旅立ち
千紗を追い掛け秋成が辿り着いた先、そこはこの屋敷の主である忠平の部屋。
秋成は忠平の部屋の庭先で、地面に片膝をつき、頭を垂れた姿勢でただじっと千紗の退室を待った。
部屋からは言い争う二人の声が聞こえていた。
「父上!父上!」
「千紗?!お前っ……また裳着を済ませた娘がうろうろと…………」
「どうして教えてくれなかったのですか?」
「何をだ?何をそんなに怒っているのだお前は?」
「何故小次郎の事を教えてくれなかったのですか、父上」
「……その話か。その話はお前には関係のない事だ。お前は気にしなくて良いから、早く部屋へ戻りなさい」
「関係ない?関係ないわけがないではありませんか!小次郎は、私の兄も同然の存在ですよ。私が小次郎からの便りを待っていることも知っていながら、何故坂東の状況を教えて下さらなかったのですか?」
「お前がそれを知った所でどうなる?何も出来はしないであろう。私とて同じだ。知った所で何もしてやれない。だから、お前には余計な心配をさせなくて良いようにと黙っていたのだ」
「薄情な!小次郎が困っていると言うのに父上はただ手を拱いていたのですか?」
「落ち着け、千紗」
「千紗は落ち着いております。落ち着いているからこそ、何か小次郎を助ける方法はないかと考えて……
そうだ!父上、お願いがあります。千紗に外出の許可を下さい!千紗が小次郎を助けに坂東まで参ります!!」
「お前は……また何馬鹿な事を言い出すのか。そんな事、許すはずがなかろう!!」
「何故ですか?父上が動かないのなら千紗が――」
「こんの…………馬鹿娘が!!お前は貴族の娘だ。何ヶ月かかるともしれぬ旅に出せるわけがなかろう。それも戦が起こっている危険な地に。嗚呼もう……だからお前には伝えたくなかったのだ。こう言う馬鹿を言い出す事は目に見えていたからな!」
「父上!」
「もう良い。お前は何も心配しなくて良いから、頼むから部屋で大人しくしていてくれ」
「嫌です!千紗はじっとなどしていられません!!」
「千紗っ!!!」
「っ?!」
忠平に一喝されて、一瞬怯む千紗。
だが、いくら怒られようと千紗も引く気はないらしく、忠平の目を反抗的な目で睨み続けた。
「……」
「…………」
親子二人、無言の睨み合いが続く。
ふとその沈黙の中、突然聞こえて来た外の騒がしさに、二人の意識がそちらへと逸らされた。
「お前っ!どうしてここに?帰れと言ったはずだぞ」
「うるさい!お前のような下賎者の言葉になど耳を貸す道理はない!!」
「あっコラ。今は姫様と忠平様が大事な話をしている最中――」
秋成と、もう一人、子供の言い争う声。
「秋成の奴は、いったい何を騒いでおるのだ?」
睨み合いの喧嘩に釘をさされた千紗は、不機嫌な様子で何事かと外の様子を見に行こうと立ち上がった。
と、その時――
「千紗姫様!」
部屋に下ろされた御簾を乱暴に上げ、朱雀帝が忠平の部屋へと突然に乱入してくる。
「帝?!何故このような場所に?」
「お主っ!!まだおったのか?!今はお主の相手などしている暇はない!とっとと帰れ!!」
朱雀帝の来訪を知らされていなかった忠平は、全く予想外の乱入者に驚いた様子。
反対に千紗はと言えば不機嫌そうに、侵入者を許した秋成をキツく睨みつけていた。
だが朱雀帝は、そんな二人の戸惑いや苛立ちなど、全く気にする様子もなく、興奮気味に突然、こう宣言した。
「千紗姫様!我が、我がお連れいたします!」と。
突然の朱雀帝の宣言に、ぽかんと呆れ顔で「は?」と短く聞き返す千紗に、朱雀帝は目をキラキラ輝かせながらこう続ける。
「我が坂東まで千紗姫様をお連れいたします!帝の力で、必ずや坂東の戦も止めてみせます!」と。
「「…………」」
朱雀帝の突拍子もない突然の提案に、千紗達親子は顔を見合わせ驚き合う。
