28 捜査の始まり
班長室を後にしたアルカとキョウの二人は、班員の皆が仕事をしている中での休憩は居た堪れない気持ちになるので、自販機が近くに設置されている休憩スペースに向かう。
都市外調査訓練後は非番で休みになるのが通例だが、事件の後処理と報告の準備で休めずにいるのだ。今日の予定は会議に出席するだけなので、ヴィクターから連絡が来るまで待機だ。
「疲れたよ、キョウ」
「おう、お疲れさん」
机に伏せて愚痴を言うアルカの隣に、買ってきたジュースを置いたキョウは、からかうような口調で労いの言葉をかける。
アルカは頬を膨らまし抗議の視線を送るが、ニヤニヤするだけだった。
「それにしても死神と戦ったんだろ。どうだった?」
「弱かったけど、確実に殺しに来た」
「ほー、それは楽しそう」
「楽しくなよ」
強くなることしか考えていないキョウだからそういうことが言えるのだ。実際は人質がいて、疲れと眠気とトラウマが同時に襲い掛かって来たのだから笑えない。
「にしても、関わる任務がどんどん大きくなるな。もっと面倒事になったりして」
「不吉なこと言わないでよ」
今でさえ手一杯なのに、これ以上は勘弁願いたい。アルカは心からそう思いつつ、嫌な予感は拭いきれなかった。
それからしばらく、キョウと雑談に興じながら過ごしていると、ヴィクターから連絡が入る。
班長室に向かうと、中にはヴィクターの他に大護と龍造、ソウゴがいた。
アルカとキョウが来たことを確認して、ヴィクターが話を始める。
「アルカとキョウには先ほど話したが、都市外移住者の村に住む村人の人数を確認してほしい」
「人数?虚偽報告があったと聞いたが、それの確認かのう」
「わかっているならば話は早い。時間をかけている暇はない故、気配察知が正確にできる者に集まってもらった」
その言葉に、龍造とソウゴはアルカとキョウに顔を向ける。その目は疑いではなく、値踏みするようなものであった。
「まぁ、ヴィクターができると言うんじゃ?問題なかろう」
「しかし、その年でできるとはな。おぬしらも苦労してきたのだな」
それもすぐに終わり、鼻を鳴らしてヴィクターに向き直る。
「この捜査は村人に知られないように秘密裏に行う。捜査は村人全員が村にいると考えられる、日が落ちてからになる。夕方に都市を出発することになるため、今のうちに仮眠をとっておくように」
ヴィクターが情報端末を操作すると、この場にいる全員に連絡が入る。
「今送ったのは各チームの担当だ。大護は一人だが、できるな?」
「お任せください」
「ならばいい。話は以上だ」
話が終わり、班長室から出る。その足で寮に戻り、仮眠をとった。
準備を終えて本部に顔を出し、ヴィクターから激励を貰って都市の東に位置する門に向かう。
「またここに来ることになるとは、な」
「カッコつけてないで早く行くよ」
アホなことを言っているキョウを引きずって、アルカは門を通る。そこからは訓練とは比べ物にならないペースで走り出した。
髪が風に靡き、みるみると離れていく都市を尻目に、真っ直ぐ都市外移住者の村に向かう。
アルカ達は四つ村を回る予定だ。もたもたしている余裕はない。
「いやー、久々にこんな風に走るけど楽しいなー」
「それは同意。風が気持ちいい」
会話が終わる。話題が無いわけではないが、何となく口から言葉が出なかった。
しかし、雰囲気が悪くなることはなく、心許せる親友がすぐ傍にいて、アルカは寧ろ心地よいくらいだ。
それからしばらく走り続けていると、キョウが唐突に口を開く。
「何かあったろ」
「わかる?」
「そりゃもう」
さすが親友である。いつもと変わらない表情をしていたのに、簡単に見破ってくる。
正直に、アルカは育った家を見てトラウマが蘇り、足が竦んでしまったこと、それにより建物に突入できず、結局無駄に時間を浪費してしまったことを話す。
「はー、なるほどな。アタシ達が育った村が見つかったとは聞いたけど、そんなことがあったのか」
「うん」
「そりゃ、予想だにしていないことが起きたら、アルカでもそうなるか」
遠くに見える村の影が見えると同時、アルカはキョウに尋ねる。
「キョウはさ、私たちが生まれた村が怖くないの?」
あの時、アルカはどうすればいいのか、今も考えているが答えは出ていない。だから親友の考えを参考にしたいのだ。
キョウは答えに窮したように頭を掻き、絞り出すように口を開く。
「あー、そうだなぁ……アタシは単純だから、アルカみたいに繊細じゃないし。と言うか、アルカが怖いのは村じゃないだろ」
「どういうこと?」
「え?そのままの意味だが。アルカのトラウマは、ほら、その……クアド神官の事で、村は関係ないじゃん」
アルカは目からうろこが落ちた気分になる。確かに村自体には問題なく近づけた。家に入れなかったのは、神官を消し飛ばした記憶が嫌でも脳裏にちらつくからだ。
「アタシも確かに殺されかけたけど、それだけ。今なら何とでもなるから怖くないし、アルカもそこは同じだろ?なら、アルカはクアド神官の事で恐怖しているだけだ」
