ありがとう
「帰って来たぞ~! 小次郎様達が帰って来たぞ~~~!!」
およそ1日ぶり帰って来た小次郎の小部隊に、留守を預かってい豊田の民人達は歓喜に沸いた。
その日から豊田では、勝利を祝して連日宴が開かれる事となった。
と言うのも、圧倒的な兵力を覆し、勝利を治めた小次郎の武勇伝は瞬く間に坂東中へと広がり、小次郎の勝利を祝いたいと近隣諸国の豪族達が、代わる代わる小次郎の屋敷を訪ね来ていたから――
彼等は、表向きには「小次郎の勝利を祝いたい」と理由を述べているが、その本心には現職上総介である平良兼を打ち負かした平小次郎将門と仲良くしたい、手を組みたい、そんな思惑あってのことだろう。
小次郎自身、彼等が腹に抱える思惑は重々承知していたが、何者の侵略も許さない、強くなりたいと覚悟した小次郎にとっても、協力者が増える事は望ましい事に思えた。故に互いの仲を深めるべく、連日宴となるわけだ。
――だが、今は味方を増やすべきだと頭では理解しながらも、飲めや唄えやのどんちゃん騒ぎが半月近くも続いては、さすがの小次郎も逃げ出したくなるというもの。
「兄貴~~~! 兄貴、何処行った~~~~!?」
客を待たせて宴の席から忽然と姿を消した小次郎を探して、お目付け役の四郎の声が今日も屋敷中に響いていた。
「千紗……」
「小次郎? お主、どうしてここに? 今日も宴が開かれているのではなかったか?」
四郎が必死になって探している中、騒ぎの原因小次郎はと言えば、千紗や朱雀帝にあてがった屋敷の離れを訪ね来ていた。
あの日以来――戦場で貞盛が姿をくらませたあの日以来、朱雀帝は体の不調を訴え寝込むようになっていた。そんな彼を看病し、付き添う千紗に会う為に。
「抜け出してきた」
「抜け出して………?」
真面目な性分の小次郎からの、思いもよらない返答に千紗は思わず吹き出してしまう。
「姫様? 部屋に誰か?」
部屋から聞こえた千紗の笑い声に、庭に控えていた秋成から御簾越しに声を掛けられた。
「心配ない。小次郎だ」
「兄上が? ……そうですか。では俺は少しの間席を外しますね」
二人に気を使ったのか、その言葉を最後に秋成はすっと気配を消した。
そんな秋成の気遣いに感謝しながら、千紗は小次郎へと向き直る。
「どうした小次郎。そんな我儘な子供のような事を言って、お主らしくもない」
「我儘って、千紗にだけは言われたくないな。そもそも、たまには我儘を言っても良いと、そう諭してくれたのは千紗だったじゃないか」
「はて? そんな事を言った覚えはないぞ?」
「伯父上達との戦の前に、自分の気持ちに素直になれと言ったじゃないか。素直になると言う事はつまり、我儘になると言う事。違うか?」
「……ふむ。そう言われてみれば確かにそうだな。そうか、ならば私は我儘なのではなく、自分の気持ちに素直に生きているだけと言う事か。ふむふむ、なるほど。私は素直な人間だったのだな」
「……千紗の場合は度が過ぎるけどな。……まぁいい。とにかく、今日くらいは大目に見てくれ」
呆れた笑いを浮かべながら小次郎は、口元に人差し指をあてて見せながら、千紗の隣へと座り込む。
どこか茶目っ気を含む小次郎の姿に千紗は楽しそうに笑った。
それは、京にいた頃の小次郎の姿と重なったから。
「どうだ、その子の具合は」
「うむ。以前に比べれば食欲も出てきておる。体調も少しずつだが回復しておるぞ」
「……そっか、良かった。………ゴメンな」
「? 何故小次郎が謝る?」
「太郎のせいなんだろ? この子が落ち込んでるのは。あいつが迷惑をかけたのなら、従兄弟の俺が代わりに謝らなきゃと思って」
「小次郎のせいではあるまい」
「でも……」
「お主の悪い癖だな。すぐに色々なものを背負い込もうとする所」
「…………そうか?」
「そうだ。何でも背負い込もうとするな。全てを自分のせいだと思うな。だから周りの重圧に堪えきれなくなって身動きが取れなくなるのだ」
「………そっか。……そうだな。確かにそうかもしれない。……俺は、身動きが取れなくなる程に一人焦っていたのかもしれない」
「焦っていた? 何を焦っていたのだ?」
「早く一人前にならなきゃ、親父に負けないくらいの立派な人間にならなきゃって。親父が守って来た土地と、そこに住まう民人達を安心させたいって。そして……再び彼等を安心させる事が出来たなら、この地は一旦四郎に預けて、俺は再び京へ戻りたいと焦っていた」
「……京へ?」
「あぁ。お前と、約束してたからな。お前に釣り合う男になって、また必ずお前の元に戻るって」
「……小次郎……」
「なのに国を安定させるどころか、伯父上達に戦を仕掛けられ、国を奪われ、民達には苦労をかけてばかり。全然自分の思い通りにならなくて、そんな自分が情けなくて、情けない姿なんてお前や京で世話になった人達には見せられない、そう思って連絡もとろうとしなかった」
「……」
「それが逆に心配かけて、お前を坂東までこさせる事になってしまった。正直、千紗にだけは見せたくなかったのにな。俺の情けない姿なんて……」
