50 停滞
朱音と別れた後、聞き込みを再開したアルカとキョウであったが、めぼしい情報を得ることは出来なかった。
日暮れの会議室でも、誰も目撃情報などは無く、捜査に進展はなかった。
大護は引き続き聞き込みと見回りをするように指示を出し、会議は解散となる。
列車での夕食を終え、自室にいてもやることが無いので談話室に向かう。談話室などの一部の施設は複数あり、この談話室では三班の面々が寛いでいた。
龍造が酒瓶片手にソウゴとトランプをしていたり、小十郎は読書を、テツは音楽を聴いていた。大護は何かの資料と格闘中である。
「ぐっはっはっはっ!どうしたソウゴ。随分と負けが込んでいるようじゃのう。ほれ、はよせい」
「えぇい、うるさいぞ!ここから逆転するのだ……!」
「して、どうじゃ?ん?……ぶわっはっはっ!儂の勝ちじゃ」
どうやらソウゴは賭けに負けているようだ。そんな机に倒れ伏すソウゴを見ていたら、酔っ払いに絡まれてしまった。
「おい、若いの。飲め」
「私達17ですよ」
「17も18も変わらん。そもそも飲酒程度では捕まりなどしんわい」
「ダメですって」
捕まるとかいう問題ではなく、そもそも未成年の飲酒は法律違反なのだ。違反行為を平然と出来るほど、アルカは堕ちてはいない。
進めた酒を断固として飲もうとしない二人に、龍造は口を尖らせる。
「最近の若もんはしけとるのう」
「規則正しいと言ってください。あ、そう言えば朱音さんとお会いしました」
「ぬ?朱音がここにいたのか?」
「はい。いろいろアドバイスを頂きました」
「そうかそうか。朱音はすごかったじゃろ」
「そう、ですね」
こちらの現状を数少ない手掛かりから言い当てたり、テロ組織の居場所の推測したりなど、確かにすごい人だった。
「ずっと独り言話してたけどな」
「どういう事じゃ?」
「ああ、それはですね……」
朱音と出会った経緯と推理を伝える。
アルカの話が気になったようで、いつの間にか小十郎とテツも近くに来ていた。
各々、頷いたり納得の声を上げながら話を聞いていた。
「ふむ。朱音がのう……」
「相変わらず頭が回る」
「……しかし、背後に大企業か……面倒な」
「捜査が難航しますねぇ。これは」
口々に反応を示すが、どの顔も一様に渋い。
そしていつの間にか、どう行動すべきかの話に移り始めたので、アルカは割って入った。
「あの、何故皆さん朱音さんの話をそこまで信用するのですか?まだ、そうと決まったわけでもないですし、聞き込みも十分とは言えないですし、それに朱音さんは、今は部外者です」
その言葉に、龍造達は顔を驚いたように顔を見合わせた後、口を開いた。
「そう言えばそうじゃったのう。忘れとったわ」
「流石に忘れすぎじゃね?」
「二人にとっては話に聞くだけの人ですからね。我々と認識が違うのは当然です」
「……朱音の推理や推測は的中率が非常に高かった。彼女を中心に捜査を進めることが普通だったのだ」
「どうにもワシらでは頭でっかちになってしまう。力で解決できることは得意だが、そうでないのは苦手だ。その点、朱音は良く考える子であったな」
今の三班は対人が主な任務であるため、どうしても考えることが多い。そうなると必然的に朱音が指揮を執ることになる。ずっとそうしてきたため、無意識的に朱音の推理に従ってしまうのだそうだ。
「戦闘中にあれこれ考えるのは死に直結するからのう」
北部戦役のような不死者の侵攻では、戦闘中の思考による僅かな隙ですら致命のものとなる。龍造達が生き残れたのは、本能が反射的に体を動かし隙を生じさせないから、らしい。もちろん運もあっただろうが。
「ま、今更この癖は抜けんな」
「だの」
「ですね」
「……うむ」
「というわけじゃ、大護。聞いておるんじゃろ?総指揮の意見はどうなんじゃ」
ただ一人、こちらに背を向けて資料を見ていた大護がくるりと振り返る。
「非常に良い意見だと思います。朱音が優秀と言われていた理由を今知りました。ですが、アルカの言った通りです。聞き込みもまだ不十分であるにも関わらず捜査の転換を行うと、現場の混乱を招きます。加えて、この聞き込みにかけた時間を無駄にすることになります」
朱音の推理は参考にはするが、それは聞き込みが不発だった時のための、次の一手としてであり、明日から急に捜査方針を変更はしない。それが大護の判断だった。
「ただ、商業施設以外への聞き込みも追加しましょう。いい顔はされませんが、特権を使えばアポなしで話を聞けるはずです」
仕事量が増えたことがわかった瞬間に、キョウが首を垂れたことは言うまでもない。
―
それから五日が経過した。
依然として聞き込みに手ごたえはなく、あったとしても不確かなものばかりであった。
企業への聞き込みは、大護の言う通り良い顔はされなかったが聞くことはできた。確たる証拠は掴めなかったが、幾つかの企業で班員の勘が怪しいと訴えかけたものがあった。
それらの企業はどれも大企業と言って差し支えない規模で、朱音の推理が当たっていたということを暗に示していた。
しかし、テロ組織“西の夜明け”と関連しているという証拠はなく、潜入しようにも流石は大企業というべきか、警備が厳重で迂闊に手も足も出ない状態だ。
「ダメだな。日中は人の目があるし、夜は死神の警備員が多数巡回している。どうにもならねぇ」
