帰り道。君といつも。
学校から駅を経由した帰り道。駅から家まで道のりにして6キロ。
自転車での通学だからよく誤解されるけど、俺の家は山の上。それも高原が近所にあるような標高高めの山の上。
中学3年の時から毎日続けてきた、登山がある生活も4年目に突入してもう9月。
高校入試に日々緊張していたあの頃からあっという間に時間は過ぎて、今は就職試験にヒヤヒヤしているのだから時間というのはあっという間に過ぎていくものだ。
駅に降り立った俺はいつも通り自転車を押して坂を登る。
「今日は何の話をしながら帰ろっか?」
言いそびれていたが、俺は別に一人で帰っていた訳じゃない。
同じ時刻に、同じ駅で降りる、同じ地区の、幼なじみの女の子と帰っている。
全て同じタイミングで4年。
もちろん俺が狙ってやっているのだが。
いや、寂しいじゃん? 一人で登山って。そこはね、女子に何かあったら男として守る必要あるし? ボディーガード的なね。たとえ俺が1つ年下だとしても、大事にするべきだと思う。
「そういえば進路はもう決めたんだっけか? どこの大学?」
「県外就職」
「ええ!? 県外行くの!? もう会えないじゃん」
「盆と正月には帰るし」
「そういうもんかなぁ?」
俺と彼女の関係は周りが思っているより浅い。
なんだかんだお互いの電話番号を交換してない。LINEもメアドさえもだ。
その位の関係。初恋の相手が彼女だって言うんだから切な過ぎるだろ。
「ということは、私より先に就職するのか」
「そうなるな」
「今までは私が先輩だったのに、今度は君が先輩になるのか。なんか不思議だね」
「ああ」
彼女の足並みに揃えてゆっくり歩く。
ゆっくりまったり歩くのはいいけど、坂道だと普通に歩くより格段に疲れる。俺が普段は早く歩いているからという事もあるけど、それにしても疲れる。
自然と息は苦しくなり、汗ばんでくる。
でも好きな人の手前、辛そうな顔は絶対出来ない。
当然彼女も疲れている訳で、息は荒く顔は真っ赤だ。
汗で頬に貼り付いた髪の毛を梳いてあげれば彼女は汗すら輝く笑顔でありがとうと言ってくれる。
触れた拍子に指先に付いた湿り気は彼女の汗であり、体液とも言う。
舐めたいのは山々だけど、それはキモイし絶対嫌われる。適当にTシャツの裾に拭き付け自転車を押す。
カーブの多い山道を2人で歩く。
彼女の荒い息は隣を歩く俺によく聞こえる。今日は風も吹いていないから彼女のシャンプーだかリンスだかの甘い匂いが俺の鼻腔をくすぐっていく。
滅多に車の通らないここは外なのに密室みたいで照れ臭い。
「あのさ」
深刻そうな呼び掛けにそちらを向けば、彼女は俺を見ないで歩いている。
目を合わせたくない話か? どんな話だ?
「私、彼氏出来たの。だから明日から一緒に帰れないの」
「そうか」
突然の告白に頭が真っ白になり、素っ気ない返事になってしまったが内心パニック状態だ。
どうすればいい? なんて言う? 一緒に帰ろってか? 流石にそれはないよな。
「寂しくないの?」
「ああ、部活で一人で帰る事もあったし、大丈夫だろ」
「そっか」
強気な返事はしたが正直平気ではない。寂しい。一緒に帰りたい。話す訳じゃないけど傍に居て欲しい。
でも俺が今さら何か言える訳でもない。
確かにこいつは滅茶苦茶可愛いし、隠れファンも多いからその中にいい人が居たって変では無い。お似合いなのかもな。
そうだ。適当な嘘ついて誤魔化せば向こうも安心して彼氏と楽しめるだろ。
「あのな、俺も言わなきゃいけないことがあった」
「うん、なに?」
「彼女が出来た。明日からこの時間で帰れない」
「えっ……?」
彼女は足を止め目を丸くさせた。彼女の驚いた顔を見るのはいつ振りだろう。確かに俺に彼女が出来るのはかなりキツい嘘だもんな。
「ごめんな、嘘だ。彼女出来てない。欲しいけどな」
「えっ、そうなの? よかった」
「お前に心配掛けないようにと思ってついたんだけどな。秒でバレると思ったし、もういいや」
「そうなんだ。……あのね、私も嘘」
「おう、そうか。……は?」
どういう流れだ? 嘘って、なにが?
「私も彼氏欲しいけど、彼氏居ない!」
「お前は可愛いからすぐに出来るさ」
こいつのこと好きなイケメンの男子なんてゴロゴロ居るだろうし。時間の問題だろ。
「素敵な人が見つかるといいな」
「そうだね」
朝の日差しみたいに笑う彼女に小さい頃の俺は惚れたのだ。
そっと手を繋いできた彼女の顔はまさにそんな顔だった。
向こうの山脈に沈む太陽は真っ赤に燃えて、俺の赤い顔を紅く染めてくれているに違いない。