「帝?貴方様まで急に何を!?」
「だから、我が坂東まで千紗姫様をお連れするのだ!」
「ご自分の立場をお考え下さい、帝!貴方様はこの国の最高権力者。その貴方が玉座を空けるなんて……そんな事をされては政が滞ってしまいます。帝の不在は国を揺るがす一大事になりかねませんぞ!」
「何故だ?父上が亡くなって我が即位するまでの数年間、玉座は空いていた。それでも政は太政大臣のお主の力で滞りなく回っていたではないか。今回もお主がうまく政務を回してくれれば何の問題もあるまい?」
「帝、それは本気で言っているのですか?無責任にも程があります。玉座を空けても問題ないなどと、そんな事、軽々しく言って良い事ではございません。今の発言は権力を奪われても構わないと言っているに等しい事柄。もし天皇家に変わって玉座を奪うような輩が現れても、そのような意識の低さでは何の文句も言えません。貴方は一国の主なのですから、もっと帝としての自覚をお持ちください」
「分かっておる。そう怒るな忠平。これは、自分の立場を考えてこその意見だ。我はこの国を背負って立つ身。なればこそ、もっと内裏以外の外の世界を知り、国の情勢を見聞きしたいと思ったのだ。我が留守の間、忠平には迷惑をかけるかもしれない……けれどこれは、お前を信じているからこそ言える我が儘。お前が太政大臣として我を支えてくれているからこそ。だから頼む忠平、我と千紗姫が坂東へ行く事をどうか許してくれ」
いつになく大人びた様子で懇願する朱雀帝に、忠平の心は揺れる。
朱雀帝の言う通り、これは彼を天皇として大きく成長させうる機会かもしれないと。
けれども――
「そうはおっしゃいましても……帝を危険だと分かっている地へ行かせる事、やはり認められるはずがありません。貴方様にもしもの事があったら……この国はどうなるか。そして何より中宮様が悲しまれますぞ……」
「っ………………」
「分かってくださいますな」
「…………」
中宮の名前を出された途端、顔色を変えて、急に何も言えなくなってしまった朱雀帝。
そんな朱雀帝に、千紗は容赦ないきつい言葉を浴びせた。
「何を黙っておるチビ助、その程度の反対で諦めるのか、なさけない!所詮お主は子供。帝と言えど、大人達の言いなりなのだな!私は行くぞ。父上が何と言おうと、私は絶対坂東へ行く!」
「千紗……お前と言う奴は……」
朱雀帝を宥める事が出来たかと、少しほっとしたのも束の間、忠平は自身の娘、千紗の強情さに呆れながらも何とか諦めさせようと、再びの親子喧嘩が始められた。
すっかり茅の外となってしまった朱雀帝。
千紗と忠平、互いの意見を何の遠慮もなしに言い合っているのを聞きながら、何やら苦しそうに呟く。
「…………千紗姫様は……我が……」
今にも消え入りそうな、小さな小さな声で、何かと葛藤しながら絞り出すように呟いていた朱雀帝。
だが突然、何やら迷いを吹っ切ったように強い光を瞳に宿し、下に向けていた顔を持ち上げ、千紗と忠平親子の喧嘩を食ってかかる勢いで大きな声を張り上げ言った。
「千紗姫様は我が坂東へと連れて行く!!」と。
朱雀帝の突然の大声に、言い争っていた千紗と忠平はびっくりした様子で朱雀帝を振り返る。
「お………お待ち下さい、帝っ!それでは中宮様が………心配なさいま」
「母上など関係ない!我は、我の意思で動く!もう……母上の籠の中で飼い馴らされるのは嫌じゃ!!」
忠平の言葉を遮り朱雀帝はきっぱりと言い放つ。
朱雀帝の宣言に、今度は忠平が言葉を失う番だった。
「忠平、口答えは許さぬぞ!これはもう決定事項だ。我は千紗姫を連れて坂東へ行く!」
「寛明様……それは余りにも強引ではございませんか?」
「父上!千紗も坂東へ行きます!父上が何と言おうと絶対に、チビ助と坂東へ行きます!!」
「…………」
国の最高権力者と、娘にしつこく迫られて……
