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時ノ糸~絆~  作者: 汐野悠翔
第1幕 坂東編

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作戦

「嘘、ですよね、小次郎様……」

「貞盛様が敵側についたなんて嘘ですよね?説得して下さると約束したのに」



貞盛の裏切りの事実を信じられない屋敷の者達からは、次々に動揺の声が溢れた。

小次郎はただただ謝罪することしかできなかった。



「……皆、すまない」

「……嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ! 貞盛様が裏切ったなんて」

「そうだ、嘘に決まっている。その盗賊が俺達を騙そうと嘘を言ってるんだ。御田伝祭も終わって、これから本格的に農作業が始まるってこの時期に、戦なんて起こせるはずがないんだ。ましてや同門の方々がそんな卑怯な事をする筈がない。ね、そうですよね将門様」

「…………」


だが、謝罪も虚しく、何とかして戦の事実を否定したい者達が、否定材料を並べて矢継ぎ早に小次郎を責め立てる。

小次郎はただただ彼等の攻めを黙って受け止めることしかできなかった。



「どうして何もおっしゃってくれないのですか? 相手は盗賊ですよ?! 盗賊の言う事を何故否定してくださらないのですか?」

「……」

「小次郎様!」

「……そうだな。突然こんな話をして、信じろと言う方が難しい」

「おい将門、お前この玄明様が嘘を言ってると言うのか? 人がせっかく律儀に約束守って報せに戻って来てやったって言うのに、嘘つき呼ばわりか? あぁ!?」

「いや違う。そうではない。仲間だと思っていた者の突然の裏切りを伝えられて、信じられない皆の気持ちも分かると言っただけだ。何を信じ、何を疑うかはそれぞれの自由なのだから。盗賊であった玄明の話を信じろと、俺がいくら訴えたところで、ここにいる全員が納得することはきっとない。ならばお前達は、お前達がそれぞろに信じるものを信じれば良い。だが俺は……玄明を信じる」

「……正気ですか将門様? 従兄弟である太郎様を疑い、盗賊の言う事を信じるなど……」



従兄弟であり、幼なじみであり、古くからの親友であるはずの貞盛より、出会ったばかりの盗賊を信じると言う小次郎に、多くの者が絶句した。



「あぁ。俺は正気だ。玄明はちゃんとこうして約束を果たしに帰って来てくれたんだ。

途中で逃げる事もできただろうに。 こいつは盗みはするが、きっと嘘をついて人を嵌めるような男じゃない」



小次郎の言葉に、再び多くの者が絶句する。

たったそれだけの理由で人を信用するなど、お人好しにも程があると。



「だから、俺も覚悟を決める。伯父上達が本気で攻めてくるのであれば、今度こそ俺も本気で迎え撃つ」



そんな皆のあきれを感じながらも、小次郎はついに決意する。

伯父に――

従兄弟に――

刃を向ける決意を。


おさが下した決断に、それ以上逆らえる筈はなく、屋敷の者達は途方にくれた。

これから農作業が繁忙期を迎えるこの時期に戦をするなど、正気の沙汰ではない。

戦をして農作業を疎かにしては、食料の蓄えがなくなる。

蓄えがない状況で、この坂東の厳しい冬を乗り切る事など果たしてできるのだろうか?

ましてや盗賊として一度は捉えられた男の言う事を信じて戦にかり出されるなど、到底受け入れられる筈はない。

小次郎の決意に、周りはただただ戸惑うばかりだ。

そんな戸惑いを、小次郎も理解しているのだろう。

小次郎は周囲が予想もしていなかった新たな決意を口にした。



「心配するな。農民である人間に戦を無理強いするつもりはない。普段から戦の訓練を受けている騎馬隊のみで迎え撃つ。少し騒がしくはなるが、他の者達は気にせず普段の仕事に精を出してくれ」

