぁぁああっ!」


 あまりの痛さに一瞬、息が出来なくなる。そして、鬱憤を発散するように、がむしゃらに暴れた。

 否、暴れようとした。が、それよりも早く、再び全身に熱と激痛が走る。


「っ……!」


 もはや言葉にならない言葉を発し、全身は激しい倦怠感に包まれる。

 意識が遠のき、少し前まで視界を高速で動いていた物体に最後の悪あがきを行う。

 その結果は、言わずもがな。頭に凄まじい衝撃が駆け巡った。そう、キョウが頭を殴った時の衝撃だ。

 普通であれば、意識を飛ばすには十分な衝撃だ。だが、協力者に提供された薬により強化された身体には不十分で、尚且つ、切れかかっていた薬の効果を吹き飛ばす絶妙な威力であった。

 シャルズの思考が急にクリアになる。そして、協力者の役立たず具合や、薬の力をもってしても二人に勝てなかったことなど、様々な事情が相まって激情に駆られた。

 その激情は、全身の激痛や魔力不足を忘れさせるほど強烈な物だった。





 最初に異変に気が付いたのはキョウだった。

 掴んだままの腕がビクッと震えたのだ。しかし、そこまで慌てる事でもないとも思っていた。

 キョウが顔面を殴った後、歪に肥大化していた筋肉は萎縮し、元の大きさに戻ったからだ。

もうあの異常な強さはない、だから簡単に拘束できる、と甘く考えていたキョウの考えは簡単に覆された。

よもや血を吐きながら、異常なまでに魔力を巡らせ、想像以上の力で暴れるとは思ってもみなかったからだ。


「クソッたれがぁぁあああーーーーっ!」


 それは何に向けての罵倒だったのだろうか。

 突然の大声にほんの一瞬、硬直の隙が出来てしまい、向こうに投げ飛ばされるキョウ。


「キョウ!? このっ!」


 すかさずアルカは刀で切りつけるが、それは躱されてしまう。その動きだけで、今のシャルズはかなり魔力を巡らせ、アルカ達と同等の身体能力がある事を悟る。

 

「さっきは良くもやってくれたな、ガキが。ぶっ殺してやる」


 血涙を流し、口の中に溜まった血を吐き出しながら、シャルズはアルカに向かってくる。

 すでに魔力の限界も近いアルカに残された手段は少なかった。もはや、懐に入って近接戦闘を続けるだけの余裕はない。

 アルカは素早く周囲を見回し、取りうる手段を決めた。

 残った集中力かき集め、極限まで高めて一歩を踏み出す。

 無駄な動作はしない。二歩目を踏み出す途中で、シャルズを床に叩きつけた時に出たコンクリート片を蹴り飛ばし、両腕の刀を器用に使って、机の破片を弾く。

 それらは真っ直ぐシャルズに向かって飛んで行く。普通ならダメージを与える事すらできないそれらでは、シャルズを止めることは到底できない。

そう、普通なら。

しかし、眼球ならばどうだろうか。直撃すれば視界を奪うことができ、そうでなくとも、今シャルズがしたように、いきなり目に向かってくるものがあれば目を瞑ってしまう。

視界を一瞬でも奪えればいい。次の攻撃が本命だから。

 アルカは両方の刀を全力で投げた。一方は首、もう一方は心臓目掛けて。

 シャルズが目を開く。そして、迫りくる刀を認識する。

首の方は身体を逸らすことで皮一枚切るだけにとどまった。

一方の心臓狙いは、身体を反らしたことで狙いが外れたものの、確実に胴体を貫くものと思われた。

鮮血が飛び散った。しかし、それは腕からだ。回避できないと踏んだシャルズは、腕を犠牲にして身を守ったのだ。

 シャルズは自身の身体に刃が届いていないことを確認し、アルカの方を向く。そして、目の前に大剣が迫っているのを視認した。

 アルカがここまで読み切った上で、足元に落ちていたキョウの大剣を投げたのだ。

 シャルズから多量の鮮血が飛び散る。シャルズの腕がドシャッと床に落ち、大剣は通り過ぎてゆく。

アルカの集中力の限界か、シャルズの悪運の強さか、はたまた運命の悪戯か。

ダメージは与えたものの、シャルズは未だ健在だ。その目を憤怒に染め上げ、アルカを睨みつける。


「クソが……テメエの手足も切り落としてやる……」


 隻腕となったシャルズは傷口を押さえながらも、アルカに近づいてゆく。

 そして、膝をついているアルカを前に拳を振り上げた。アルカはシャルズを見上げ、視線が交差する。もはや立ち上がるとさえしないアルカの目は、それでもなお、諦めてはいないようだった。

 シャルズはそれを嗤う。

 対するアルカは口を開く。


「私達の勝ちだね」

「何っ?」

「そうだなっ!」


 シャルズが振り返ると、真後ろには、大剣を振りかぶるキョウの姿があった。

 そう、アルカの投擲した大剣はシャルズを狙ったものではない。その後方にいるキョウに向かって投げられたものだったのだ。二本の刀でケリがつくとは考えていなかったアルカの、本命の攻撃である。

 シャルズの脇腹に大剣がめり込む。殺さないように、されど勢いの付いた大剣の腹での打撃は、今のシャルズには十分だった。肋骨の折れる音を響かせ、机を破壊しながら吹き飛んでいく。

 

「大丈夫か、アルカ」

「何とか、ね」


 アルカはフッと息を吐いた。シャルズの腕が再生しなかったところを見るに、キョウの一撃は十分に決定打となったと考えられる。

 実際、かなり危なかったのだ。倦怠感と頭痛で集中力が途切れ、魔力も残り少ない状態で、あのシャルズの相手は分が悪い。無事に切り抜けられて、一安心である。


「ほれ」


 キョウが手を差し伸べてくる。その手を取り、立ち上がろうとアルカが手を伸ばしたその時、パンッと乾いた爆発音が部屋に響き渡るのだった。


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