4. 来た、来た、キター!
夜会での二人です。
思わず目線が追ってしまいます。
薔薇色の艶やかなドレスが緩やかに動く度、人垣を割って進むその姿に周囲の人たちが息を飲むのが判りました。それ程のインパクトを持っての登場ですもの。
オーキッド様は、銀髪の美青年にエスコートされながら、ホールで談笑しているアレッド王太子様の所まで進んで行きました。ぱっと見、不思議な雰囲気を漂わせた妖艶な美女の登場ですから、紳士の皆様の目が注がれていますわ。
どの位の方が、あの美女が実は男性でそこいらの騎士よりもお強い方だってご存じなのかしら?
オーキッド様と銀髪美青年様は、アレッド王太子様とクラウス様、そしてホスト役のシリウス様とリリ様のお傍に来ると、深く腰を落としてご挨拶をされましたわ。そのお姿さえ優雅で、まるで一枚の絵の様です。何という美形比率!
(ああぁ。メルト王国の至宝の芸術ですわ!! ここにエルメーヌ様がいて下さったら! 妄想炸裂のシーンになるでしょうに!!)
イヤイヤ、いけません。こんな所で妄想モードに入ったら、止められませんもの。さすがに私にも公爵令嬢としても立場がありますからね。
「アルテイシア様。ご機嫌麗しゅう……」
お母様の声に、背筋を伸ばします。直ぐ近くにアレッド王太子様の姉姫様、今はご結婚されているアルテイシア様がいらっしゃいました。光栄な事に、アルテイシア様は母と懇意にして下さっているのですわ。
「御機嫌よう。ミラノ侯爵夫人、カレン様。今日の夜会を楽しみにしていましたのよ。だって、メルト王国社交界、注目の二人の主催ですものね?」
アルテイシア様も微笑みを浮かべていらっしゃいます。確かに、シリウス様とリリ様は大注目のカップルですもの。
でもそれだけではありませんよ。お二人が初めて主催するとあって、招待客も注目されています。だって、次代の陛下に宰相様、大臣に近衛騎士団長様達が集まるのですから。それはもう、淑女の皆様も目の色が違っています。ええ、怖い程ですわ。
「あら、来ているのね。(ちっ)」
アルテイシア様が小さく舌打ちをした様に聞こえましたけど、ええっ! 信じられずに思わずお顔を見上げてしまいました。
「目を合わせない事ね。厄災はそっとやり過ごすようにしないと」
私に向かって片目を瞑ると、何事も無いようにお母様とお話を始めました。
厄災? やり過ごす? はて? ほんの少し自分の世界に入ってしまいましたけど、何やら私の妄想触覚に感じる気配が---。
ふと顔を上げてその方向を見ると、何とオーキッド様とクラウス様が言葉を交わしているでは無いですか!? でも、クラウス様は表情を無くした顔で立ち竦んでいる様にも見えます。
因みに、オーキッド様をエスコートしてきた銀髪美青年様は、アレッド王太子様とお話をしながらテーブルを囲んでいますので、すでにお話に熱中されていてオーキッド様とクラウス様は見ていない様ですわ。
おおおっ! オーキッド様がクラウス様の腕を引っ張りましたわ!
クラウス様はとってもイヤそうに眉間に皺を寄せて、オーキッド様のされるがままにしていますけど……
あら、オーキッド様がこちらを見ていらっしゃいませんこと?
ええっ! こちらにいらっしゃるではないですか!!
「お久し振りですね。皆様?」
オーキッド様です!