キョウの過去のトラウマを混同してしまっている自分を自覚し、アルカは考え方を変えることにする。
まず、自身のトラウマの原因とそうでないものをより分けてみる。
キョウの言っていた通り、村に入るのは問題が無かった。育った家を思い浮かべてみるが、少し気分が悪くなるだけで、それ以上はなかった。他にも自分達を射殺さんばかりの視線を向けてくる村人達など、過去を思い浮かべるがどれも原因ではないことが分かる。
クアド神官以外を消し飛ばしたことは辛い記憶ではあるものの、村人自体に良い記憶が無いので、大きな影響はない。
「アルカ、止まってるぞ。考えるのは構わないけど、せめて動いてくれ。それとも担がれたいか?」
原因を探るため思考を巡らしていたら、どうやら立ち止まっていたらしい。
キョウに担がれると、こちらの状況など関係なく走るので、アルカは高速で断る。
それから気配察知で村人を確認していく。アルカとキョウ、それぞれでカウントしていき、数に違いが無いか確認していった。
移動時は考え事をしながら走り、また気配察知でカウントをしていく。すると、担当四つの村の内、三つ目の村でカウントをしていると、都市外調査訓練で聞き出した村人の人数と差があることに気が付いた。
「ここの村は普通に話してくれたんだがな」
「この分だと、他の村もありそうだね。というか、襲ってきた村は人数を偽ってなかったのは意外だった」
そうなのだ。てっきり虚偽報告をしているものと考えていたから驚いている。担当の村で虚偽報告が確認されたのはその一つだけで、日が昇る前に都市に戻って来た。
人気のない夜道を抜けて本部に戻ると、既に大護が報告書を作っていた。
「どうでしたか?」
「虚偽報告が確認できました」
大護に報告を行ってしばらくすると、龍造達も本部に帰って来た。
龍造達の方でも虚偽報告があったらしく、大護が報告書に記入いていく。
出来上がった報告書を見ながら、気づいたことを話し合う。
「虚偽報告は三件。どれも機動隊に襲いかかったりせず、話をしたところばかりですね」
「何とまぁ、多いのう」
「機動隊を村に入れたくないからといって、これはひどいな」
「今は問題なくても、過去に虚偽報告をしている可能性もありますから、実際はこれ以上存在するかと」
結果に辟易しながら話し合いをしていたが、結局これ以上の考えは出てこなかった。
「班長への報告は私がしておきますので、皆さんは帰っても大丈夫ですよ。夜勤と同じ扱いなので、明日……もう今日ですね。非番ですから、ゆっくり休んでください」
「いいんですか?」
「任せたぞ」
「じゃあの」
大護の提案を聞いて、アルカは少し申し訳ない気持ちになったのに対し、龍造とソウゴはそそくさと帰宅の準備をし始める。
「え!?帰るんですか!?」
「わかっとらんのう、アルカ。大護は報告を理由にヴィクターと話したいだけじゃ。気にするだけ無駄じゃぞ」
驚いた様子のアルカに、龍造がこちらを見ることなく言う。その証拠に大護を見ると、龍造の言葉を一切否定せず、いつもより二割増しの笑顔になっている。
「気味の悪い笑顔を浮かべおってからに。ワシらは帰るぞ」
「お疲れ様でした。大護さん、私達も今日はこれで失礼します」
「ええ、お疲れ様です」
龍造達に続き、アルカとキョウも寮に帰る。
仮眠をとっていたこともあり、談笑をしながら過ごした。半端に睡眠をとってしまうと、翌日眠れなくなってしまうのもある。
のんびりとしていると、いつの間にか日が昇っていた。
いつもよりゆっくりと朝食をとり、いつものように訓練場に向かう。
「んんー、よっしゃ。いっちょやりますか」
「その前に柔軟」
「ほーい」
柔軟を終えて、まだアルカ達以外誰もいない訓練場で互いに武器をとる。無言で向き合い、掛け声も無しに打ち合いが始まった。
アルカは手数で攻め、キョウは重い一撃を振るう。
キョウの横なぎの一閃を、アルカは姿勢を低くし、同時に下から連撃を入れ逸らす。そのままキョウに肉薄し、刀を振ろうとした時、下から強烈な蹴りが放たれた。
体を捻り、何とか軌道から逃れるも、バランスが崩されてしまったので、急いでその場から離れる。案の定、寸前までアルカがいたところに大剣が振り下ろされた。
目が合い、口角が上がる。
今度はキョウが先手を取った。袈裟切りに振るわれた大剣をステップで避けたアルカに拳が迫る。さっきの斬撃は囮で拳が本命だ。
しかしアルカはそれを読み切っており、体を後ろに倒すことで拳を避け、そのまま強烈な蹴りを入れる。
キョウはこれに素早く反応し、バックステップで距離をとった。
「さすがキョウ。これは読まれたか」
「前に食らったからな。よく覚えてる」
じりじりと間合いを詰めていき、再び攻撃と防御、回避を繰り返していく。
気心知れた中で、相手の手の内はほとんど知っている。なので、有効打を打ち込める機会が少なく、新たに動きを取り入れてもすぐに対応していくので、二人で戦闘訓練をするとかなり長引く。
しばらく打ち合っていると、アルカ達は声を掛けられるのだった。




