27 事の顛末
「以上が、昨日の都市外調査訓練で発生した事件の全容です」
アルカはそう言って椅子に座る。見回りに出て行っている以外の班員の視線が外れ、アルカは体から力が抜けていくのを感じた。同時に、喉の渇きを自覚する。用意されている水を飲んで、やっと一息ついた。
「今の話から、幾つもの不可解な点が浮かび上がる。存在しない廃村、はぐれ死神、盗難車、被害者の証言、はぐれ死神の言葉、虚偽報告の村。様々だ」
「また忙しくなりそうじゃのう」
「一班と六班にも協力してもらうしかないな」
「デカい事件になりましたねー」
ヴィクターのまとめに、皆が口々に反応を示す。にわかに騒がしくなった会議室を、ヴィクターが片手を上げて制した。
「岳、次の報告を」
「はい」
眼鏡をかけた男性が立ち上がり、周囲の視線が集まる。
「追跡用ナイフで彼らの動向を探っていましたが、途中で停止したまま動かなくなりました。その場に急行したところ、地面に落ちたナイフがありました。タイヤ痕から察するに、車両がバウンドした際、抜け落ちたものと考えられます」
「では、犯人の居場所はわからないのか」
「正確な場所は不明ですが、推測ならできます」
情報端末を操作し、机の上に表示された地図に書き込んでゆく。
「はぐれ死神と遭遇した地点が、都市から西に約三十キロ。追跡用ナイフはそこから南下して止まりました」
その言葉に、反応が二分した。大護より少し若いくらいの世代は平然としているが、それ以上の隊員は顔を顰めた。
「廃墟群か……また面倒な」
誰かがポツリと呟く。その意味を分かっていない班員のために、大護が説明を買って出る。
「廃墟群、名前の通り大変革前の建物が残る地域を指す言葉です。今回の廃墟群は都市トウキョウから海岸線に沿って南下しても到着します。危険地帯とされており、人は住んでいないと考えられています」
「危険地帯、ですか?」
無人なら襲ってくる人もいなければ、不死者も発生しないのではないのか。野生動物程度なら、危険とは思えない。何が危険なのかがわからなかったため、アルカは疑問の目を向ける。
「ええ、危険地帯です。いつ倒壊するかもわからない巨大な建物が乱立していますから。いくら班員と言えど、場合によっては死にます」
過去、廃墟群で倒壊した建物の下敷きになり数十名の死者が出た事例があり、それ以来、立ち入り禁止になっている。
昔は立ち入り禁止を周知していたが、怖いもの見たさで行く死神が絶えず、今は周知していない。一応廃墟群手前に立ち入り禁止の看板などが設置されているが、それだけらしい。
「まだ廃墟群に犯人がいるとは確定していない。一先ず確実にできること、しなければならないことが優先だ。上層部での会議で任務内容が決まり次第連絡する。それまでは各自、通常業務に就くように」
ヴィクターがそう締めくくり、会議は終了した。ぞろぞろと班員が出ていく中、アルカとキョウ、静香、アケミの四名はヴィクターに呼ばれ、班長室に向かう。
「さて、問題もあったが、今回の都市外調査訓練、ご苦労だった」
開口一番、労いの言葉がヴィクターから掛けられる。同時に、いつも以上に眉間に皺が寄っていることからも、叱責が飛んでくることは予想できた。
「静香から報告があったが、アルカ、少々独断が過ぎたそうだな」
「申し訳ございません」
「何が悪かったか理解しているか?」
ヴィクターの質問に、アルカは訓練での出来事を思い返す。そして、重い口を開いた。
「虚偽報告のあった村で規則通りの確認作業をしなかったこと。緊急時にわがままで行動が遅れたことです」
「自身で反省点を見つけているのならば話は早い。このような緊急事態は滅多に発生しないからこそ、全員しっかりと聞いておくように」
ヴィクターはそこで一旦話を区切り、この場にいる四名を見回す。
「アルカの言った一つ目の事だが、本来、村人全員を確認するため村に入らなければならない。しかし、緊急時だったこともあり、アルカは気配で判断したのだな」
「はい」
「その判断は間違ってはいない。不死者を発生させないために一秒でも早く行動に移すことは大事だ」
アルカの行動を認めるような発言に、静香は思わず口を開く。
「ですが……」
「判断をしたのがアケミか静香なら問題はなかった。アルカだったのが問題なのだ」
アケミと静香の二人は機動隊の規則をしっかりと理解している。その上で緊急時の対応として班員の特権を行使するならば、何も問題はないのだ。
しかし、機動隊の規則も班員の特権も理解しきれていないアルカでは、答えは合っていてもプロセスが間違っている。
「規則があるのには理由がある。その理由を知った上で特権を行使できなければ、いつか必ず失敗する。アルカは規則を知る事、静香は知った上で特権を行使することを覚えなさい」
アルカは肩を落として、静香は唇を噛む。