「…………小次郎……」
小次郎は苦しそうに笑う。
「だから、お前を突き放そうとしたんだ。俺の情けない姿を見せて、お前に呆れられたくなくて……」
「…………」
「なのに、お前は離れて行くどころか、突き放せば突き放す程食い下がって来て……正直困った」
「…………」
「…………でも……嬉かった」
そう言って、小次郎は横にいる千紗へと真っ直な視線を向ける。
「………ありがとな千紗、こんな俺を見捨てず側にいてくれて、ありがとう。側で支えてくれてありがとう」
感謝を口にする小次郎に、もう苦し気な表情はなく、穏やかな顔で微笑んでいた。
そして小次郎は、隣に座る千紗の体をそっと抱き寄せると、千紗の存在を確かめるように千紗の体を優しく抱き締め、四度目の「ありがとう」を囁いた。
千紗もまた、久しぶりの小次郎の温もりに甘えるかのようにギュッと小次郎を抱き締め返す。
自分は小次郎に嫌われたわけではなかったのだと、嬉しさに顔を綻ばせながら。
その時、不意に衣擦れの音がして二人は体を離す。
音の方へと視線を向けると、眠っていた朱雀帝が寝返りをうったようで、二人に背を向けていた。
「……わるい、うるさくして。寝ている所を邪魔してしまったかな?」
朱雀帝が起きたのではいかと、小次郎は申し訳なさそうに言った。
千紗は掛布代わりにかけられた着物をそっとかけ直してやりながら、朱雀帝の顔を除き込む。
「いや、大丈夫みたいだ。気持ちよさそうに眠っておる」
「そうか。なら……良かった」
だが、この時朱雀帝は既に目を覚ましていた。
二人の話し声に目を覚ました朱雀帝は、抱き合う二人の姿を目撃していた。
その姿に自分でも不思議な程、胸が苦しくなるのを感じて、思わず背を向けてしまったのだ。
二人の会話を背中越に聞きながら、朱雀帝はギリギリと掛布に隠れた手をきつく握り締めていた。
そんな朱雀帝の様子にも気付かずに、それから先も暫くの間、小次郎と千紗の二人は他愛のない話を交わしては笑い合った。
離れていた間の時を埋めるように――
***
「千紗姫様は、あの小次郎と言う男の事が好きなのですか?」
次の日ーー
朝食の席で朱雀帝が千紗に向かって突然、そんな質問を投げ掛けた。
急にどうしたのかと、千紗は不思議そうに朱雀帝を見る。
いつもの如く警護の為、庭で立っていた秋成は驚いた顔で振り返る。
「どうしたのだ、突然」
「………いえ、別に。ただ……気になって……」
「そうか。ん~そうだな。好きかと聞かれたら勿論好きだ。小次郎は幼い頃から共に過ごした大切な家族みたいなものだからな」
「いえ、私はそう言う事を聞きたいのではなく……男として好いているのですかと………」
「? だから、好きだと言っている。奴は大切な家族だ。小次郎も、それに秋成も、私にとっては大切な家族で、大好きな人達だ」
そこで突然、自分の名前も思いがけず上げられて、ゴホゴホと咳き込む秋成。
「どうした秋成? 風邪でもひいたのか?」
「い、いえ……なんでも」
「? そうか? 気を付けろよ。夏風邪はしつこいと聞くからな」
咳き込む秋成を心配する千紗の姿を横目に見ながら、とぼけた彼女の返答に朱雀帝は苛立ちを隠せず声を荒げた。
「だから私は、そう言う事が聞きたいのではなくっ!!」
「???」
「……………もう良いです! 今の話忘れて下さい!!」
朱雀帝が何故突然に声を荒げたのか、本当に分からないといった様子でキョトンとした顔を向ける千紗に、これ以上は訊く気も失せて、朱雀帝は不機嫌そうに食事の箸を進めた。
「何じゃ、変な奴じゃな。あぁ、分かったぞ。お主を入れなかったから不貞腐れておるのだな? なんだなんだ、そう言う事か。最近のチビ助は嫌いではないぞ。単純な所が扱い易く、可愛げが出てきたからな。チビ助の事も私は好きだぞ」
「すっ………??!」
機嫌を損ねた朱雀帝を宥めるべく、千紗が語った思いもかけない言葉に、朱雀帝は持っていた箸をポトリと床に落とした。
そして、顔を真っ赤に染めて硬直する。
「そうそう。そう言う所が、からかいがいがあって面白いのだ」
顔を真っ赤に硬直した朱雀帝の頭をポンポンと叩きながら、千紗は無邪気な顔で楽しそうに笑っていた。
そんな二人の様子を、少し離れた庭から秋成は、呆れたように、でもどこか微笑ましげに溜め息を吐きながら見守っていた。
千紗はまだ知らぬのだろう。“恋”と言うものを。
知らぬからこそ、簡単に好きだと口にできる。
そんな子供のような千紗の姿にほっとする反面、いつかは恋を知って遠くに行ってしまうだろう彼女の姿を想像して、秋成は少し寂しい気持ちを覚えていた。
「……?」
今一瞬感じた“寂しい”と思う感情の理由が分からずに、首を傾げる秋成。
秋成もまた、そんな寂しさの理由に気付いてはいない。
まだ、己の中に眠る“想い”に気付かぬままに、千紗と秋成、それから小次郎、三人の――
いや、朱雀帝を含め四人の恋はゆっくりと、でも確実に動きはじめていた。




