殿下のお考え
「町長。
まず最初にお伺いしないといけないことは、この町の置かれている現状です。
この町はどこかの勢力に属しておりますか」
「どこかの勢力とは?」
「はい、どこかの国のようなものに支配されておりますか。
いいえ、言い方を変えます。
貴方は、上の職位の方、国王とか領主、もしくは大統領などの方を指しますが、そのような方に命令を受けますか、もしくはかつて受けたことがありますか?」
アンリさんは町長に現状を丁寧に聞いていく。
この場合、この交渉する相手の立場が国同士の交渉役としてふさわしいかどうかの確認だ。
ぶっちゃけ、帝国と同盟をこの場で結べるかどうかの確認をしている。
「いいえ、外交官殿。
先にもお話したように、我らのご先祖様たちはあなた方が住んでいる辺りから悪政に耐えかねてここまで来た者たちだと聞いております。
幸い、ここには生活には困らないくらいのものがそろっておりましたので、町だけを作り今日まで来ております。
私も私の父もどこかの国に支配されていたとは聞いておりません」
「ありがとうございます。
では、わが帝国とこの町との間に同盟関係の交渉をしても何ら差支えはありませんね」
「同盟ですか。
交渉することには問題は無いと思っておりますが、私の正直な気持ちとしては『ほうって置いてもらえないか』ということなのです」
「私は、誠実に交渉を進めたいので、ここで私たちが不利となる情報でもできる限り公開させていただきます。
信じてもらえるかどうかは町長のご判断にお任せします。
その上で、最初にわが帝国を代表してこの町の住民と町長にお詫びから申し上げます」
「お詫びですか??」
「はい、先ほど町長から『ほうって置いてほしい』とのお気持ちを聞いて最初にお詫びしないといけないと感じました。
この度、わが帝国と敵国である共和国との紛争にこの町を巻き込んでしまったことをお詫びします」
「はあ~、そのことですか」
「その上で、この辺りを含む世界の現状をお話ししますと、ここゴンドワナ大陸全体が既に帝国と共和国との紛争地域になってしまいました」
「はあ、そのことですか。
私どもも、西の方から来る商人たちから情報を得ており、大陸西部や中央にまで戦火が及んでいることは知っております」
「はい、ですが戦火はそこだけに留まりません。
敵の背後を取ろうと、ここジャングルを通りぬけようとする戦略が期せずして両国内で持ち上がりました。
先のこの町で起こった不幸もそのことが原因です」
「はあ、それは分かります」
「そこまで分かっていただけたのなら私の言わんとすることはおおよそご理解ができるのでは」
「帝国はこの町を占領する……ということですね」
「いいえ違います。
只占領するだけなら私はここまで来ておりません。
そこにいる優秀な隊長さん率いる部隊だけで事足ります。
しかしなぜ、蒼草が私をここまで連れて来たかというと、将来にわたって帝国とあなた方の間で友好的な同盟関係を築きたいと、少なくともわが帝国の皇太子殿下をはじめ彼の幕僚全員が考えているからなのです」
「私どもと対等な同盟と言うことなのですか。
正直信じられません。
あなた方は圧倒的な強者なのです。
強者が弱者に譲歩なんかありえません」
「これは認識の違いですね。
まず、私の提案は譲歩なんかではありません。
わが帝国の利益のためなのです。
ああ、利益といっても、帝国が一方的に搾取するというわけではありません」
「私どもを搾取しないと」
「はい。あなた方はその地政学的リスクにより、どうしても帝国、少なくとも帝都住民よりは苦労してもらうことになります。
それがわが帝国の利益になります。
もっとわかりやすく言いますと、あなた方との同盟により、敵に対しての強固な盾がここに誕生する訳です。
あなた方に最初にお願いするのはその盾の役割なのです」
「我らに共和国と戦えということなのですか」
「はい、どちらにしても、既にあなた方は戦乱に巻き込まれてしまいました。
共和国に屈するか、わが帝国と同盟を結ぶかの2択になるでしょう。
第3国的な中立はもはやありえません。
敵に降るのなら、我らは躊躇なくあなた方と戦う所存です」
「…………」
「あ、すみません。