忠平はただただ、頭を抱えることしか出来なかった。
「まったく……千紗、お主は寛明様にいったい何を吹き込んだのだ?」
「なっ!父上失礼な。私は何も吹き込んでなど」
「寛明様は昔は聞き分けの良い素直なお子だったはずなのに、最近はやたらと………お前に似て来て困る」
「失礼な!あの我が儘と千紗のどこが似てると言うのですか父上」
「だから“我が儘”な所が」
「私はこやつ程我が儘ではないです」
「……はぁ、その無自覚な所が厄介なのだ」
忠平は八つ当たりでもするかのように千紗をひとしきり責めた後、深い深いため息をついて、覚悟を決めた。
「分かりました。認めましょう。」
二人の申し出に折れる覚悟を。
こうなったらテコでも動かない二人の強情さを、嫌と言う程よく知っていたから。
「はぁ、こうも簡単に娘と甥っ子の儘を聞いてしまうようでは、私も甘いな……」
疲れ切った顔で愚痴を零す忠平とは裏腹に、千紗と朱雀帝の二人は互いに顔を見合わせて喜んだ。
「やったぞチビ助!父上からお許しを頂けた。今回ばかりはお主に感謝せねばならぬな。本当にでかしたぞ、チビ助!」
「ありがとうございます千紗姫!千紗姫に褒めて貰えるなんて嬉しいです。こんな事、初めてですね。だは千紗姫様、出発はいつにいたしましょうか?」
「勿論、旅支度が出来しだいすぐにじゃ!そうだなぁ、明日にでも出発しようか」
浮かれた様子の二人の会話に、慌てた様子で忠平が口を挟む。
「待て待て待て!勝手に話を進めるな!!」
「何だ忠平。今更やっぱり駄目だなどと、ケチくさい事を言うなよ?これはもう決定事項なのだからな」
「分かっております帝。それは勿論分かっておりますけれども……」
「「けれども?」」
「けれども、こちらもいくつかの条件を出させていただきますよ。その条件を帝と千紗が呑むのであれば、私も素直に二人の坂東行きを認めましょう」
「「条件?」」
「はい。二人が無事坂東の地へ行き、帰ってくる為の大切な条件です」
「「…………」」
突然の条件提示に、ぽかんと呆けた顔で、互いの顔を見合わせている千紗と朱雀帝。
だが忠平はそんな二人に構わず先を続けた。
「いいですか。まず条件1つ目、共に連れて行く者は極力人数を減らします。そうですね……護衛に我が屋敷に仕える武士団の者達の中から3名。身の回りの世話をする侍女を1名。それから、一人道案内をつけましょう」
「全部で5人?ちょっと待て、共がたったのそれだけか?ちと人数が少なすぎるのではないか?少なくとも数百は欲しいだろう」
予想もしていなかった条件の提示に、朱雀帝が慌てて口を挟む。
「そんな大人数を、連れていかれては困ります。そもそも帝の不在は周囲には秘密とします。私と、私の周りの極限られた信用できる人間にしか知らせません。故に共は我が屋敷から数人に絞らせて頂きます。
それと人数を減らす事にはもう一つの意味がございます」
「もう一つの意味?」
「はい、賊に襲われる危険を減らす為です」
「逆ではないか?人数が少なくては、もし賊に襲われるような事態に襲われた時、護衛の手が足りず、我と千紗姫は危険な目に遭うやもしれぬ」
「いいえ、人数が多くてはかえって目立ってしまう。人数が少なければ、そもそも狙われる危険も減るはず。それと同じ理由で、条件2つ目。千紗と帝には、それぞれこれを着てもらいます」
そう言って、忠平は着物がしまってある衣装箱の中から、あるうす汚れた着物を取り出して来た。
それは、昔よく忠平が、妻の順子と共に京の街へ、お忍びで出掛けた際に着ていたもの。
「こ……こんな薄汚れたものを我に着ろと申すのか?!そもそもこれは本当に身に纏う物か?見るからに生地薄くそのくせ堅い。袖などすり切れてボロボロではないか」
