15. 辺境伯は網を張る -オーキッドサイドー
前話のオーキッド様目線になります。
「オーキッド。そろそろ準備出来た? 遅れるよ!」
廊下からルイの呼ぶ声がする。
「ああ。大丈夫だよ。もう出られる」
久し振りに身に着ける装飾用の剣を、腰のベルトにパチリと付けた。柄の部分にはパルマンの紋章の蛇を模した彫刻が施されていて、今日の服装には大きさも設えの姿も良い。
「あれっ? どうしたんですか、その恰好……」
迎えに来てくれたルイが、ドアを開けたままこちらを凝視している。そうか、まさかこんな晴れの日(?)に式服を着ているとは思わなかったみたいだね。
「どう? オーランド・ヴィスタ・バルモント辺境伯っぽい?」
両手を広げて、ドアの方に向かう。
「ぽいか、ぽく無いかと言われれば『っぽい』 です。辺境騎士団の黒軍服の準礼装ですよね? でも、それまた貴方が勝手に刺繍を手直ししたんでしょう? 派手になっています。まあ、ドレスで行かれるよりは、イイですけど」
ルイ君たらよく見ているね。確かにこの服は、レディ・パトリシアに特別に作って貰た特注品だからね。何でも、乙女の夢を形にしたとか言っていたけど。
「とにかく、今日は騎士様の姿で行くよ。見る人が見たら、私はオーランド・ヴィスタ・バルモント辺境伯だからね。ああ、黒革の眼帯もしていくべきかな」
「それは止めて下さい。あからさまで警戒されます」
「だね。せいぜいオーランド様ぶって行動しよう。彼女達は喜んでくれるかな?」
タウンハウスの階段を話しながら降りると、執事のブルック、カーンの妹のロゼリンやメイド達が玄関で並んで待っていてくれる。
「「「行ってらっしゃいませ。旦那様」」」
……この家の者は、私が女装をしている時はこうは言わない。いつの間にかそうなっていたけど、はっきりしているよね。
「ああ、行ってくるよ。留守を頼む」
ご期待に沿えるよう、当主らしく皆に声を掛けて馬車に乗り込む。
さあ、タンザール侯爵家に行こうじゃないか。きっと、彼女に会えるはずだから。
◇◇◇◇◇◇
タンザール侯爵家に着くと、正面玄関前には沢山の馬車が並んでいた。次々と馬車からは着飾った紳士淑女達が降りてくる。私達の乗っている馬車の前には、4、5台並んでいるからもう少し待たなければならない。
「一応言っておきますけど、今日はセーヴル殿ご夫婦が主催される夜会です。当然、アレッド王太子やアルテイシア様もいらっしゃいます。シリウス殿もリリ様、クラウス様も同様です」
「ルイ君は何が言いたいのかな?」
ついつい真面目な顔をしている彼を揶揄うように言った。最近のルイは、常識ある面々との付き合いが始まってから? 深まってから? ちょっと面白く無いんだよね。
「つまり、面倒事は勘弁して下さい。という事です。セーヴル殿にも、アレッド殿にも。その他の皆さんにもですよ? 勿論、カレン嬢に対してもです」
溜息を吐きつつルイはそう言うと、真っ直ぐな目を向けた。
「私は、貴方の本当の姿を皆さんに見て貰いたいのです。
私とトウレンブルク王国との事だって、学術都市計画の事だって、生半可なの能力では出来ない事なんですよ。
それを軽々とやってのける貴方を、変人だの女装伯だのと陰口をたたく奴らに!
貴方は、頭脳明晰で武術剣術にも優れた立派な武人であり領主なのだから。それに、見た目だって男装すれば国内でも1、2を競えるほどの容姿ですよ!