「「「………え?」」」

「おい、将門! お前は何を言ってるんだ? 言っただろう。相手は二千近い数の兵を集めていると。その数を民人の協力も無しにどうやって打ち破るって言うんだよ?!」



小次郎からなされた提案に真っ先に口を出したのは玄明だった。

現状を一番把握しているからこそ、将門の甘い考えに意見せずにはいられなかった。



「六月だろうが、農民だろうが関係ない。ここはとにかく、何がなんでも人員をかき集めにゃならんだろ!!」

「いいや、全ての者に戦を無理強いをするつもりはない。言っただろ。皆、自分が信じるように動けと」

「そんな甘ったれたこと言ってたらお前、大事な土地を奪われちまうぞ。それでも良いのか?」

「小次郎様、その男の言う通りです。いくら小次郎様でも、二千もの大軍に騎馬隊の方々だけで勝てるとは到底思えません」

「戦で田畑を荒らされるのも嫌だが……奪われるのはもっと嫌だ。もう二度と自分達が汗水流して耕した土地を奪われなくはねぇですよ」



玄明の猛反発に、先程まで盗賊だと目の敵にしていた者達が、今度は玄明へと肩入れする。



「安心しろ。今度こそ土地を奪われることには絶対にさせない」



だが皆の不安を押し切って、力強い物言いで小次郎はそう言い切った。



「ならなおさら、ここにいる全員に協力させるんだ。こいつらだけじゃない。お前の治める領地に住まう全ての民人達が、鍬を刀に持ち替え戦うんだよ」

「その必要はない」

「将門っ!」



頑なに首を振り続ける小次郎に、玄明は苛立った様子で髪をかき乱す。



「なぁ、兄貴。兄貴にはさ、既に何か考えがあるんじゃない?」



小次郎と玄明の平行線な言い争いに、ふとそれまで静かに聞いていた四郎が初めて口を開いた。

兄が頑なになる時には、それなりの理由がある事を彼は知っていたから。



「あぁ、あるさ」

「じゃあさ、兄貴のその考えを聞かせてよ。賛成するも、反対するも、話しはそれからだ」

「分かった。だがその前に、今一度状況の整理をさせてくれ玄明」

「あぁ?」

「お前先程、敵の兵は二千近いと言ったな。それだけの兵を伯父達はどうやって集めた?全て自国の兵か?」

「いや。甲冑の色や形が皆バラバラだった。ありゃ半分以上が他国の兵だな。きっと脅しに近い遣り方で無理矢理味方につけたんだろう。あんたの従兄弟の太郎貞盛が寝返ったのも、半分は脅されたようなもんだったしな」

「そこだ!」

「は? どこだよ?」

「“脅して無理矢理味方になった兵”の士気が高いと思うか?」

「……いや、決して高くはないだろうな」

「だろう? 数が多くなればなる程、組織と言うのは動きが鈍くなる。やる気のない兵は逆に足手まといになる事もある。つまり二千の兵は弱点にもなり得ると言う事だ」

「あぁ……確かに。そう言われれば、そうかもしれないな」



小次郎の読みに納得を示した玄明。

四郎や屋敷の者達も確かにと頷きあっている。



「それからもう一つ」

「まだあるのか?」

「あぁ。他国の兵が短い期間で集められ、まともな統制が図れると思うか? 不意をついて奴等の足下を掬う事が出来れば、混乱を誘い、あっさりと大軍を崩すことができるかもしれない」



小次郎の作戦に、皆が息を飲んで聞き入った。



「ここで重要になってくるのは、何処を狙えば一番効果的に軍を崩せるかということ。さて、何処だと思う四郎?」



突然の謎かけに、四郎は少し考える。

考えた後、どこか自信なさげゆっくりと自分なりの答えを口にする。


「どこって……多分、司令塔じゃないのかな?」

「ご名答!」

「……そうか……そう言う事か。俺、分かったかも。兄貴の考えてる事が、何となく」

「何だ?どう言う事だ?俺様にも分かるように説明しろ!」



小次郎の謎かけによって、何かを掴んだ四郎は一人納得した様子。

だが、未だ先の見えない会話に玄明は割り込み更なる説明を求めた。



「兄貴は大軍全体を打ち負かす気なんて端からないんだよ。大軍を率いる伯父貴達さえ潰せれば、軍は乱れ混乱する」

「そうか!やっと俺様にも分かってきたぞ。つまりは混乱を誘って敵の自滅を狙うって事だな。それなら確かに数で圧倒的不利でも、何とかできるかもしれないな」

「いや、寧ろ少数だからこそ勝てる可能性がある。この作戦は、いかに相手の意表を突けるか。敵に襲撃を悟られない為には小回りの利く少数部隊の方が断然有利だ」

「確かにな。将門の言いたい事は分かった。だが……それはあくまで可能性の話だ。果たしてそう上手く行くのか?絶対に成功すると言い切れるのか?」



玄明からの念押し。

小次郎は言葉に詰まる。

確かに玄明の言う通り、あくまでも可能姓の話であり、絶対勝てる確証はない。

こればかりは実際に戦ってみなければ分からない。

確証もないのに、本当に戦う事が正解なのか、小次郎は急に不安になった。

自分の決断が、ここにいる全員の――いや、ここにいる者だけではない。小次郎が治める土地に住まう全ての人間の生活に関わってくるのだと思うと、自分を信じきる事がどうしても小次郎には出来なかったから。

けれど、小次郎が恐れて超えられない壁を、四郎はあっさりと越えてみせた。



「よし分かった。俺は兄貴のその話に乗った!」

「四郎っ?!」



自分の何の確証もない作戦に、迷う事なく乗ると言い切った四郎に、小次郎はただただ驚き四郎を見る。

四郎はと言えば、いつもの飄々とした態度でニヤニヤと楽しそうに笑っている。


 