「帝、多くの民人達は、これを着て生活しています。帝もこれを着る事で、民人に紛れられる。民人に紛れられれば、賊に襲われる心配も少しは減らせましょう」
「だからと言って、こんな汚いもの……絶対に着たくない。我は嫌じゃ!!」
我が儘を言い出した朱雀帝に、しめたとばかりにニッコリ微笑む忠平。
「では坂東へ行くのは諦めて下さいますな」
「う゛……………」
弱みを握られ、言葉に詰まった朱雀帝の頭を、すかさず千紗が後ろから“パシン”と叩いた。
「痛っ……」
「アホかお主は。父上の策に引っかかってどうする。たかだか着物を代えるくらい、わけないだろう。それに先程お主は、貴族社会以外の世界も見たいと申しておったではないか。民人達の事を知りたいのであれば、身なりから真似してみるのも一つの手だぞ。まずは文句を言わず着てみようではないか。と言うわけで父上、私はその条件でおおいに構いません」
千紗から返って来た何とも頼もしい言葉に、忠平が苦笑いを浮かべながら小さく零した。
「千紗……お前はお前で順応性が高過ぎて……困る」
「?」
忠平の零した言葉に、千紗は小さく首を傾げた。
「さて、では気を取り直して3つ目の条件に参りましょうか。今回の旅路、身なりだけに限らず普段のような贅沢を許すわけには参りません。二人には貴族と言う身分を隠して質素な旅をして頂きます。特に帝、貴方様はこの旅の中で、絶対に帝であると言う事を知られてはなりません。身分を隠す、その弊害にきっと道中食べる物に困る事もありましょう。宿に困る事も。贅沢は許されない、その生活は、今貴方が想像している以上に辛く苦しいものであるはず。それでも貴方は千紗の為、坂東へ行くと申されますかな?」
「…………」
「内裏しか知らぬ貴方様にとって、この旅はとても過酷なものとなるでしょう。貴方は本当にそれに耐えられますか?引き返すなら今ですよ」
「……………誰が引き返すものか。あぁ分かった、その条件全て呑もう。ボロでも何で着てやるさ!好きな女の為、男が一度口にした決意をそう簡単に撤回するわけには行くまい!我が必ず千紗姫を坂東までお連れする!この決意に変わりはない!!」
忠平の挑発に、朱雀帝は半ばやけくそに言い切った。
その朱雀帝の強い決意に、忠平も改めて覚悟を決める。
「分かりました。では出発は3日後と致しましょう。それまでにこの私が責任を持って全ての準備を進めておきます。帝がそれほどの覚悟を持って行くとおっしゃるのなら、私も出来うる限りの協力をさせて頂きますよ」
心からの笑顔を浮かべて、千紗と朱雀帝の坂東行きを許した忠平。
忠平の許可が正式に下りた喜びに、千紗は朱雀帝に抱き着いて喜んだ。
千紗に抱きつかれて緊張のあまり固まる朱雀帝。
「でかしたぞチビ助!ありがとうございます父上!!」
朱雀帝の次には忠平に抱きつく千紗。
そして最後に、庭で一部始終の話を聞いていたであろう秋成の元へと駆け下りて行く。
「秋成~!秋成も聞いておったか?!これで、これでやっと小次郎に会いに行けるぞ!!」
「千紗姫様、いけません。このような場所に下りてこられては。しかも裸足で……」
秋成の忠告も無視して秋成の元へと駆け下りたそのままの勢いで抱きつく千紗。
「あぁ~~~~!!ち、千紗姫、そのような下賎の者にまで抱き着くとは……ええい、汚らわしい!お前のような汚い手で千紗姫に触れるな!」
千紗が秋成に抱きつく姿に、耳まで真っ赤に染めた朱雀帝が烈火の如く怒鳴って二人の元へと駆け寄って行く。
「だ、そうですよ千紗姫様。早く離れて下さい。暑苦しい」
「むむ。暑苦しいじゃと?そんな事を言われて、離れてなどやるものか!」
「こら~お前!早く姫様から離れろ~~~!!」
楽しげに秋成に抱き着く千紗。
千紗を秋成のもとから引き離そうと必死に間に割って入る朱雀帝。
面倒な二人に挟まれて、ただただ迷惑そうに顔をしかめる秋成。
