嘘はついていない。
初めてこういう系を書いた。
これで良いのだろうか。
前略、お母さまへ
ニートである不敬な息子をお許しください。
本日、私は、某女子高生と結婚したのでご報告いたします。
なお、こうした書面での報告となることお詫び申し上げます。
(ご理解の通り、私は外の陽を浴びてしまうと溶けてしまうのです。)
生計については問題ありません。月収100万Gを妻とともに稼いでいます。
なので、ご親戚が来られた際には、"たかしは結婚して家を出ている"とお伝えいただければと存じます。
(ほとんどオンラインゲームの世界に入り浸っているので、家を出ているのは間違いないですよね。)
以上、よろしくお願い致します。
追伸、今日のお昼ご飯はハンバーグでお願いします。
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12月、寒風吹き荒ぶ外界の様子を窓より覗き見ながら、一人燃え上がっている男がいた。
山本隆、25歳。職業は警備員である。
なお、世俗一般的には"ニート"という名称が正しいのかもしれない。
あくまで世俗一般的にはである。
―――下らない現実のことは置いておこう。
なぜ、私が燃え上がっているのか、その理由である。
今日はいよいよ、ミハルちゃんとの結婚式である。
彼女は私が副ギルドマスターを務めていたころからギルドに加入した人で、
何故か私によく懐いていた。
最初こそ、下心なしにミハルちゃんのレベリングに手伝ってあげていた。
神に誓おう、最初は下心はなかった。
最初は。
「たかし!朝ごはんはどうするの!?」
ドンドンと、自室の扉を叩く悪魔のノックが突然鳴り響いた。
ミハルちゃんとの結婚式を夢想していたためか、たかしの警戒力は著しく低下していたのである。
落ち着きながらもいつものように、"今日はいらない"と書かれた紙を自室の扉の下からそっと差し出した。
母がそれを確認したと判断するや、すぐさま紙を自室に引き戻した。
以前、紙を掴まれてパニックになった際に得た、たかしの経験値が活きたのである。
「いらないのね…。で、お昼はハンバーグね。晴美ちゃんとは大違いね、いい加減出ていらっしゃいよ」
捨て台詞を吐いた悪魔は、大きなため息をしながら廊下の奥へと気配を消えていった。
油断も隙もありゃしない、たかしは誰にも聞こえない声量で独り言ちた。
さて、ミハルちゃんとの馴れ初めだが、たまたま私がログインしている時間帯に彼女がログインすることが多く、
下心は全くない状態で彼女のレベリングを手伝うことが自然に多くなったのだ。
最初は。
「♰ TK ♰(ハンドルネーム)さん、毎日レベリングを手伝っていただきありがとうございます!」
「大丈夫だよ、このくらい!お茶の子さいさいさ」
「ところで♰ TK ♰さんは、普段は何をされているんですか?」
「…デイトレーダーかな?ミハルちゃんは?」
「えー、デイトレーダーってすごい!ミハルは普段、女子高生やってます!」
たかしに下心の導火線が点いたのはこの瞬間からであった。
純粋な彼女からの賞賛と、彼女が女子高生であるということがたかしの心に刺さった。
確かに、たかしはデイトレードを行っている。
しかし、それは通販サイトのポイント運用というトレードであり、
たかしは日々数十ポイントの浮き沈むに一喜一憂しているのみである。
嘘はついていない、この日がたかしの本名をも知らぬ女子高生への恋愛冒険譚の始まりとなった。
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「晴美ー!学校遅れるわよー!」
「今行くからー!」
高校へ行く準備は終わっている。
今は♰ TK ♰さんへの朝の挨拶を行っているのだ。
デイトレーダーの♰ TK ♰さんの朝は早い。
私が朝練のために早起きした日も、既に♰ TK ♰さんはログインしている。
「おはようございます、♰ TK ♰さん!」
「ミハルちゃん、おはよう。今日もギルドポイントに貢献するために朝活するのはいいけど、学業を最優先でね」
♰ TK ♰さんはギルドの仕事を労いながらも、私の生活の心配もしてくれている。
この人とは今日、学校から帰ってからゲーム内で結婚式を挙げる。
思えば、♰ TK ♰さんとは長い付き合いになったものだ。
ギルドに入った瞬間から、♰ TK ♰さんにはシンパシーを感じた。
何か懐かしいものを感じたのだ。
私には父親がいない。幼いころ性格の不一致から両親は離婚している。
そのためか、私は父性を強く求める女となってしまった。
♰ TK ♰さんは、そんな、強く守ってくれる父性を感ずるような懐かしさを持っているように思う。
今日は、早く帰ってこよう。
「それじゃ、♰ TK ♰さん、行ってきます。今日は楽しみにしています!」
「行ってらっしゃいミハルちゃん、気を付けてね。しっかり準備を進めておくよ」
挨拶も早々に、私はパソコンの電源を切って、学校のカバンを肩にかけた。
「お母さん、行ってきます!」
自宅の玄関を開けた瞬間、隣のたかしさんのお母さんと鉢合わせてしまった。
自宅は集合住宅なので、こうしてお隣さんと鉢合わせることは珍しくはない。
「たかしさんのお母さん、おはようございます」
「あら、晴美ちゃんおはよう。今日も元気ね」
「挨拶だけは誰にも負けません!あっ、ところでたかしさんは…」
「結婚して家を出るわよ」
「えっ!最近まで引きこもりだったのに!?」
「えぇ、急なことだけどね」
「そうなんですね…。お母さんはこれからお買い物ですか?」
「そうよ、たかしのためにハンバーグを作るの」
「お祝いですものね、たかしさんがお母さんの美味しいハンバーグをご所望するのも頷けます」
「もう、晴美ちゃんたらおべっかが上手ね!いつでも昔のようにうちへいらっしゃい」
私には父親や兄弟もおらず、母親は夜まで仕事に出ていることが多かったため、
隣の家のたかし兄さんとは子供の頃よく遊んでいた。
あの頃のたかし兄さんは本当にかっこよかったし、素敵だった。
ただし、ニートでありながら日々穀潰しをしているたかしさんを思うと、お母さんが不便で思えなかった。
その美味しいハンバーグは穀潰しのたかしさんの腹を満たすためにあるもんじゃない。
喉元まで出かかった言葉を晴美は飲みこんだ。
「それでは、またお邪魔します」
これほど便利な言葉があるであろうか。
"また"とは明日でもよいし数十年後でもよい。
美味しいハンバーグは魅力的ではあるため、たかし兄さんが家にいない日を見計らおう。
結婚するのだし、家にいない日はできるはず。
嘘はついていない、この日が晴美の本名をも知らぬデイトレーダーへの恋愛冒険譚の始まりとなった。
連載としたが、気分が乗った"あとで"である。