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死神少女は生きています  作者: 気晴
第三章 積み重なる過去
53/122

52 オオサカの神意教

 セザールが寄越した資料の精査は、中々に難航した。

 食料の納入に関する資料は膨大であり、その中から目をつけている怪しい企業や、納入量が不自然な企業をピックアップしていく。そして、企業の社員数と照らし合わせて、異常がないか確認していくのだ。

 しかし、同じ人数の企業でも納入量が違ったり、短いスパンで納入する企業や、一度に大量に仕入れる企業など様々あった。

 なので、一見すると納入量が多いが、期間を加味すると妥当ということが何度もあり、そのたびに肩を落とす羽目になる。

 一方、防犯カメラ映像の確認も思うように進んでいない。人通りが多いので、必然的に映像に映る人数も多く、確認に時間がとられ、ものによって映像の鮮明さにばらつきがあり、顔の判別がしにくいなどがあるからだ。

 資料との睨めっこは、ミハイル達が返ってくるまで、一日中続いた。

 ミハイル達の方は進展などもなく、こちらもかなり退屈だったようだ。


「あー、これが明日も続くのか。しんどいなぁ」

「何じゃ、資料の精査と変わるか?」

「遠慮します。小さい文字を見ていると頭が痛くなるので」


 深夜の見張りは六班が担当し、一班は帰っていった。アルカ達もキリの良いところで手を止めて、その日は終わりにするのだった。

 翌日、朝は少しだけ資料の精査を行い、セザールを連れて第二区画に向かう。

 機動隊と神意教が堂々と会うわけにはいかないので、アルカ達四人は私服である。


「指定された場所は、第二区画中央部の住宅街ですね」

「神意教の教会がそこにあるのですか?」

「いえ、教会は第二防壁近くにあります。我々が近づきやすいように配慮しているのでしょう」


 神意教は貧しい人々に寄り添うために、敢えて貧民が暮らす場所に教会がある。トウキョウでは第三区画にあったように、オオサカでも貧民が多く住む、第二防壁付近にあるようだ。


「セザール、確認ですが、これから見たこと聞いたことは他言無用です。場合によっては厳格な処分が下ります」

「わかっている。これぐらいのこと、飲み込めなければ上には行けん」

「その心意気は買いましょう。そしてもう一つ、神意教に関してはアルカとキョウが中心になります。無暗に口を挟まないよう、お願いします」

「この二人が……?」


 この場で一番の権力を持つ大護ではなく、新人と言っても差し支えない若者二人が中心になることに、セザールは疑問を感じているようだ。

 そんな会話をしているうちに、指定された建物に到着する。その建物は周囲の家よりも、遥かに広い敷地に建っていた。所謂、屋敷と呼ぶにふさわしい建物であった。

 その正門には守衛らしき人が立っており、アルカ達に気が付くと、どこかと連絡を取り話しかけてきた。


「アルカさんとキョウさん。そして大護さん、セザールさんでよろしいですね?」

「はい」

「では、ついてきてください。春門様がお待ちです」


 そう言った守衛の首には、銅の刻印が揺れていた。この人も神意教の教徒のようだ。

 そして、アルカ達に会いたいと言った神官は春門という名前だとわかる。

 美しく整えられた庭を進み、屋敷の中に入る。そして、とある一室に通された。

 部屋の中は華美な装飾はなく、落ち着いた雰囲気だった。その部屋の中央には重厚なテーブルとイスが設置されており、その内一つは既に使われていた。


「春門様、お客様が到着いたしました」

「ようこそ、御客人。ご自由にお座りください」


 春門と呼ばれた老人は、愛想よい笑顔を向けてアルカ達にそう言った。

 顔には出さないが、それぞれ警戒しつつ、促されて椅子に座る。


「初めまして、私は春門と申します。神意教では金の刻印を持つ神官として、日々、務めさせていただいております」


 ゆっくりとした動作で金の刻印を取り出した春門神官は、それをアルカ達に見せるように胸の前に掲げる。

 改めて春門神官を見ると、エドモント神官が言っていた通り、かなりのご老体で、顔はその時間を物語るように、深い皺が刻まれていた。


「機動隊三班所属の九十九 アルカです」

「同じく轟 キョウだ」


 二人も春門神官同様、ポケットから金の刻印を取り出し、見せるように胸の前に掲げた。

 そんな二人をセザールは驚愕の表情を、春門神官は皺だらけの顔をさらにしわくちゃにして、嬉しそうに頷いた。

 続いて、大護とセザールも名を名乗った後、春門神官が話し出した。

 この屋敷の侍女が各自の前にお茶を出し、部屋から出ていくと、春門神官が話し出す。


「エドモント神官から話を聞きました。機動隊に金の刻印を持つ死神がいると。最初は冗談かと思いましたが、名前を聞いて納得しました」

「その話し方だと私達を知っていたようですが?」

「ええ、知っていますとも。クアド神官からよく話を聞きましたし、あなた方は覚えていないでしょうが、直接会ったこともあるのですよ」


 予想外の言葉に、アルカとキョウは目を丸くする。記憶にないが、アルカ達の過去を知る人がいたのだ。


「あの村には時折、生活に必要な物資を届けていたのです。クアド神官が死神の赤子を育てると聞いて、慌てて必要な物を集めたのは良い思い出です。ですが……」


 昔を思い出し、懐かしそうに口元をほころばせていた春門神官はそこで言葉を切った。

 そして、打って変わって口を引き結び、声のトーンを一段落として続ける。


「まさか無くなるとは思いませんでした。不死者か疫病か……あの時、あなた達を引き取っておけばと後悔したものです。都市外で子を育てることがどれほど大変か。まして、死神なんて……あなた方だけでも生きていてくれて、今はホッとしています」


