2. お嬢様達の編集会議
本日2話目です。
「絶好調ですわ」
ピーコック商会の本店、マリオン様の執務室で編集会議を行っています。今日は前回刊行した『辺境伯と宰相は、秘密の桟敷で愛を語る』 の売り上げ報告と、今後の展開についての相談です。
「マリオン様、本当ですか? 絶好調とはどの程度ですの?」
すかさずエルメーヌ様が問われました。普段絶好調などとは言わないマリオン様ですから、様子が判りません。
「これをご覧くださいまし。『秘密の愛を語るシリーズ』の創刊号を上回る発行数ですわ。やはりシリウス様がご結婚された影響は大きかったようです。現実にご結婚されて、そのお相手が妖精姫と呼ばれる程の絶世の美女だなんて全くお手上げですもの。妄想もこの現実の前では木っ端みじんですわ」
マリオン様はそう言うと、両手を広げて肩を竦めました。確かに、超絶美男美女のカップルなんて縁遠いですわね。
「そこに現れたのが、黒髪で美丈夫の辺境伯! イイですわ! とってもイイのです!」
少し興奮し過ぎではないかしら?
「で、マリオン様。どの位好評なのかしら? 教えて下さいな」
もう一度エルメーヌ様が問われます。ええ、私も聞きたくてウズウズしていますもの。
「コホン。失礼しました。『辺境伯と宰相は、秘密の桟敷で愛を語る』は、創刊号の倍。倍ですわ!!」
「「倍!?」」
なんと! それって凄くないですか? だって、素人の書いた薄い本ですわよ?
「やはり、読者は飢えていたのです。禁断の美しい愛に! カレン様の目の付け所に感服ですわ。良い素材を見つけて下さった、その審美眼はさすがです!」
興奮しっぱなしのマリオン様が、キラキラと輝く目でそう言って下さいますけど。ちょっと褒め過ぎですわよ。
「そんな、マリオン様ったら。お褒め頂いて光栄ですけど、本当に偶然の賜物でしたわ。まさか、王妃様のお茶会であんな逸材にお会いできるなんて思いませんでしたもの」
目を瞑って思い出します。流れる黒髪に、色気のある瞳とその表情。しなやかな身のこなしに凛々しい軍服。あんな方にお会いしたことはありませんでした。
「そろそろ本題に入りましょう。新シリーズ、『辺境伯編』の続編をそろそろ出したいのですけど。それで、この勢いに乗って物販も始めませんこと?」
「「ブッパン?」」
私とエルメーヌ様で顔を見合わせました。ブッパン、ぶっぱん? 何の事でしょうか?
「実はですね、兼ねてより考えていたのですけど、エルメーヌ様の細密画が物凄く評判が宜しいので、その絵を生かしたデザインで小物を作ったらと思いましたの。ほら、登場人物の架空の紋章とか、素晴らしい出来ですし、スカーフとかハンカチーフとか挿絵に描かれている小物の実物を作ったら売れるかと思いましたの」
「小説に由来した小物を作るという事ですか? 確かにエルメーヌ様が描かれた物は素晴らしいですけど。そんな事が出来ますの?」
エルメーヌ様が描かれる細密画は、人物もさることながら風景や衣装、小物に至るまで本当に素晴らしい出来なのです。それをマリオン様は実際に作るという事ですのね。
「大変素敵なアイデアですけど、表立って販売したら私達がやっていることがバレません? 人知れず読んでいる本とは随分扱いが違いますけど」
身元がバレるのは不味いですわ。それは私もエルメーヌ様も同じです。それでなくても私達は皆、偽名を使って活動しているのですから。
因みに、私は『ビビアン・ビルドレッド』、通称B・Bですし、エルメーヌ様は『クリスタ・クレモンテーヌ』、通称C・C。そしてマリオン様は『デライザ・デーリッド』。ええ、通称D・Dですわ。
もしもこんな活動をしていると家に知れたら……。絶対不味いですわね?
でも、私は侯爵令嬢とは言え7人兄妹の末っ子次女ですから継ぐ家もありませんし、良くて政略結婚ですけど、ソレも……隣国へ留学した事もある才媛と評判なので、つり合いの良い貴族からは敬遠されがちなのですわ。頭の良すぎる女は扱いづらいとか言われて!!
要は、もしも今後伴侶となる方が現れなかった場合、万が一の事を考えて身の振り方も考えておかなければなりませんのよ。だって、修道院も王族子弟の家庭教師も柄じゃありませんから!
「そこなのです。それで新しいお店を作ったらどうかと思いまして。素敵な小物を販売する女子の店ですわ。そこで、見る人が見れば判る関連商品を置いたらどうかと」
「素敵な小物のお店?」
エルメーヌ様が頬を染めて尋ねます。
「ええ。実は私、お店を任せて貰う事が決まりましたの。初めて自分でお店を持てるのですわ。勿論、ピーコック商会の孫商会みたいなものですけど。まあ、お店の事はまだ先ですから、お二人も考えておいて下さいませ。それよりも、続編の方が先ですわね。カレン様、如何でしょうか?」
おう。振られました。そうですね、続編ですね。考えていますけど……
「実は、オーキッド様にお会いする機会が無くて、ネタが集まらないのですわ」
私は溜息を吐きながら答えました。そうなのです。オーキッド・フォン・パルマン辺境伯の情報が手に入らないのです。何と言っても、オーキッド様のご領地は王国の端、名前の通り隣国との国境に在りますから何事も無ければ普段はそちらにいらっしゃるはずです。確かに王妃様のお茶会でお会いしましたけど、それすら5年振りとのことでした。
「妄想を膨らませるには、もう少し情報が欲しいですし、クラウス様との絡みも見たい所ですわ。あのお茶会以来、社交界でお見受けする事も無いですし、どこにいらっしゃるのか噂も聞きませんのよ」
少しがっかりした風で言葉を繋ぐと、エルメーヌ様も同調するように頷きました。
「そうらしいですわね。私も情報を得ようと色々伝手を辿りましたけど……皆さん口を噤んでしまうのですわ。一体どういう事でしょうか?」
エルメーヌ様もお手上げというように肩を竦めました。
「私も母に探りを入れたのですけど、あまり話したがらないの。得られた情報は少なかったけれど、決定的な事が判りました」
「「決定的なこと?」」
ごくりと喉を鳴らして、マリオン様とエルメーヌ様がテーブルに身を乗り出しました。社交界の情報通と名高い母からのネタですから、興味津々ですわ。
「実は、オーキッド様って、女装伯って異名があるのですって」
「「女装伯? って、女装をするってこと!?」」
キラリと二人の瞳が輝いたのを、私は見逃しませんでした。
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次話で、カレンさんがオーキッドさんと再会します。
そうです。シリウスさんとリリちゃんの主催する
スタンフォード公爵家のパーティーです。
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