そんなまだ幼い様子の三人の遣り取りを、一人離れた場所から眺めながら忠平は、許可を出してしまった事に激しい不安を覚えていた。
「本当に……大丈夫なのだろうか?この三人を坂東の地へ送り出してしまって……」
***
――3日後・早朝
不安を抱えながらもついに、千紗達が坂東へ旅立つ日の朝を迎えた。
旅支度を整えた千紗や朱雀帝、彼女らの旅に同行する面々が続々と藤原屋敷の門の前へと集まり来る。
「千紗……お前、その髪型は……?」
「どうです父上?似合いますか?気合いを入れる為に、キヨに髪を上げてもらいました」
「…………我が娘ながら、なんと奇抜な……まるで男子のようじゃな」
娘との暫しの別れを惜しむべく、かけた忠平の餞の言葉。
その第一声は、娘の奇抜な髪型への驚きの声だった。
この時代の貴族の女性は、髪を結わずにおろしているのが一般的とされ、また、髪が長ければ長い程に美しいとされていた時代。
そんな時代の風潮の中、千紗は美しさの象徴であるはずの髪を後ろで一つ、小さなお団子をつくって束ねていた。
その団子の形成に一役買っていたのは2年前、秋成が小次郎からだと偽り千紗へと送ったあの簪。
「奇抜?そうですか?私はこの髪型、気に入っているのですが」
「なにゆえ突然、そのような髪型に?」
「言ったでしょう。気合いを入れる為にと。今までのように短い髪を垂れ流しにしていたのでは邪魔で邪魔で仕方がないので。それに、せっかく貰ったのだから使ってやらねば勿体ない」
そう言って、千紗はそっと簪を触った。
「ん?簪?そのようなものを、どうしてお前が?」
「これは……貰ったのです。無知なお人好しから」
「?」
どこか嬉しそうに話す娘の言葉の意味が分からず、忠平は一人首を傾げるも、だがそれ以上は口を挟む事を止め、大人しく旅立とうとする娘の姿を送り出す事にした。
「まぁ良い。今更お前の身なりに口を挟んだ所で聞く耳など持たぬだろう」
「よくお分かりで」
「良いか、くれぐれも道中気をつけて行くのだぞ。秋成達に我が儘を言って迷惑をかけぬよう。従兄弟である寛明様の事は、本当の弟だと思ってお前がしっかりと面倒を見てやるのだ。分かったな千紗」
「分かっておりますとも父上。それより父上?先程から気になっていたのですが、あそこにいる見慣れない者は誰ですか?」
千紗は、共に旅する為にと集められた者の中に、一人見知らぬ男がいることに気づいて忠平に問うた。
旅の共は、藤原屋敷に仕える者達であるはず。
その顔ぶれは、護衛として武士団の者の中から千紗が絶対の信頼を寄せる秋成。それから2年前の誘拐事件を機に武士団の仲間に加わった元盗賊の少年、清太と春太郎。
身の回りの世話係として、同じく誘拐事件を機に藤原屋敷の侍女となったヒナが選ばれた。
皆、藤原屋敷に仕える気心の知れた者ばかり。
だが一人だけ、本当に全く見覚えのない者が混じっていたのだ。
「おお、そうか。お前はあの男に会うのは初めてか。あの者には道案内を頼んでいるのだ」
「道案内?」
「そうだ。知らぬ土地に行くのだから、地理に詳しい者が必要であろう。あの者は坂東出身の者でな、前々から私の家人を申し出てくれておったのだが、この機会に受け入れる事にした。初仕事から大変な事をお願いしてしまったが、快く引き受けてくれて良かった。まぁ、それだけ実家の事が心配だったのかもしれぬがな。名は平太郎貞盛」
「平……太郎……?」
「あぁ、小次郎の従兄弟にあたる男だ」
「小次郎の従兄弟?」
忠平から告げられた事実に驚いた顔で千紗は貞盛と呼ばれた男に視線を向けた。
その男は、身長は高いが体つきは細くひょろっとしていて、護衛の面ではどこか頼りない印象を受ける。
どちらかと言えば貴族のような華やかさを纏う優男。
野性的で荒々しい印象の小次郎とは似ても似つかない。