 春門神官はどうしてアルカ達が生まれ育った村が滅んだのかを知らないようだ。

 アルカは言うべきか迷う。ここにはセザールもいるのだ。あまり、聞いてほしいとは思わない。

 どうすればいいか判断が出来なかったので、キョウを見ると、アルカの迷いを察したようだ。


「どっちでもいいんじゃない?アタシはアルカの考えを支持することは変わりないし」


 どう転ぼうが、キョウが付いてきてくれる安心感を得ることが出来たので、アルカは正直に伝えることを選んだ。

 アルカの春門神官を真っ直ぐ見つめる視線に、春門も何かを感じ取り、同じように見つめ返す。

 アルカは伝える。あの日、何が起きたのか。

春門はそれを、ただ静かに聞くのみだった。


「そのようなことが……」

「だから……あの村を滅ぼしたのは私なんです」


 所々詰まりながらも、全部話しきったアルカは沈鬱な表情をしていた。過程がどうであろうと、アルカがクアド神官含め、消し飛ばしたことは事実だ。

 クアド神官と親交があったのならば、怨み言の一つや二つは覚悟している。

 しかし、春門神官は違った。一度、目を閉じると大きく息を吐いて話し出す。


「アルカさん、あなたが気を病むことはありませんよ」

「ですが……」

「話を聞く限り、クアド神官は既に助からない状態だったのでしょう。そして、村人達は因果応報というものです」


 クアド神官は大けがを負っており、余程適切な処置をしなければ死ぬ状態だった。そして、都市外移住者の村でそれを求めるのは酷である。どちらにしろ、死ぬ事実には変わりない。

 村人達はアルカとキョウを目の敵にして殺そうとしたが、逆に殺されてしまった。誰かを殺そうというのならば、自分も殺される覚悟がなければならない。今回は自分が死ぬ側だっただけのこと。

 アルカがどうしようとも、クアド神官が死ぬことに変わりは無いのだ。

 しかしながら、そうとはわかっていても、アルカは納得しきれなかった。


「どうやら、アルカさんを見ている限り、クアド神官の事を悔いているように見受けられます。しかし、それは間違いです」

「でも……」

「過去をどれだけ嘆いても、それを変えることは不可能です。過去は学び、考え、次に生かすことしかできないのです。もし、過去に囚われているのならば、考え方を変えてみてください」

「考え方を?」

「はい。もしあなた方が殺されていたら、クアド神官は全身を蝕む苦痛の中、愛娘二人を目の前で殺されるのです。その絶望は筆舌し難い物でしょう。ですが、あなたは死なず、逆にクアド神官を苦痛から解放したのです」


 見方を変えれば、春門神官の言う通りではある。クアド神官の視点から見ると、アルカの手で最期を迎えることが出来たのは、幸福だったのではないか、そう春門神官は言う。


「それに、クアド神官もアルカさんが自身のことで悩んでいる姿は見たくないでしょう」


 確かに、アルカの記憶にあるクアド神官なら、そう考えそうだ。

 アルカの脳裏に、優しく微笑むクアド神官の顔が思い浮かんだ。

 だが、これまでのアルカの考えとは大きく違うため、すぐには受け入れられそうにもない。


「今すぐとは言いません。ゆっくりで良いのです」


 春門神官の言葉に従い、少しずつ考え方を変えていこうと、アルカは決意する。


「ありがとうございます、春門神官。少し気が楽になりました」

「ふぉっふぉっふぉ。この老いぼれが役に立てて何よりです」


 アルカのお礼に、春門神官は顔をほころばせた。

 過去の話にひと段落付き、続けて春門神官は口を開く。


「あぁ、そうだ。一つ疑問なのですが、トウキョウから見てオオサカは違いがありましたか?」


 春門神官の質問の意図が分からなかったが、とりあえず、この数日の出来事から思い浮かぶものを述べる。


「そうですね……言葉が少し変わっていました。キョウは?」

「安くてたくさんご飯が食える」

「確かにそこは違いますね。お二方も何かありますか?」


 これまで黙って聞いていた大護とセザールにも話が振られ、各々口を開く。


「トウキョウより小さいので、見回りは楽ですね」

「俺はオオサカしか知らないから何とも言えん」

「そうでしたか。これは失礼しました」

「気にしていない。寧ろ、トウキョウとはどう違うのか気になるくらいだ」

「ふむ、では他に何か気が付いたところはありましたか?」


 他に、そう言われてアルカは思い出すように目を閉じた。そして思い浮かんだのは、やたらと話しかけてくる人達の存在だ。

 アルカとキョウは死神なのは耳や尻尾でわかる。普通、トウキョウならばこちらから話しかけない限り会話など滅多に発生しないが、オオサカは違った。


「オオサカの方々は私達によく話しかけてくれました」

「あー、それはある。大変だったけど」

「そうなのですか?私はあまり変わりがなかったと思いますが」


 大護はそう感じなかったようで首を捻る。

アルカの言い方が曖昧だったようで、アルカの言いたいことと大護の思い浮かんだことに齟齬があるようだ。


「あの、何というか、死神を必要以上に恐れていないと思いました」

「……確かにそれはあるかもしれません」

「ふぉっふぉっふぉ、それは結構」


 それを聞いた春門神官は、今までで一番嬉しそうに笑うのだった。


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