「あら。オーキッド様? また、今日は、い・つ・も以上に艶やかですこと」
「御機嫌よう。パルマン伯、クラウス様。お久し振りですわね?」
アルテイシア様とお母様が、にっこりと微笑んでオーキッド様とクラウス様をお迎えしましたわ。
「アルテイシア様、侯爵夫人、カレン嬢もお久し振りです」
クラウス様がにっこりと微笑んでご挨拶をして下さいましたわ。私の名前も覚えて下さっているのですね。と言うか、こんなに近くでお顔を拝見したのも声を掛けられたのも初めてかもしれませんわ。
ほら、私って地味ですし、私より目立つ社交界の情報通のお母様が常に近くにいるので、近寄るのは緊張するのですって。エルメーヌ様がそう教えて下さいました。
「クラウス様は、今日もご令嬢をエスコートはしていらっしゃいませんの?」
アルテイシア様が、目を細めてそう言うとクラウス殿の頭の上から爪先まで視線を向けた様に見えました。
私から見たら、これ以上無い位の美形さんです。栗色の艶やかな髪に、理知的で神秘的な緑の瞳。妹のリリ様のアースアイ程では無いけど、クラウス様の瞳にも青い色彩が見えました。柔らかな物腰に、落ち着いた声色の王子様。そうです。リリ様が妖精姫ならばこの方は妖精王子ですわ!
「アルテイシア様。クラウス殿は、私のエスコートをしてくれていますからね? 何か不都合でも?」
オーキッド様の声につられて思わずまじまじと顔を見てしまいました。
この方、本当に男性ですか。確かに女性の様な頬の柔らかみは見られませんが、すっきりとした無駄のない造形は、腕のいい彫刻家の作品みたいです。
「不都合は無いけど、貴方と一緒だとクラウス様にはどなたも近づけなくってよ?」
アルテイシア様が、ちらりと横目でクラウス様を見ると扇で口元を隠してそうおっしゃいました。
そして、オーキッド様に一歩近づくと、
「貴方の虫・よ・け・は、強力だけど、違・う・虫・さ・ん・も集まって来るわよ?」
こそりとそう呟いてニッコリ微笑まれました。
「……違う虫さん?」
オーキッド様は少しだけ目を見開くと、小首を傾げましたわ。何か、可愛らしいです。
「花の周りには、花の蜜が欲しい蝶ばかりが集まる訳では無いらしくてよ? ねえ、カレン様?」
アルテイシア様が、私に相槌を求められました。
「……そう、ですわね。美しい花を遠巻きに見たいだけの蝶も、いるかもしれませんわね?」
突然会話を振られた私は、ついつい自分の気持ちを正直に言ってしまいましたわ。
「カレン嬢? 初めてお会いしたでしょうか? 私はオーキッド・フォン・パルマンと申します。以後、お見知りおきを」
「カレン・ミラノでございます。パルマン伯とは一度お会いしていますのよ。王妃様のお茶会の時に……」
更に近づいて、ご挨拶して下さったオーキッド様ですけど、やっぱり以前お会いした時の印象は無いですわね。
ええ、仕方ありませんわ。あの時は美しい方々が美しく装った最高のお茶会でしたもの。地味な私はその光の中では目立たないでしょう。
ああ、卑屈になっている訳ではございませんのよ。
「王妃様のお茶会で、ほんの少しですけど……あの時は、オーキッド様は黒い軍服で正装していらっしゃいました。まるで、宵・闇・の・黒・騎・士・の様でしたわ。でも今日はまた、見違えるようですわね?」
こんな機会は逃してなるものですか!
目の前でじっくり観察して、直接お話もできる今、今を逃しては作家魂が廃ると言うモノでしょう!
なるべくこの時間が続けられるよう、私はオーキッド様に向かって話し掛けますが 『女装伯』 が、目にも艶やかなドレスを召されて目の前にいることに、ついつい私は興奮してしまったようです。
「とってもお似合いですわね! スカーレットの鮮やかなマーメイド。結い上げた艶やかな黒髪ともベストマッチですわ!! それに、共色のレースの見事なこと!」
それこそ頭の先からつま先まで、瞬きも忘れて見入ってしまいます。ああ、聞きたいこともあるのですわ。こればっかりは、男女一緒なのか確かめたいです。
「オーキッド様は、女装と男装はどの位の比率なのですの? 当然、コルセットをしていらっしゃるのですよね? それは侍女に着付けを頼みますの? 脱ぐときはお一人で脱げますの? やはり侍女の手を借りて、お脱ぎになるのですか? それから、女装の時はエスコート役をどのように決めていらっしゃるのですか?」
ついつい意気込んで質問攻めにしてしまいました。危ないですわ。変な娘と思われてしまいます。
ふと気が付けば、クラウス様が珍しい動物を見る様な目で私を見詰めている様な……
「カレン嬢。余りパルマン伯を褒めないで頂きたい。この方は、ご自分の事を勘違いしているのです。本来は、こんな姿でいる様な方では無いのに……私達がどんなに言ってもダメなのです」
クラウス様はそう言うと、ふうっと溜息を吐かれました。ああ、なんて憂いのあるお美しいお顔! やっぱ、絵師~! エルメーヌ様~!。
コホン。興奮して我を忘れそうでした。
「いいえ!! これからの時代は、自分の好きな物、好きな事を主張すべきですわ。そこに、男性も女性も無いと思います。パルマン伯は、その先駆者でいらっしゃいますもの。私、尊敬しますわ!」
これは本当に思っていること。
この時代に、こんな自由に自分の姿を変えられる方はいませんわ。自分の気持ち、心に正直な方なのでしょう!
