56 いざ突入
作戦会議翌日の深夜、多くの企業が集まるオフィス街近くの居酒屋に、機動隊員数名が聞き込みをしていた。
どうやら、同じ機動隊員が酔っ払い、店内で暴れた後、逃走。現在も捕まっていないらしい。
逃走している人物が機動隊員であり、死神であることは確定しているので、各地に対応可能な機動隊員が見回りに出ることになった。
深夜に叩き起こされた隊員達は恨み節を口に出しながらも、不審者がいないか見回りをしているのである。
「と言うのが建前か……」
アルカの呟きに、同じ突入部隊の小十郎とテツはクツクツと笑う。
これは、逃走防止のための隊員を配置するための方便に過ぎない。
現実には、酔っ払った死神など暴れておらず、今見回りしている隊員達は存在しない犯人を追っているのだ。
配置された隊員の配置を確認すると、オフィス街を円形に囲うようになっている事が窺える。
隊員達に少し悪いと思いながらも、情報漏洩の可能性を最小限に抑えるためにはいたしかない事だ。
そんなこんなで噂が広まり、いつも以上に静まり返ったオフィス街で作戦が開始される。
『全員、準備はよろしいでしょうか?』
『万端だぜ』
『問題なしじゃ』
『同じく問題ありません』
耳に装着した通信機から、指揮を執っておる大護の声と、各部隊のリーダーの返答が聞こえた。
『よろしい。今作戦は、最初は隠密行動を取ってください。いずれかの部隊が突入を察知され次第、速度重視の制圧に切り替えます。建物の被害は少ないに越したことはありませんが、第一目標はテロリストの確保です。多少の被害は気にしないでください』
作戦の最終確認が終わり、アルカは否応なしに心拍数が上がる。緊張か、はたまた他の要因か。
『それでは作戦行動を開始してください。吉報を待っています』
『『『了解』』』
それを機に、通信機の向こうから音が無くなる。そして、アルカ達も動き始めた。
目標の建物に音も無く忍び寄る。暗がりから暗がりへ、四人の動きは完璧で、まるで一つの生き物のようだ。もし只人がアルカ達を見ても、余りに一瞬のことで、何かの見間違いかと疑うだろう。
監視カメラの位置も、建物の見取り図も完璧に頭に入っているため、迷うことなく潜入ポイントにたどり着いた。
そこは扉ではなく、通りからは死角になり、内外に監視カメラに映らない位置に存在する窓だ。
小十郎は素早くポーチから器具を取り出し、窓ガラスに張り付けた。それは吸盤を中心に棒が取り付けられており、その棒には位置を調節できる刃が付いていた。
小十郎は飛び出たハンドルを回すと、取り付けられた刃も吸盤を中心に回転しだす。ぐるぐると円を描く刃が、窓ガラスを静かに、そして確実に切断してゆく。
そうしているうちに窓ガラスが切断できたようで、小十郎は器具を退かした。器具には円形のガラスが張り付いており、窓ガラスには真ん丸の穴が開いたのだった。
その様子をアルカは感心しながら見ていると、今度はテツが開いた穴に手を入れて窓の鍵を開けた。
するりと窓を潜り、建物内部に潜入を完了する。
テツは周囲に人の気配が居ない事を確認してから扉を開け、廊下を窺う。そしてテツから頷きが来た。どうやら内部の監視カメラからは死角になっているようだ。
テツを先頭にアルカ、キョウと続き、殿を小十郎が務めて階段を静かに昇る。
同時にアルカは建物の見取り図と、その時の会話を思い出していた。
「建物は八階建て。普段から社員のオフィスとして利用されている、一階から四階は気配察知だけで十分でしょう」
「普段から使われているなら、潜伏するのには向いていないですからね」
「その通りです。詳しく調べなければならないのは五階からです。用途不明の部屋の位置は覚えておきましょう」
そんなやり取りを思い出しつつ、気配察知でそのフロアを探る。
予想通りというか、四階までのフロアに気配はなく、そのまま五階に到着した。
すると、おもむろにテツが軽く手を上げる。止まれの合図だ。
アルカは指示に従うと同時に、気配察知でフロアの様子を窺う。しかし、アルカには何の気配も感じられなかった。
後ろを振り返るが、キョウも気配を感じなかったようで、首を横に振った。
すると、最後尾にいた小十郎は、アルカ達が理解できていない事を悟った様子で、上を指差した。
恐らくだが、五階ではなく、さらに上の階に気配察知が反応したようだ。
アルカは一度、目を閉じて集中し、気配察知の精度を上げる。そうすることで、やっと何かの気配を感じることが出来た。
小十郎とテツは集中力を高めることなく、動きながらでさえ、この気配を察知することができたのだ。摸擬戦では確実に迫っていると思っていたが、まだまだのようだ。
北部戦役を生き抜いた、歴戦の死神の実力の一端を垣間見て、アルカはその背中を遠くに感じた。