「それとだ、アルカ。気配で的確に人数を把握できる死神の方が稀だ」
これには、アルカだけでなくキョウも驚く。二人とも今まで普通に出来ていたし、出来るものだと思っていたからだ。
「戦闘時のように集中している状態で、数名程度なら静香にもできるだろう。しかし、小さいと言えど、村ほどの広さを的確に数えることは困難だ」
「班長はどうなのですか?」
「私はできる。恐らくアルカ以上に正確にな。大護もできるだろう。しかしアケミや静香ではできない。班員でも出来る者は少数だ」
気配察知を覚えるためにはそれ相応の修練が必要になってくる。しかし、アルカとキョウは修練など積んだ記憶が無い為、何故かとヴィクターに問おうとするが、その前にヴィクターが話を進めた。
「二つ目の事だが……」
ヴィクターはそこで言葉を切り、アルカとキョウを見つめる。首を横に振るアルカを見て、大きく息を吐いた。
「人には言えない事もある。アケミは気づいていそうだが」
「確証はないけれど、今までの様子と静香からの報告で見当はついているわ」
「アケミ……」
「教えないわよ?ペラペラと話すことではないし、自分で考える事よ。任務でも少しの手掛かりから様々な可能性を考えるのは必須技能だもの。自分で頑張りなさい」
頭を抱える静香に、優しく微笑むアケミが対照的だった。
「アケミの言う通りだ。今は先輩が多くいるが、何時かは君たちが先輩となる。その時になって困らぬよう、今のうちに学んでおくことだ」
ヴィクターはそう言って、静香とアケミに退出を促す。
班長室の扉が閉まり切ったのを確認してから、ヴィクターが口を開いた。
「まずは君達に謝らなければならない。このような事態を予測しておきながら、対策が不十分だった。そして、君達の古傷を抉るような結果になってしまった。すまなかった」
二人はヴィクターの謝罪に慌てふためく。結果的にそうなっただけで、対応が悪かったとは思えないからだ。そもそもアルカも出身の村に向かうことになるとは考えていなかった。
あたふたしている二人をみて、フッと笑ったヴィクターはすぐに姿勢を正す。
「話を少し戻すが、気配察知について補足をしておく」
いつも通りの表情に戻ったヴィクターに釣られ、アルカとキョウも気を引き締める。
「修練が必要と言ったが、私や君達ほどになるには死線を潜らなければならない」
「死線なんて超えたことないですけど」
「いいや、超えた。君達の育った環境が正に死線だ」
その答えに、アルカとキョウはハッとする。言われてみれば、いつ襲われるかわからない状況で必死に生きてきたのだ。生まれてからその環境が普通だったので疑問に思わなかった。
「それに、君達の生まれ育った廃村について少し調べてみたが、機動隊のデータベースに記録が存在しなかった」
「それって……」
機動隊の認知外の村がある。それはかなり危険なのではないか。アルカの言葉を読み取ったように、ヴィクターは続ける。
「我々の与り知らぬところで、不死者発生の可能性があった。もしかすると他にも認知されていない村がある可能性がある。しかし、不自然な点も存在する」
「本当にそうなら不死者が発生していてもおかしくないですよね」
「そうだ。どれほど注意を払っても事故や災害によって人が死に、不死者は発生する。事実、これまでもそうして発生した不死者と遭遇した事例は数多く存在する」
「考えられる可能性としては、運よく災害などが発生しなかった、発生してもすべての遺体を適切に処理できた、でしょうか」
現実的な可能性を上げていくが、どれもしっくりと来なかった。
「それらも十分あり得る。しかし、私見になるが、私ははぐれ死神が関与していると考えている。彼らは秘密裏に只人を捕まえ、同時に機動隊に気づかれないために、不死者を討伐していたならば、あの村は公にはならない」
推測に推測を重ねているので、良い考え方ではないが、あり得ないわけではない。
その考えが正しければ、あの村は知ってか知らずか、死神の管理下にあったわけだ。
「それに、今回の訪問で虚偽報告を受けたそうだな。ならば他の村もしている可能性が考えられるため、調査しなければならない。アルカ、彼らが虚偽報告をする理由として何が考えられる?」
「死神に対する嫌がらせや、班長の話も含めて考えると、村人が減っても不死者が発生していないように見えたから、自分たちは問題ないと思い、死神を村に入れないために他の村人は結託して虚偽報告をすると考えられます」
アルカの考えに大きく頷いたヴィクターは、アルカとキョウを見据える。
「特権を行使して村に立ち入るとまた面倒事になる。故に正確に気配が察知できる君達に村人の人数確認をしてもらいたい。詳細が決定し次第連絡する」
「はい」
それを最後に、話は終わった。
班長室を出て、アルカとキョウは休憩を取ることにしたのだった。