「兄貴、言ったよな。自分が信じるものを信じて動けば良いって。俺は“兄貴を”信じるぜ。太郎さんでもない。ましてやそこの盗賊のおっさんでもない。兄貴がそいつの話を信じて踊らされるってんなら、俺も兄貴に付き合う。もし本当に太郎さんが俺達を裏切って伯父貴達とここに責めて来るのだとしたら、兄貴と一緒に俺は戦う。さぁ、皆はどうする?」



皆を煽って、まるで挑発しているかのような口調で四郎は言う。

四郎の言葉に、それまで不安や戸惑いを口にしていたはずの者達は、何かを覚悟したかのような顔つきへと変わっていた。



「取り敢えず、この話はここまでにしよう。突然の話に皆動揺して、きっとまだ考えがまとめられないと思うし、また時間をおいて話をしようぜ。それで良いよな、兄貴」

「……あぁ、そうだな」

「皆も、それまで今一度良く考えてみてくれ。何を信じ、どう動くのか。――てなわけでこの場はひとまず解散。すっかり日も登った事だし、今日も張りきって仕事しようぜ」



四郎の解散の声を合図に、話合いは取り敢えずの区切りがついた。

もう戸惑いや不安を口にする者はおらず、皆黙々と己の仕事へと向かって行く。

小次郎は、自分が踏み出せなかった一歩を後押しし、味方になってくれた四郎の存在に心から感謝した。

四郎がいなかったら、きっともっと話はこじれていただろう。



「ありがとな、四郎」

「?? 何の事?」

「何でもない。お前が弟でいてくれて良かったって話だ」

「?変な兄貴」



散り散りに大広間を後にする皆の姿を見送りながら二人は小声でそんな言葉を交わし、互いに小さく笑いあう。

すっかり人が疎らになった部屋の中、ふと視線を移した先で、小次郎は千紗と目があった。



「……千紗……」



千紗の大きな瞳が真っ直ぐにこちらを見つめている。

その瞳は何か言いたげで、小次郎は耐えられず視線を反らした。



「将門。お前だけに伝えておきたい事があるんだ。ちょっといいか?」



丁度その時、玄明から小次郎の耳元で小さくお願いされて



「あぁ分かった。俺の部屋へ行こう」



小次郎は助かったとばかりに玄明を連れ、足早に部屋を出て行った。

まるで、千紗から逃げるかのように――





「あ……待て……待ってくれ小次郎……」



視線を反らされ、足早に去って行こうとする小次郎の後ろ姿を、遠くから見つめていた千紗は慌てて追いかけようとする。

だがその時、着物の袖をギュッと掴まれ、震える小さな手の存在に気が付いて振り返る。

そこには目にいっぱいの涙を溜めた朱雀帝が、子犬のように鼻を鳴らして泣いていた。



「ど、どうした?何故泣いているのだチビ助?」



千紗は慌てて、もう片方の着物の袖で涙を脱ぐってやった。



「貞盛りが裏切ったと言うのは、本当なのでしょうか、千紗様?」



朱雀帝の問い掛けに、彼が貞盛になついていた姿を思い出す。



「……」

「約束したのですよ。すぐに帰ってくると、約束したのに……」



――『心配なさらないで下さい。ほんの少しの間、ここを留守にするだけです。すぐに、戻って参ります。私は貴方様の臣。決して主を裏切るような真似はいたしません。どうか、信じて下さい』



――『私は、淋し気に一人何かを我慢なされている寛明様の方が気になります故。私は、こうしていつでも貴女様の側におります』



貞盛が掛けてくれた優しい言葉の数々を思い出しながら、ボロボロと泣きじゃくる朱雀帝。



「貞盛だけは、何があっても私の側にいてくれると……約束……したのに……」



そんな朱雀帝の姿を、千紗は数ヵ月前の自分と重ねた。

小次郎が身内同士で争っていると初めて聞かされた時、信じられないと衝撃を受けたあの時の自分と。

小次郎が、実の伯父を殺したと聞かされた、あの時の自分と。

信じていた者に裏切られたと、そう感じた時の不安や衝撃を、千紗も知っている。

だから、今の朱雀帝を放ってはおけないと思った。



「秋成、チビ助を部屋まで運んでくれ」

「姫様、兄上の後を追わなくて宜しいのですか?何か話したい事があったのでは?」

「……良い。今はチビ助を」

「……仰せのままに」



小次郎の後を追う事を諦めて、千紗は朱雀帝の手をとった。

小次郎が消えて行った方向を、物憂げに見つめながらも千紗は、秋成と朱雀帝の二人と供に部屋を後にした。


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