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メイドAが俺のスプーン(使用済み)を舐めてたんだが

 暇つぶしに裏庭に散歩をしにいったら、うちのメイドAがスプーンを舐めていた。そのスプーンの形状は、どう見ても俺のお気に入りのスプーンである。しかも、ついさっき使って、メイドAに下げさせたものだ。何してんのこいつ。

 メイドAは3ヶ月ほど前、父上が新しく雇った若いーーといっても、俺より2歳年上らしいーー銀髪銀眼のメイドである。来た当初からかなり優秀で、人柄もいいと他の使用人達からも評判だと聞いている。

 ただ、その表情が変化した瞬間を俺は見たことがない。常に無表情で、冷静沈着。俺が機嫌が悪い時、ついつい声を荒げてしまった時も、眉ひとつ動かさずにいたのが彼女だ。

 俺の家、侯爵家にふさわしい、優秀なメイド。その程度の認識しか、俺はもっていなかった。

 この瞬間を見るまでは。


「坊っちゃま……私は……私はぁ……」


 スプーンとメイドの口の接着部分から、とろりと透明な液体が垂れ落ちた。どう見ても唾液だ。

 綺麗なピンク色の舌を器用にクルクルと回しながら、横から舐めたと思えば、口に入れて出し入れするような動作をとり始める。

 エロいと感じる以前に、恐怖を感じてしまった。

 こいつ、クビにしよう。

 そう決意を固めた俺は、そこからこっそりと逃げ出そうと足を後ろに下げた。

 だが、俺が思っていた以上に恐怖を感じていたのかもしれない。足元の枯れ木に気づかず、そのまま踏み折ってしまった。

 当然鳴り響く、パキりという乾いた音。

 瞬間、


「坊っちゃま、なぜこんなところへ?」


 背後から聞こえてくる、女の声。メイドAの声。

 待て。待て待て待て。

 俺は今、メイドAに背中を見せないように下がったはずだ。なのになぜ、そこにいる。

 見れば、先程の場所に、メイドAはいない。そんなことはないと思いながらも、後ろを振り返るが……そこにいたのは、たしかにメイドAであった。

 メイドAの瞳孔は完全に開ききっており、俺よりも少し高い位置から見下ろしてくるその赤い瞳は、まるで魔獣が睨むよう。

 背筋に悪寒が走り、膝は笑い始める。


「お、おおおお、お前、あ、あそこでな、な、何してたんだよ!?」


 情けないことに、声を震える。次期侯爵家当主として、あるまじき体裁だとは思うけれど、理性は本能には勝てないと、理解した瞬間だろうか。


「何って、坊っちゃまのスプーンを洗っていただけですが」


「いやいやいや、俺のスプーン、舐めてたよな!?」


「そんなことはございませんよ」


 メイドAは、後ろ手に持っていたらしいスプーンを俺に見せつける。確かに、それは俺のスプーンだ。そこに液体は付いていないし、ただの乾いたスプーン。だが、そもそも。


「こんな裏庭に俺のスプーン持ってきてること自体がおかしいからな!?」


「…………確かに」


「『確かに』じゃないが」


 しまった、といった表情を見せるメイド。初めて表情が変化したところを見たが、こんな初めては嫌だった。


「まあ、それは置いといて」


「置いとけねーよ!? 何さらっと流そうとしてんの!?」


「細かいことを気にされすぎです。次期侯爵家のとしての自覚をお持ちになってください」


「お前は無礼の自覚をもてや!!!!」


 だめだ、やっぱこいつクビにしよう。父上は王都に出向いているから、事後報告になってしまうけれど、きちんと説明すれば納得してくれるはずだ。

 何より、こいつが一緒の屋敷にいるとか、怖すぎる。


「坊っちゃま。坊っちゃまのお考えになっていることなど、私はお見通しです……『こいつ、クビにしよう』……そうお考えでしょう?」


「誰にでもわかるよな!? なんでそんなしてやったり、みたいな顔できんの!?」


「しかし、今一度お考えになってください」


「何度考えても結論は変わんねーけど?」


 メイドAは、コホンと態とらしく咳払いをして、続ける。


「いいですか。私は優秀です」


「自分で言うんだ。事実だけど、それ以前に変態だな」


「今や、ご主人様……坊っちゃまのお父上様には、領内の財政の一端を任されております」


「いつの間にそんなことしてたの!? つーか父上も父上で、仕事放り投げてんじゃねぇよ!!!!」


 やべぇ。この侯爵家、早くなんとかしないと。

 俺はもっと勉強しようと決意を固めつつ、今は目の前のこいつのことだと頭を切り替える。

 とにかく、俺はこんなメイドと一緒の屋敷にいたくない。ならば、離れにでも閉じ込めておいて、そこで仕事をさせよう。

 そうできると思っていた時期が、俺にもありました。


「ところで坊っちゃま、これをご覧ください」


「今度はなんだよ」


 メイドAがポケットから取り出しのは、『過去の水晶』。なんだか壮大な名前だが、要するに、過去の光景を水晶に閉じ込め、いつでも見れるようになる水晶だ。


「ぽちっとな」


 なんてメイドAの可愛い声と同時に、水晶に映像が流れ始める。

 その水晶に閉じ込められていたのは……俺の映像だった……ベッドの上で、寝転がりながら全裸でマッスルポーズをとっている、俺の姿がーー


「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!?????????」


「うるさいですよ」


「何してんの!? 何してんの???? 何してんの????????!!!!!!」


「坊っちゃまが眠っている間にこっそりと。テヘッ」


「殺していいよな!? 不敬罪とか好きじゃねえけど、これは殺していいよな!?」


 俺は手に魔力を集中させ、魔法を発動させようと意識を研ぎ澄ます。しかし、その魔力は、メイドAの言葉で霧散することとなる。


「私はこれと同じ水晶を、あと20個……この屋敷のどこかに隠しました」


「ーーーーーーー」


 俺は、全てを諦めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 続きが読みたいと思う作品だった
[気になる点] 下着やら靴下とかごみ箱の中身なんかちゃんと確認したほうがいいな [一言] おまわりさーん!こいつです! 今までよく襲われなかったなお坊ちゃま あとは時間の問題かな
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