打つ手なし、そう言わんばかりに盛大にため息を吐いたミハイルは、背もたれに体重を預けた。
会議室には、捜査の手詰まりを感じた班員達の重い空気が漂っていた。
「このまま無為に時間を浪費していても意味はないぞ、大護。機動隊の強権で、強引にでも内部を捜査せねば進まないぞ」
「強権を使おうにも、証拠が少なすぎて班長や隊長を納得させることが出来ません」
「んなもの、大護が全責任を持てば問題ないじゃろ」
「問題大有りです。私の引責で済むなら兎も角、機動隊の尊厳を傷つけ、後の関係にしこりが残りますから」
「下らん尊厳など気におってからに」
テロ組織を壊滅させることに主眼を置く龍造やミハイル達班員と、機動隊そのものを考える大護で話が拗れ始めた。
進まない捜査の苛立ちが段々と声を大きくし、剣呑な雰囲気になっていた中、会議室の扉が開いた。
「30点。こんなところで雁首揃えて言い合いか。余程、捜査は暇なのか、もしくはトウキョウの班員は無能なのだな」
「なんだと?」
「私を殴る暇があるならば、捜査を進めるために知恵を絞ったらどうだ?」
大護に制止されながらも拳を振り上げるミハイルを見下したように、セザールは毒づく。
そしてテーブルの上に腕に抱えていた物を置いた。
「アンタらが目を付けた企業へ食材を納入した店舗の資料だ。こっちは企業及び周囲の防犯カメラ映像が入っている」
「ほう、よくこんなのが手に入ったのう」
「オオサカ支部にも納品してもらっているからな。そのツテを使った。防犯カメラの方も『窃盗事件の容疑者が映っているかもしれない』と言ったら渡してもらえた」
表向き、セザールはこの捜査に関与していないので、特に怪しまれることなく貸してもらえたそうだ。
話し方が嫌味を含んでいるように聞こえるが、こういうところで補助が的確に出来るあたり、優秀なのだろう。
「ありがとうございます。セザールさん」
アルカは普通にお礼を言ったつもりなのに、セザールは驚いたように目を丸くしていた。
「借りものだ。コピーなりして原本は返しに来い」
数秒で元の表情に戻ったセザールは、踵を返して出ていった。
何故、あんな顔をしたのかはわからなかったが、ひとまずそのことは置いておくとして、セザールが居なくなったことで頭の冷えたミハイルがドカッと席に着いた。
机に置かれた資料のコピーは三班がすることになり、その日は解散となった。
翌日、三班は資料の精査、一班は企業の張り込みという役割分担で捜査を再開することになった。
会議室は夜遅くまでコピーと精査に追われていた三班の面々がいた。
「全く。もう少し老人を労わったらどうじゃ」
「その通り。寝不足も甚だしい」
「不死者の侵攻では魔力が尽きるまで不眠不休で戦い続けるのでしょう?それを体験したあなた方なら余裕では?」
「それはそれ。これはこれじゃ」
「そうですか。では、精査をお願いします。私は資料を返却してきますので。アルカ、手伝ってください」
そう言って資料を指し示す大護に、アルカは疑問を抱く。
資料が多いと言ってもセザール一人で持ってくることができた程度の量なのだ。大護一人で十分ではなかろうか。
それに、この資料から少しでも逃れると思ったらしい龍造達がこちらを恨めしそうな目で見ているのだ。
「私の勘ですが、アルカを連れていけばセザールの嫌味が最小限で済むでしょう。そうなれば私達もすぐに資料の精査に戻ることが出来ます」
「人数が多い方が早く終わりますよね?」という大護の言葉に、恨みがましい目は無くなる。
代わりに早く帰ってこい、という力強い視線になったが。
借りた資料を抱え、大護の後に続き会議室を出て、セザールのもとに向かう。オオサカ支部三班の部屋は階段を二つ上がって到着した。
何気に、初めてオオサカ支部の会議室以外に入るので、どんな人がいるのか少し楽しみである。
扉を抜けると、そこは雑然とした空間だった。机には資料の束が山積みになっており、床にも荷物が置かれていた。
この部屋全体を見渡すことのできる位置にセザールがいるのは確認できたが、他に人が居ないのだ。
トウキョウでは緊急の呼び出しに備えて必ず一チームは残っている。人員の少なさがこういうところに出てきているのだろうか。
「資料を返却しに来ました」
「そこに置いといてくれ」
近づいてきたアルカ達を一瞥して、セザールは顎をしゃくる。その間も手は動き続けていた。
指定された場所に資料を置き、アルカは尋ねた。
「セザールさん、他の班員は見回りに出ているのですか?」
アルカは気になったことを質問しただけなのだが、大護は困ったような表情を浮かべ、セザールは手を止めてアルカに視線を移した。
「そうだ。四人しか居ないから、チームで動くことすらままならない」
「そうなのですか」
「アルカ、と言ったな。お前はどう考える?」
いきなりの質問に、アルカは驚く。主語が抜けているが、先のセザールの返答から察するに、チームで動けない事ではなく、班員の少なさの事を聞いているのだろう。
トウキョウでは人数が多すぎると感じることも多々ある。特に一班は暇をしているという話も聞いた。
三班でさえ、見回りと訓練だけで終わる日が多いのだ。もう少し地方に班員を配置すべきではなかろうか。
そう考え、アルカは口を開くのだった。




