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時ノ糸~絆~  作者: 汐野悠翔
第2幕 千紗編
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女達の恋話②

「実は私、忠平様の屋敷でお世話になる前、まだ10代半ばのほんの子供だった頃に、内裏に住み込みで働いていた事がありました」

「そうなのか?」

「はい。当時の東宮様の妃、藤原仁善子(ふじわらのにぜこ)様の侍女として。そこで、今思えばば恥ずかしい話なのですが、仁善子様に会いにくる保明(やすあきら)様――いえ、当時の東宮様に幼心に憧れておりました」

「当時の東宮――と言う事は、チビす……いや、帝や成明殿の兄君か?」

「保明兄様~?」

「……はい、そうです。お二人の兄君様です。保明様は、それはそれはお優しい方で、私のような身分の低い者にも気さくに声をかけて下さいました。それに当時、私のせいで仁善子様を怒らせてしまった時も、保明様は私のような一介の使用人を庇ってくださって……」

「それで好きになったのか?」

「なったのか?」



千紗が尋ねると、彼女の真似をして、キョトンとした顔で成明も尋ねた。

二人からの問いに、キヨは小さく「はい」と答えた。

彼女は今、当時の事を思い出しているのか、ほのかに頬が紅く染まってみえる。

そんなキヨが千紗には可愛いく思えた。

一回り近くも歳の離れた大人のはずの彼女が、恋の前では自分やヒナとたいして変わらない、少女に戻っているのだから。



「……でも、私みたいな者が東宮様に好意を寄せる事自体おこがましい事。それに東宮様は仁善子様をとても……とても愛しておりましたから、私はずっと自分の気持ちに気付かないフリをしておりました。それでも、お二人の姿をお側で見ているのは、どうしても胸が苦しくて……辛くて……私は人目を忍んではよく一人で泣いておりました」

「…………」

「でも、後になって思えば保明様がいらしたあの時間は、たとえ胸が苦しくとも、とても幸せな時間だったのだなと考えさせられます。だって保明様に片思いしていあの時以上に辛かったのは、保明様が病によって亡くなられた時なのですから。もう2度と会えなくなってしまった時、私は心の底から思ったのです。たとえ叶わぬ恋だとしても、ただ苦しいだけの恋だったとしても、保明様の側にいたかった。もっと保明様を見ていたかったと」

「………たとえ叶わぬ恋だったとしても……側で…………?」

「はい。千紗姫様、恋とはそういうものなのですよ。自分の気持ちに嘘をつけばつく程、胸は苦しくなる。でも、それでも好きだという気持ちは抑えられなくて、その人の側にいたい、側にいて欲しいと願ってしまうものなのです」

「…………」

「恋の前では、誰も嘘はつけません」

「………………そうか。恋とは、そう言うものなのか」

「……はい」

「キヨもさぞや苦しい思いをしたのだな。いや、もしかして今もまだしているのか?」

「………え?」

「今もまだ好きなのか? その保明様の事が」


千紗の問いに、キヨは一瞬驚いた顔をした。

そして暫く考えた後で、ふわりと優しく笑った。



「……そう……ですね。保明様は今も私にとって特別なお方です」



「やっぱり」と千紗もつられて微笑んだ。



「ですが千紗姫様、私は恋多き女ですからね。確かに保明様は私の初恋の方であり、特別な方です。けれど保明様に限らず私は今までたくさんの恋に胸を焦がして参りました!」



しんみりした口調で初恋の思い出を語っていたはずのキヨが、今度は鼻息荒く語り出す。



「そうなのか? キヨに浮いた噂など、全く聞いた事などなかったから、心配しておったのだが。父上も、もう30を越えた娘が結婚もしないでと、お主の事を哀れんでおったぞ」



「まっ……まぁ、失礼な! 私だって姫様の知らぬ所で恋の一つや二つ。いや三つや四つ!……とにかくたくさんの恋をして参りました。ご心配には及びません!」


「そうだったのか。ほうほう。では、保明様以外にはどんな恋をして来たのだ?」



息巻くキヨに、千紗は面白くなって彼女の経験をもっと深堀してみる事にした。



「こ、これ以上は、姫様と言えど教えられません」



しかし、そこまで語っておいて急に口を閉ざそうとするものだから、なかば千紗はムキになって問いただした。



「何故だ? 良いではないか。教えてくれ」

「教えられません!」

「さっきまで息巻いておったくせに何故じゃ」

「何故って、恥ずかしいじゃないですか」

「私とキヨの仲ではないか」

「そうは言われましても……」

「こっそりで良いから、教えてくれ」

「え~~?」



あまりにしつこい千紗に、キヨもついには折れて、「では」とこっそり耳打ちした。



「え~~~~?」



キヨの答えに、千紗は驚きの声を上げる。



「お主、小次郎が好きだったのか?!それに秋成の事も気になっておるじゃと??!」

「し~し~し~!姫様、声が大きいですよ! これではこっそり教えた意味が……」

「待て。小次郎は……百歩譲ってまだ分かる。歳も近いしな。

だが、秋成はないであろう。秋成とお主とでは一回り近くも離れておるではないか。それでも恋愛の対象になるのか?」

「千紗姫様、誤解はしないで下さいね。好きとは違いますよ。ただ、気になると言っただけで」

「だから何故二人の事が気になるのだ?」

「それは……小次郎様は、男らしい所が素敵だと思います。

あの方の武骨なまでに真っ直ぐな心根は、見ていて惚れ惚れ致します。保明様も、小次郎様のように真っ直ぐで芯のお強い方でした。秋成様は……自分でもなぜ気になるのか、よく分からないのですが、しいて言うなら……似ているのです。どことなく保明様の面影に……」

「秋成が?」

「はい。秋成様を見ていると、不思議と保明様の事を思い出すのです」


“保明”の名前に、成明が跳び跳ねながら二人の会話に口を挟む。



「成明は? 成明は保明兄様に似ているか? 成明の事も好きになってくれるか?」

「そうですね。成明様も、さすが保明様とご兄弟だけあって目元がそっくり。とてもお可愛らしいお顔をなされておりますし、将来は有望かと」

「待てキヨ!いくらお主が節操ない人間と言えど、成明は、成明は駄目だ!こんな親子程に歳の離れた子に手を出すなど、絶対にダメだ!」



冗談とも本気とも取れるキヨの言葉を遮って、千紗は慌ててキヨの魔の手から成明を庇おうと、ギュッと抱き締め言った。



「まぁ姫様ったら酷い。キヨはそんな人間ではございませんよ」

「いや。確かに今、獲物を狙う鷹のように鋭い目をしていた!」

「していませんって」



三人の賑やかな声が部屋に明るく響く。

その横で、一人静かに訊いていたヒナもまた、クスクスと楽しげ笑っていた。


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