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死神少女は生きています  作者: 気晴
第三章 積み重なる過去
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53 弱者の勝ち方

「あなた方がそう感じたのなら、上手くいっている証拠でしょう」


 春門は嬉しそうにそう言うが、一体何の証拠なのだろうか。一同の視線が春門に集まる。

そんな、訝しむ視線に気が付いたようで、春門はゆっくりと話し出した。


「私は、死神と只人の溝を埋める活動をしているのです」


 その言葉は、四人から言葉を奪う程度には衝撃的だった。

 神意教は只人の受け皿として機能していることは、機動隊の共通認識だ。そして、神意教の教徒の中には、捜査妨害などをしてくる過激派がいることもまた然り。

 しかし、死神と只人の仲を取り持とうと活動している人は聞いたことが無い。

 クアド神官やエドモント神官のように、偏見を持たず接する人はいるのだが、それだけでしかないのだ。


「死神と只人は、それこそ大昔からいがみ合ってきました。容姿の違いや身体能力の違い、果ては特異技能のような、これまでの常識とはかけ離れた超常の現象を引き起こす力。それらのせいで区別され、差別が生まれました」


 その通りだ。今なお、その差別が続いている。それのせいで、アルカとキョウは殺されかけた。

 そして、今着手している捜査も、その差別から生まれている。


「確かにそれらは覆しようのない事実です。ですが、言い換えれば、それだけなのです。力を得たことで死神はどうなりましたか?相変わらず、自身と違う人を差別し、自身より下の人を嗤うのです。大変革前の、死神のいない世界の人と同じように」


 結局、力を得ただけで、内面は何も変わっていないのだ。他者を理解することも無ければ、善行を尽くすことも無い。


「死神も只人も、内面は同じなのです。外面が少し異なる、たったそれだけの些細な理由で差別が生まれ、悲劇になるのです。私は数多くの悲劇を見てきました。だからこそ、このような意味のない差別をなくしたいのです」


 そのために、春神官門は死神を不要に嫌う人々を何度も説得してきた。

 アルカ達死神の、只人が死神を恐れていない、という言葉を聞いて、人生を捧げた活動が確かに実を結んでいることを実感できたのだ。


「まだまだ完全に溝を埋めきることは出来ていませんが、確実に理想に近づいていることを知ることができ、非常に喜ばしいです」


 春門神官の理想が実現できれば、アルカ達のような目に会う死神がいなくなる。

 アルカが春門神官の考えに共感している中、横から口を挟む人物がいた。


「所詮は夢物語だな」


 セザールは哀れな物を見るような目で、春門神官を見ていた。


「その志の高さは脱帽ものだ。だが、現実が見えていない。零点だ。どれだけあんたが努力しようとも、差別は絶対になくならないが故にな」


 どれ程立派な言動をしたところで、現に死神によって傷ついた只人は存在し、恨み、憎んでいる。

 そして、これから先もそういった只人が出てくることは、想像に難くない。

 真っ向から否定された春門神官は、それでも平然としていた。


「セザールさんのおっしゃる通りでしょう。私の理想は到達することが極めて難しい幻想であることは、重々承知しています。ですが、あなたの言った事には、一つ大きな間違いがあります」


 春門神官の視線は力強く、セザールの背筋を伸ばすには十分な物だった。


「私の理想は零点ではありませんよ。眩暈がするような極小の確立ですが、理想が叶う可能性があります」

「それは、不可能というのではないか?」

「いいえ。可能性がある限り、時間を掛ければ、何時かは実現可能な理想です」

「あんたが死ねば、その可能性も潰えるが」

「その心配はありませんよ」


 セザールの言葉に、春門神官は自信満々で答えた。


「私の理想は、既に多くの教徒によって広められています。今更、この老いぼれが一人いなくなったところで止められるものではありません」


 春門神官曰く、各地方の都市に春門神官と同じ理想を掲げる教徒がいて、彼らが主体となって広めている。春門神官は現在、理想がずれていっていないかなどの確認で、各地を飛び回っているそうだ。


「諦めてしまえばそこで終わってしまいます。しかし、私の理想が残り続ける限り、何時かは達成出来ましょう」


 自身が朽ち果てても、理想を受け継ぐ者達が広めていく。途方もない時間がかかり、理想が実現する頃には、己自身が死ぬ事は確実な方法を平然ととれるあたり、春門神官も金の刻印を持つに相応しい人なのだろう。