気配察知によると、どうやら潜入に気付かれてはいないようで、動きは無い。なので、五階の目星をつけた部屋を確認していく。
結果としてはどの部屋も空振りで、その内一つの部屋に一度、身を潜めた。
扉をゆっくりと閉め、アルカですら近くにいないと聞き取れないような声で、テツが話し出す。
「どうやら目標は上の六階にいるようです。目立った動きはありませんが、起きてはいるようですね」
「そんなこともわかるんですか?」
「……寝ている人間はもっと気配が薄い」
「薄い?」
「言葉にするのは難しいのですよ。感覚と慣れでの判断ですから」
アルカには気配の有無は分かっても、状態までは分からない。これはもっと頑張る必要があると、アルカは心のノートに書き込んだ。
「六階に起きている人間がいるなら、十中八九、罠も仕掛けられているとみていいでしょう」
建物内なので大規模な物はないが、警報や監視カメラがあることは、これまでの経験から確実だと、テツは断言した。
「六階以降は速度重視の制圧になるでしょう。先頭の私が走り出したら、監視カメラ等があったと判断してください」
「気配察知で居場所を探りながら、各チームで各個制圧していくんですよね?」
「ええ、そうです。その時は私の指示など待たずに、アルカ達の判断に任せます」
一々、現場の判断を確認していたら行動が遅れる。本来であれば、軍隊としては間違いかもしれないが、機動隊は特殊だ。
単騎で数百、時には千を越える不死者を相手取るという、既存の軍事行動ではありえない事をしなければならなかった歴史がある。上官とのやり取りという、ほんの数秒でさえ、生死に直結する場面も腐るほどあるのだ。
そして、本人たちも只人よりはるかに強いこともあり、そういった現場の判断は、当人がしても良いことになっているのだ。
「いいですか?階段を上ったら、音を立てても構いませんので、速度を重視してください。判断は各自で行っていいですが、報告だけはしてください。報告もできないほど、切羽詰まった状況はならないと思いますけどね」
「はい。わかりました」
アルカの返事を最後に、再び静寂が戻って来た。
部屋を出て、階段の前で立ち止まると、テツは振り返ってアルカ達を見た。
その目は「準備はいいですか?」と言っていたので、無言で頷く。全員が頷いたことを確認して、テツは進みだした。
そして、階段を上り、折り返しの踊り場に差し掛かった瞬間、テツが動いた。
その動きを、アルカはしっかりと捉えており、テツが駆け出したと分かった瞬間、アルカも駆け出す。
階段を駆け上がると、そこには監視カメラが設置されていた。急遽設置したものらしく、コードが廊下に伝わっている。
気配察知によると、テツはコードを辿っているようだ。なので、アルカはあえてコードを辿らず、別の気配がある部屋に向かうことにする。
キョウはアルカと共に、小十郎はテツの後を追う。
アルカは別の気配がした部屋の前に到着すると、一度、振り返り、キョウがいるか確認してから、部屋に足を踏み入れた。
扉を素早く開くと、何事かと、寝ぼけ眼を擦る二人の男がいた。
その男達は、部屋に入って来たアルカとキョウを見て、一時的に思考停止したように止まった。扉が開いたと思ったら、この場にいるはずのない人物がいて、しかも機動隊の軍服を着用しているのだ。起き抜けの頭では、思考が混乱するのも頷ける。
そんな男達をよそに、アルカとキョウは自身のすべきことをするだけだ。手前にいた男はキョウに任せ、後ろの男の鳩尾に重い一撃を放つ。
鈍い音と共に「ぐぇ」と、小さなうめき声が聞こえた。それっきり静かになった男を、ポーチから出した特別製のロープで拘束していく。
このロープは金属繊維が編み込まれており、非常に強靭なものとなっている。そのため、力だけで抜け出すことは困難である。
確実性を考慮するならば、廃墟群で容疑者を拘束したように、金属製の拘束具と鎖が一番だが、持ち運びが大変で、今回の任務にはこのロープが使われている。
そんなこんなで、男達を拘束後、背中合わせで繋げる。これで、誰かが担いでの逃走もしにくくなった。
「こちら、男を二名拘束、完了しました」
『了解。引き続き任務を続行してください』
テツに一報を入れると、事務的な返答が通信機越しに返って来た。返答する余裕があるということは、あちらも制圧は終わったようだ。
拘束した男達は部屋に放置し、七階に向かうため階段に戻る。階段が見えたところで、小十郎とテツが、階段を上っていく後姿が見えた。アルカ達より早く拘束が完了したようだ。
そんな二人を追うようにして階段を駆け上り、気配察知に反応した部屋に向かう。反応数は五つあり、二つは小十郎とテツなので、残りの三人が一部屋にまとまっているようだ。
そして、反応があった部屋の前に、アルカとキョウが到着するのと、扉が吹き飛ぶのは同時だった。




