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時ノ糸~絆~  作者: 汐野悠翔
第1幕 坂東編

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下野国庁付近の戦い①


「よっ! 皆さんお揃いで。何処へお出掛けで?」

「あぁ、お前はっ!!」



良兼軍との戦に向けて進軍を続ける道中、小次郎軍の前に、突然ヒョッコリと一人の男が姿を表す。

予期せぬ男の登場に大声を上げる四郎。


「自称大悪党! だがその実態は単なるせこいこそ泥、藤原玄明!!」

「おいコラ! 誰がこそ泥だ、誰が!」

「こっそり馬を一頭盗んで、とんずらしたじゃないか、このこそ泥が! お前、今更何しに来やがった」

「盗んでなどいない! ちょっと借りただけだ!!」

「はぁ~?! 何が借りただけだ。しらばっくれるのも大概にしろよ」



四郎と玄明、顔を合わせるなり始まった二人の言い争いに呆れ顔の小次郎。


「四郎、少し黙っていてくれ。玄明も、悪いが今お前の相手をしてる暇は――」



ないと言いかけた小次郎の言葉を遮って、玄明は得意顔で会話を続けた。



「まぁまぁまぁ、そんな連れない事を言ってくれるな。折角敵さんの情報を探って来てやったんだからよぉ」

「何、情報を?」



いぶかしみながらも興味を示す小次郎。

そんな小次郎の反応に玄明は何処か楽しんでいるように上機嫌で――



「あぁ。戦において情報は何にも勝る武器になる。違うか?」



それはそれは満足そうにニヤニヤと、楽しげな笑みを浮かべていた。


「因みにな将門、敵はお前の背後を責めるつもりで、今は下野方面を目指して北上中だ。このまま上総を目指したら、敵の思う壺だぞ」



「何? 今の話、本当なのか玄明」

「あぁ、本当さ。何せ俺様は、将門、お前の為に敵さんの情報を探って来てやろうと、今までずっと敵の動きを見張っててやったんだからな。馬だってな、その為にちょこっと拝借したんだ。まったく感謝して欲しいくらいだぜ」



玄明が小次郎の屋敷を抜け出した、思いもよらなかった理由に、小次郎を始めその場にいた誰もが驚いた様子で彼を見た。

玄明はそんな小次郎達の反応に満足した様子で、貴重な情報を惜し気もなく語り始めた。



「いいかお前等、耳の穴かっぽじってよ~く聞け。さっきも言った通り、敵さんは現在、下野に向けて進軍している。そして下野と下総の国境付近で南下して、お前の背後を取ろうとしている。その数およそ二千三百。

だが数に驚く必要はない。奴の軍の大半は上総(かずさ)下野(しもつけ)の豪族共から借り受けた兵だ。身内の兵は半分の半分もいねぇ。将門の言った通り、敵さんの士気は高くねぇ。

ついでに言えば奴等、とにかく兵の数を稼ごうと、繁忙期の農民達まで無理矢理駆り出してやがる。駆り出された農民達は不満たらたらで、はっきり言ってあれは単なる足手まといにしかないだろう。

だが敵さんは、集めた兵の士気の低さに全く気付いちゃいねぇ。数で圧倒してるからと油断しまくっている。つまり奴等は隙だらけだ」



玄明の示した情報は、小次郎の予想を裏付けるには十分すぎる内容で、聞きながら小次郎は安堵の声を漏らした。



「そうか。やはり予想通りと言うわけか」

「あぁ。あの敵さんの様子なら、将門、お前が言っていた作戦で、奴等の足元を掬う事もきっとできるはずだ」

「そうか……。そうか。玄明、恩に着るぞ。お前のおかげで道が開けそうだ。だがもう少しだけ、お前の集めた情報を俺達に教えてくれないか?」

「少しと言わず全部教えてやらぁ。その為にわざわざ敵の内部に忍び込んだんだからな。他に何が知りたい? 何を知ればお前達に有利になる?」



小次郎の願いを、あっさりと聞き入れる玄明。

情報を材料に金をせびるでもなく、惜しみもなく集めた情報を提示する姿に、四郎をはじめ彼を警戒していた小次郎軍の兵士達は驚きを隠せない。

呆気にとられながらも真剣に、玄明が集めた情報に耳を傾けた。



「敵の人員の配置や、軍の形態なんかも把握していないか? たとえば、幾つに軍を分けているとか、誰がどの軍を指揮しているだとか。巻き込まれた農民兵にはなるべく危害を加えずに伯父達に近付きたいんだ」

「形態? 形態つっても、二千三百の兵がまるで大蛇の如く、長い長~い列を成して進軍して来るだけだぜ」

「力を分散させたりはしていないのか?」

「あぁ。言ったろ。向こうは数で圧倒してるから油断してるって。将門が気にしてるような、んな手のこんだ策を練ってる様子はなかった。単純に、お前達の背後をとって、後は数で勝負! ってな感じだな」

「……そうか、そうなのか。大蛇の如く……か。それならば、意外と簡単に伯父上達に近づけるかもしれないな」

「? 何か良い案でもあるの、兄貴?」



それまで静かに小次郎と玄明の話を訊いていた四郎が、二人の会話に口を挟んだ。



「ある事はある。だが、些か卑怯な作戦ではある……」

「卑怯で気が引ける?」



四郎に図星をつかれて、小次郎は無言で苦笑いを浮かべる。



「あのさ兄貴、考えてもみてよ。背後を狙うって時点で伯父貴達も十分卑怯だ。それになにより、六月の田畑が急がしいこの時期に、戦をしかけてくる事自体が卑怯な事だって忘れてる? 先に卑怯な事をしたのは伯父貴達だ。そんな奴等に卑怯だなんだと気を使ってやる必要なんてないさ」

「……あぁ、そうだな」



力なく答える小次郎に、四郎は小さく溜め息をつく。



「とにかく、勝つ為に手段なんか選んでる場合じゃないよ。卑怯でもなんでも、可能性があるなら試してみようぜ兄貴」

「……あぁ、分かってる。分かっているさ……」



伯父と戦う事を頭では納得していても、やはり気持ちではまだどこか納得しきれていない様子の小次郎。

だが覚悟を決めたのか、ゆっくりと、躊躇い気味に、皆に作戦を説明して行く。


その姿を一歩引いた後ろから、秋成は静かに見守っていた。



――『あやつの心はまだ迷ってる。伯父に刃を向ける事を迷ってる』



――『小次郎にもう二度と同じ後悔はさせたくない。後悔の残る選択だけはさせたくない』



千紗の思いを胸に抱いて――



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