 そんな、ある意味では狂気的な理想を前に、セザールは口を閉ざす他なかった。


「そのようなことになっているのですね。知りませんでした。ですが、春門神官。一つ質問をしても?」

「いいですとも」

「では一つ。何故トウキョウでは活動していないのでしょうか?」


 大護の質問にアルカはハッとする。

 確かに、日本の中心たるトウキョウで活動しないのか。活動していたのなら話くらいは聞くはずである。

 大護が活動していない、と言うのならば、何か意図があってトウキョウでの活動をしていないのだろう。

 その意図を、大護は聞いているのだ。


「人は大勢集まると、中々意見を変える事が難しい生き物です」


 一人二人なら大人しく話を聞いてくれて、自らの頭で考える事が出来る。

 これが十人二十人になると、そう簡単には聞く耳を持つことが無く、自分以外の誰かを気にして意見を変えにくくなり、誰かが意見を変えないから、と自分で考えなくなる。

 もっと人が集まれば、その意見を変えるために途轍もなく大きな外的要因が必要になってくる。


「残念なことに、私達にはまだそれほどの力はありません。トウキョウには死神を忌み嫌う過激派が数多くいます」

「神意教が主導しているのではないですか?」

「それはあり得ません。寧ろ、彼らの不満を受け止めることで、死神に向かう敵意を抑えているのです。完全に、とはいきませんが」


 かつて、大護が言っていた認識の通りの言葉が春門神官の口から発せられる。


「トウキョウは元々、神意教発祥の地に加えて、人口が突出して多いのです。その分、神意教の教徒も、地方に比べ格段に多い。それに……」

「それに?」


 それまで言い淀むことなく話していた春門神官が、突然躊躇いを見せた。

 すかさず大護が聞き返すと、一瞬の逡巡を経て、春門神官が話し出す。


「ある時を境に、死神に敵意を抱く教徒や只人がトウキョウに移住したのです」

「ほほう?因みに、ある時、とは何時です?」

「今から四十数年前。丁度、北部戦役が終結してからです」


 ここでも北部戦役の話が出てきた。アルカの初任務である、魔力自動車の連続窃盗事件から何度も、その名前を聞いた。

 もしかして、北部戦役からこれまでの事件がすべて繋がっているのではないか、そんな考えまで出てくる。

 しかし、流石にそんなことはないと思い、アルカはふるふると首を振った。

 北部戦役の影響が各方面に広がっているだけで、昔の事なのだ。余りにも現実味がなさすぎる。

 アルカがそんなことを思っている間も、大護は質問をしていた。


「何故、移住したのですか?」

「理由は私も……ただ、移住する者達は誰もが虚ろと言いますか、狂信的と言いますか、まるで目の前の現実を見ていないような印象を受けました」

「虚ろ、狂信的……」


 狂信的、それを聞くと神意教の過激派が脳裏によぎったが、エドモント神官が引き連れている人達は、死神を嫌っているだけで、盲目的になっているわけではなさそうだった。

 神意教に心酔しているならば、金の刻印を持つ春門神官は敬意を払うべき対象であり、目の前の現実が見えていないという評価はされないはずである。

 移住者の経緯については疑問が残るものの、春門神官も詳しくは分からず、それ以上はお手上げとなった。


「さて、積もる話もこれぐらいにして、本題に入りましょう」

「確か、我々に利益がある、そう聞きましたが……」

「はい、この情報はあなた方の捜査に役立つでしょう」


 春門神官はそう言うと、おもむろにベルを取り出し鳴らした。

 そして、すぐに扉が開き、荷物を持った侍女が入ってくる。侍女は机の上に荷物を置くと、一礼して出ていった。

 荷物は紙袋で、膨らんでいることから、中に何か入っていることが窺える。


「これは?」

「これは“西の夜明け”の構成員と潜伏場所、そして彼らを支援している企業の調査書です」


 その言葉に、アルカ達四人は揃って目を見開く。


「何故、こんなものを?」

「彼ら進化種は、私の理想とは相容れない存在です。彼らは只人のことなど、使い捨ての道具程度にしか考えていません。そして、その考えは性根まで沁みついています。私では力及ばず、彼らの考えを変える事は出来ませんでした」


 かつて、進化種と話し合いの場を持った事もあるが、春門神官の話に聞く耳を持たなかったそうだ。


「なるほど、それは同感です。進化種には我々も手を焼いているので」

「そうでしたか。彼らの対処は我々では荷が重すぎるのです」

「死神を相手するなら死神が鉄則。餅は餅屋とういことです」

「では、よろしくお願いします」


 紙袋から資料を取り出し、簡単に確認し始めた大護を横目に、アルカは質問を投げかけた。


「春門神官、どうやって情報を手に入れたのですか?」


 テロリストを匿っている時点で、外部に情報漏れしないよう厳重に対策するはずだ。そして、進化種の味方をしていることからも、神意教の春門神官では警戒されることは想像に難くない。

 機動隊のように強権を持ち合わせてもいないので、どうやって情報を仕入れたのか、気になったのだ。もしかしたら、捜査の参考になるかもしれないと、淡い期待もある。


「どれほど巨大な企業であっても、内部は人でできています。それらの人が全員、同じ方向を向くことはそう簡単ではありません。まして、テロリストと繋がっているなど、いい気分ではありません」

「現状に不満を持つ人が内通者としているのですか。内部から声を上げることが出来る、気骨ある人がいるのですね」

「そういうわけでもないのですよ」


 アルカが立派な人を思い浮かべていると、春門神官は首を振った。


「単に権力競争の手札の一枚として、我々を利用しているだけです。双方に利があるからこそ成り立っているのですよ」


 今の上層部を追い落とし、自身が経営権を握るために、あえて情報をリークしている人が居るそうだ。むしろ、情報をリークしている人は、そういう人ばかりらしい。

 現実を突きつけられ、ガックシと肩を落とすアルカに、春門神官は優しく声を掛ける。


「その純粋な思いは大変貴重なものです。大切にしてくださいね」

「だってよ」

「キョウさんもですよ」


 キョウはポカンと間抜けな顔をし、大護が資料を捲る音が部屋の中に響くのだった。


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