私がそう言うと、オーキッド様が大きく目を見開いて、驚いたような表情をされました。この方が驚く事では無いでしょうに?
「ところで、パルマン伯とクラウス様は、親しい間柄なのですね? クラウス様が、いつもエスコートされていらっしゃるのですか?」
そうそう、これも聞いておかないと。
「親しくなどありません。寧ろ、迷惑を掛けられたと言うか。それから、伯は女性ではありませんから、これをエスコートとは思いたくもありません。ですからカレン嬢、誤解の無いようにお願いします」
オーキッド様に伺ったのに、クラウス様が真顔で答えられましたわ。とっても嫌そうにですけど?
オーキッド様はそんなクラウス様を、とーっても残念そうに(嬉)見ると、肩を竦めて私の方をご覧になりました。
「うふふ。そうなのですか? でも、お二人供、とてもお似合いですわよ?」
堅物宰相様を楽しそうに揶揄う辺境伯。つい妄想してしまって頬が緩んでしまいましたわ。
「……オーキッド殿。アレッド王太子がお呼びの様です。そろそろ行かないと」
クラウス様の問いかけに、私とオーキッド様は暫く見詰め合っていたようで、はっと同時に我に返りました。私は当然そうでしたけど、オーキッド様に見詰められる理由は思い浮かびませんわ。もしかして、不躾な娘だと呆れられたのかしら?
すると、考え事を始めそうなオーキッド様が、前髪に手を伸ばして一筋指で引っ掛けてしまいました。綺麗に結い上げた前髪から、一筋はらりと額に髪が落ちてしまいましたけど、それはそれで随分と色っぽいです。
すると、クラウス様の手がすかさず額に掛かった髪を払いました。
「ああ、髪が落ちてしまいまいましたね」
そう言って、するりと髪を撫でつけたのです!!
「ん。まぁ!?」
なんて自然に! なんてさり気無く! クラウス様の綺麗な指先が、オーキッド様の額に! 黒髪に触れましたわよ! どういうことですの!?
こんなシーンを見せつけられたら、私の妄想が! 妄想が!!! 今の状況をもう一度再現して~!
ついつい暴走しそうな妄想を漸く抑えて、にっこりとお二人に向かって微笑みます。
『ご馳走様でした』
ええ。一挙一動、見逃しませんでしたよ?
アレッド王太子様の元に向かうため、ご挨拶して去っていくお二人の後ろ姿にも目が離せませんから。
と、いきなりオーキッド様が振り返りましたわ。
思わず私は小さく手を振ってしまいました。
オーキッド様は、何か言いたげに口を開きましたけど、クラウス様に話しかけられた様で直ぐに前を向かれ、そのまま歩いて行かれました。
今夜は楽しい夜会になりそうです。
ビバ! ネタ集め!! ですわよ!
1ヵ月後、異例の速さで編集されたのは、『辺境伯と宰相は古城の仮面舞踏会で愛を語る』
新シリーズの始まり、です。
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このお話は、『妖精姫である私の旦那様---』の
辺境伯は淑女で夜会を楽しむ[後編]のカレンサイドから
見たお話になります。
楽しんで頂けたら嬉しいです。