お転婆姫
あれから八年の月日が流れ――
まだ幼かった賊の男の子は、千紗から秋成と言う名を貰い、小次郎と同じ武士団に所属するようになっていた。
歳は十六になろうとしており、そろそろ元服を控えている。
二人より年上だった小次郎は二十三を迎え、政治の世界にも少しずつ参加するようになっていた。
秋成より一つ年下、十五歳になった姫はと言うと、数多の男から求婚を迫られる程の美しい娘に成長し――
「姫様~、危のうございます!そのような事はお辞めください」
「千紗、お前何やってんだ!危ないから早くそこから降りて来い!!」
「何を言うておる秋成!この雛鳥を親元に返してやらねば可哀想ではないか」
――成長し?
「だからって……お前がそんな事しなくても。木なら俺が登る。俺がそいつを親元に返してやるから」
「妾が返してやりたいのじゃ。成は黙ってそこで見ておれ」
「お前なぁ~、もしお前に何かあったら、俺が忠平様や義父上に怒られるんだぞ。分かってんのか?!」
――相も変わらずのお転婆娘に成長しておりました。
「よ………し……あと少……し…………………届いた!……あ?!」
「千紗っ?!」
“ドスン”と大きな音が辺りに響く。
「だから……やめろって……言ったのに………。重い。早く……退け……」
「何をやっておるか秋成。何故しかと受けとめぬ。妾の着物が汚れてしまったではないか」
鳥の巣に雛鳥を戻した瞬間、姫はバランスを崩し木から落ちてしまった。それを受け止めようと秋成は急いで駆け寄ったのだが、木の根に蹴躓き、不覚にもお転婆姫の下敷きにされてしまったのだ。
そんな秋成をパカスカ殴り、叱りつける千紗姫。
八年経っても相変わらずな、二人のいつもの微笑ましい光景。
だが、そんな和やかな空気に水をさすように声が掛かった。
「千紗。お前は十五にもなって、またそのような危ない遊びをしおって」
「父上」
「忠平様……」
「千紗、お前に話がある。私の部屋に来なさい」
冷たい声で吐き捨てるように言うと、千紗姫の父親、忠平はスタスタと屋敷の奥へと姿を消して行った。
その後を追うように千紗もまた屋敷へと姿を消して行く。
「お前も大変だな。あの我が儘姫様の護衛だなんて。俺なら御免だぁ」
ふと屋敷の庭から二人の姿を見送る秋成のもとに、同じ武士団の仲間が声を掛けて来た。
「確かにな。俺も最初はそう思ったよ。でも……」
秋成は昔を思い返してふっと笑みを浮かべた。
「その我が儘が人を思いやってものだと分かったら、苦じゃなくなった」
そう。千紗のあの強気な性格の裏側にあった、不器用な優しさに触れたら――
***
――八年前、俺は俺を助けてくれた少女に恩を感じながらも、いつも我が儘ばかりのその性格にウンザリしていた。
恩があるとは言え、どうしてこんな我が儘な奴に振り回されなければならないのか?
義父に与えられた千紗の護衛の任が、俺は嫌で嫌で仕方がなかったんだ。
けれど、それが条件で左大臣家、藤原の屋敷に置いてもらえるようになったわけで、不満を感じながらも俺は生きる為にどうする事も出来なかった。
でも、あの日。
激しい嵐の夜に震えながらも必死に弟君を護ろうとしていた姿を見て、少女への思いが一変した。