でも、貴方はご自分で其の全てを、自ら貶める事を平気でするから---」
一気に捲し立てる様に話すルイの瞳が、最後の方では少し潤んでいる様に見えた。
うん。君は私の事を心配してくれているんだよね。私を認めてくれているから、歯痒い思いをしているのかな。
「ありがとう。君がそう思ってくれているだけで私は満足だよ」
「でもっ!」
「いいの」
手を伸ばしてルイの銀髪をくしゃりと撫でる。この友人は本当に可愛らしくて、愛おしい。
血の繋がりは無いけれど、家族の様に思っている。共に家族の縁に薄い私達は、どこかでそう思いたい気持ちがあるのかもしれない。
「さあ、そんな顔しないで夜会を楽しもうよ。面倒な仕事の間に見つけた、久し振りの面白い事なんだからね」
ルイの髪を直してやりながら、私はカレン嬢の茶色い瞳を思い出していた。
玄関ホールに入ると、そこにはホスト役のセーヴル殿と奥方がいた。じっくり真正面から初めて見た奥方は、スラリとして姿勢の良い女性だ。賢そうな瞳と隙の無い身のこなしは、さすが宮廷近衛騎士団の元女性騎士だ。確かシリウス君の直属の部下だったはず。一目でセーヴル殿が太刀打ちできるいてじゃないのが判るね。噂通りに尻に敷かれていそうだね?
「セーヴル殿、奥方様。今宵はお招き頂いてありがとうございます」
私は、やれば出来る子なんだ。騎士の礼で挨拶すると、奥方の手を取って膝を折る。ちゃんと出来ているだろう?
二人に挨拶をして顔を上げると、周囲の視線を一斉に浴びていることに気が付いた。そう言えば、王都に来てから男装で夜会に出るのは初めてかもしれない。ずっと忙しかったのと丁度社交シーズンの終わり位だったから、機会が無かったんだ。
今シーズンの最初の夜会参加が、この前のシリウス君の処のだったから、私の事を知っているのは少ないかもしれない。5年前のバカ騒ぎの時はドレスだったから、この格好は随分と久し振りになる。
だから、そこかしこから、
『あの方はどなたかしら?』 とか、『見たことの無い騎士様ですわ』 とか小さく聞こえる。
うん。もっとざわついてくれてもイイよ。そうしたら、どこかでオーランド・ヴィスタ・バルモント辺境伯の名前が聞こえるかもしれないじゃない?
「じゃあ、私達は奥に行こう。幻の作家をお迎えしないとね」
ルイを促してホールの奥に移動する。途中ですでにホールにいた、シリウス殿とリリちゃんを見かけたけど、クラウス殿も見かけたけど、今は片目を瞑って挨拶するだけにした。
三人があんぐりと口を開けて驚いている。まさかのこの姿に驚いているのかな。リリちゃんはキラッキラの笑顔で手を小さく振ってくれたけどね! やっぱり、妖精姫と言われるだけあって今日も可愛いね!
ベランダに近いミニテーブルに落ち着いて、ホール入り口を見ている。
そろそろ来てもいい時間だけど---
「来た」
今日も母親のミラノ侯爵夫人と一緒だ。そう言えば、この前の夜会でもお母上と一緒だったけど、彼女にはエスコートをしてくれるような男はいないのか?
年齢的には丁度、丁度ルイと同じ位かと思うのだけど。侯爵令嬢なのに婚約者もいないのだろうか?