これでは脅しているようなものですね。
しかし、中立を保てるほどの軍事力をお持ちでない以上、先の選択をしないといけないことになります。
まずは、このことをご理解ください。
その上で、最初に巻き込んでしまったことにお詫びを申し上げました」
最初からかなり厳しいことを挙げての交渉になった。
当然この部屋の空気は重く沈んだものになる。
しばらくの沈黙の後に町長が声を上げた。
「分かりました。
前に共和国にここまで乗り込まれた時点で私どもは詰んでおりました。
そこを蒼草中尉殿に助けて頂いたわけですが、助かったのは女性の貞操と私の命だけです。
あのままでしたら、どうなっていたことかわかりません。
しかし、そんな我々に対して支配ではなく同盟の申し出とは、まだ正直あなた方の意図がつかみきれません」
アンリさんは優秀な外交官なのだろうが、それ以上に誠実な方だ。
本来の外交とはできるだけの利益を得るために情報は必要最小限しか渡さず、相手からは最大限に情報をむしり取るものだと聞いたことがある。
アンリさんの外交交渉はそれとは真逆のようだ。
誠心誠意をもって交渉に臨んでいる。
彼女が言うには、長くお付き合いするには結果的にこちらの方がうまく行くそうだ。
この手法は魑魅魍魎が跋扈する帝都に於いて彼女の父親が実践しながら体得したことだと教えられた。
そのアンリさんが包み隠さず自身の状況も含め説明を始めた。
アンリさんから皇太子のお考えにある同盟の持つ本来の意義について説明があった。
それは純粋に人道的配慮……などではない。
ここに強力な友好国を築き、そことの同盟により共和国に対して牽制を行い、ゴンドワナ戦役を終わらせることが近々の目的だが、それ以上の目的までもが説明された。
それを聞いて俺は正直驚いた。
殿下はそこまでお考えだったのかと。しかも、話を聞く限りどこにもケチをつけられない。
その殿下のお考えは以下の通りだ。
本来の目的とは本国の政争についてだ。
ここを占領すれば当然貴族に対して領地として分け与えられてしまう。
それを許してしまうと、帝都での政争がそれこそどうなるか分かったものじゃなくなる。
下手をすると帝国そのものが滅ぶ未来すら見えてしまう。
帝国が貴族に土地を渡さず独占する、もしくは殿下の領地とする場合にも同様で、その場合には全貴族のヘイトが陛下もしくは殿下に集まってしまい、これも帝国の衰亡する未来しか見えない。
それを防ぐ唯一の方策が友好国の建国だ。
もしここに国があれば、そことの友好的同盟関係の構築に全力をもって臨めばよかった。だが、国が無い以上は一からの『国創り』という殿下の壮大な計画があるというのだ。
それを丁寧に包み隠さず町長に説明していく。
その説明を聞いた町長はしばらく沈黙した後にこう切り出してきた。
「我らに国を創らせ、我らの国を傀儡とするわけですか」
「いえ、傀儡国家を作るつもりはありません。
これだけはお約束します。
この件は殿下にもきつく言われてきております」
アンリさんがこう答えて、その理由の説明を始めた。
傀儡化された国ではいくら建国されたといっても先に挙げた未来とそう変わらないというのだ。
その傀儡国家の運用する権利を誰が持つかで、領地を貴族に持たせることと結果は変わらないというのだ。
あくまでも国と国との友好関係を築きたい。
それ以上でもそれ以下でもない。
「あなた方をどこまでも利用するようで大変申し訳ないのですが、あなた方の自立こそが帝国、いや殿下の安全と帝国の繁栄につながります。
あなた方が繁栄すればするほど、友好国ならばそれだけで帝国、この場合陛下をはじめとする帝室の繁栄につながります。
ですので、建国してもそのままと『ほうって置く』のではなく、ある程度自力で国家運営できるまで、協力して国を作り上げていきたいのです。
当然、こちらからの希望も申し上げますが、押し付けるつもりはありません。
十分に協議して両者が納得いく方向で進めてまいります」
「分かりました。
あの時点で我らが望む平穏な未来は潰えていたのですね。
それなら、より我らの幸福に近い方を選ぶのが道理。
アンリ外交官殿のお言葉を信じます」
「ありがとうございます」