カレン嬢は夫人と共にセーヴルご夫妻に挨拶をしている。今日も若草色の爽やかな色のドレスだ。やっぱり彼女にはあの色が良く似合う。
「この前とは、また印象が違うね」
何とは無しに口に出た言葉だった。
「そうですね。この前の夜会とは違った感じですね」
確かに。彼女が動く度に、若草色に幾重にも重なるチュールレースが漏れ日が煌めく様に見える。まるで、森に湧き出る清らかな泉みたいだ。彼女の周りだけ清廉な空気に包まれているかのように思えた。
呼び止められて誰かと話をしている。濃い水色のドレスの少女だけれど、あの顔には見覚えがあった。 セーヴル殿の妹君、アリシア嬢だ。彼女はオーランド・ヴィスタ・バルモント辺境伯を知っている読者の一人だから、よく観察しなければならないね。後で挨拶に行ってみようか。
きっとこの姿に反応してくれそうだよね。
興奮した様に話しかけているアリシア嬢と別れると、カレン嬢はきょろきょろと周りを見廻していた。きっと、母上のミラノ侯爵夫人を探しているんだろうけど、侯爵夫人はすでに少し離れたご婦人グループに囲まれていた。さすが、社交界の情報通だ。
「あれっ。何か止まってない?」
一緒にカレン嬢を見ていたルイが言った。
「ああ、本当だ。……ふーん。変な虫が付く前に攫って来よう」
何か考え事をしているかの様に歩みを緩めている。全く隙だらけの様子に、ちらちらと彼女を伺うように見ている輩達がいる。
駄目だよ。今夜の彼女は私のモノだからね。
「……良いのかしら……」
俯いて立ち止まっている彼女の前まで行くと、小さな声が漏れ聞こえた。
「何が良いのですか?」
彼女にしか聞こえない距離で話し掛けた。
「は……い?」
「ちゃんと前を見ていないと、ぶつかりますよ?」
声を掛けると、ぎこちない動きで顔を上げた。
「御機嫌よう。カレン嬢」
「えっ!? オーキッド……さ、ま?」
「……カレン嬢? どうかしましたか?」
彼女は、驚いた顔で私を見上げている。茶色い真ん丸な目が大きく見開かれているけど。
「あ、ご、ごめんなさい。先日お会いした時と全然違うので、一瞬どなたかと思ってしまいました。御機嫌よう、オーキッド様。先日はメゾン・ド・カレムで失礼しましたわ。レディ・パトリシアにご用事だったのでしょう?」
我に返って、少しワタワタしているところが、小動物みたいで……何か可愛い。
「ああ、お気になさらず。あの後良・い・発・見・もあったので。
ところで、今日のドレスもレディ・パトリシアの作品ですか? 良くお似合いですよ。やっぱり貴女には若草色が良くお似合いですね? 先日のドレスも良かったですけど、今日の方がもっと素敵ですよ」
彼女から、一歩後ろに下がって姿全体を見た。この前より今日の方が私の好みだ。
「あ、ありがとうございます。その、オーキッド様も素敵です。
この前も素敵でしたけど、今日は黒騎士といった感じですね。どちらも本当に良くお似合いです」
頬を赤らめてそう言うと、私を見上げてキラキラした瞳で話しかけてくれる。
「ところでカレン嬢、立ち話も何ですから、少しあちらでお話ししませんか? 私の連れもご紹介しましょう」
彼女とはもっと落ち着いて話したい。この場所は余りにも注目を浴び過ぎるし、彼女のキラキラした好奇心満載の表情も、他の人間には見せたく無いからね。
私はエスコートするように彼女に手を差し伸べた。
どこからともなく溜息が洩れたのが聞こえた。悪いね。彼女は貰って行くよ?
とは言え、たった2回しか会っていない得体のしれない男の誘いに躊躇しているのか、彼女は固まったままだ。
ああ、そうか。彼女は独身の侯爵令嬢だった。それは考えてしまうよね。
でも、今はもう一人の貴女にも用事があるんだ。私は、彼女にしか聞こえない様に、少し屈んで彼女の耳元に囁いた。
「オーランド・ヴィスタ・バルモント。彼の事をご存じですか?」
「カレン嬢は、オーランド・ヴィスタ・バルモントをご存じじゃないですか?」
私の掌に向かって伸ばされかけた手が、空中で動きを止めた。
「カレン嬢?」
止まったままの彼女の手を優しく掴んで引き寄せる。
「そのご様子だと、彼の事をご存じなのですね?」
私はニッコリと微笑んだ。
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夜会で近づく二人です。
ついでに、ルイ君とオーキッドさんとの
関係も少しだけ……
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