あの男が、小次郎の従兄弟っとは……
千紗は信じられない。と言った顔で暫くの間、貞盛を見つめていた。
千紗の視線に気付いたのか、貞盛が二人の元へと近づいて来る。
「これはこれは初めまして、千紗姫様。貴方のようなお美しい方とお会い出来た事、嬉しく思います。私は小次郎の従兄弟で平太郎貞盛。忠平様より貴方様を坂東までお連れする命を授かりました。長い旅路となりましょうが、今日から宜しくお願い致します」
ニッコリと、爽やかな笑顔を浮かべて貞盛は自己紹介をした。
貞盛の自己紹介に、千紗の代わりに忠平が答える。
「だは貞盛、千紗の事、頼んだぞ」
「はい、忠平様。必ずや無事に皆様方を坂東までお連れ致します。この私に全てお任せ下さい。さあでは千紗姫様、参りましょうか」
忠平に一礼して後、貞盛はすっと千紗に向かって手を差し出した。
自分が乗る馬へ招こうと言う貞盛からのお誘いだ。
だが千紗は、貞盛が差し出した手を無視して秋成の元へと足を進めた。
「秋成、私はそなたの馬に乗って行くぞ。手を貸せ」
千紗の命令に、秋成は無言で手を差し出した。
「おやおや。フラれてしまいましたか。残念」
貞盛は、さほど残念がってはいない様子で千紗達を見つめながら、笑顔を浮かべたまま一言そう呟いた。
「……良かったのですか姫様?あの男の申し出を断って」
貞盛から向けられる視線に、秋成はチラリと貞盛の方を見ながら、千紗に小声でそっと聞いた。
「構わん。……私は口だけが達者な男は好かん」
秋成の疑問に、何故か不機嫌な様子でそう答える千紗。
千紗の態度から秋成は、千紗が貞盛と言う男に抱いたであろう苦手意識を感じて、それ以上詮索する事をやめた。
「そんな事より、どうだ秋成?」
「?どうだ…とは?何がでございましょう?」
「この髪型じゃ!」
「はぁ。まぁ……似合っているんじゃなでいすか?」
「何じゃその適当な答えは!」
「……と言われましても……」
「他には何かないのか?」
「…………何か……とは?」
「だから何か感想はないのか?」
「………はぁ。まぁ……姫様らし――」
「あ~~~~~!千紗姫様、何故そんな奴が乗る馬に?千紗姫様がその馬に乗ると言うのならば私も乗せて下さい。おい、秋成!私もその馬に乗せろ!!」
秋成が何やら言いかけた言葉を遮って、突然に朱雀帝が二人の元に駆け寄って来て騒ぎ出す。
せっかく口にしかけた言葉を邪魔されて、秋成は小さくため息をついた。
「………はぁ」
「その溜息は何だ?!私を馬鹿にしているのか?いいから私もその馬に乗せろ!」
「……」
「おい、聞いているのか?私も千紗姫と共にお前の馬に乗せろ!」
「……」
完全に朱雀帝の相手ををする事が面倒になったらしい秋成。無視を決め込んで決して返事をしようとはしなかった。
流石に朱雀帝を哀れに思ったのか、秋成に代わって千紗が朱雀帝に向けて声を掛ける。
「チビ助、もう"我"は止めたのか?」
「旅の間は、"私"と呼ぶように。と、忠平に言われたので。……それより千紗姫様、私もその馬にっ……」
「すまぬな、お前は他の馬に乗ってくれ。これ以上乗っては馬が可愛いそうだ」
「ならば秋成が下りろ!私が千紗姫様と乗る!」
「嫌じゃ、千紗は秋成とが良い」
「そっそんなぁ、千紗姫様~~」
今度は千紗にまで邪険に扱われて、朱雀帝の瞳はみるみる涙に染まって行く。
そこに今度は、貞盛が口を挟んで言った。
「では帝、貴方様は是非私の馬に」
「嫌だ!姫様とが良い。私は姫様とが良いのだ……」
まるで幼子のように駄々を捏ね続ける朱雀帝。
国の最高権力者である帝の駄々っ子に、どうしたものかと帝貞盛が対応に困っていると、事の収束に向けて忠平が一言助言を下した。
「帝、出発前からそのような我が儘を申されるようでしたら、やはり今回の旅は………」
「嫌じゃ……それも嫌じゃ……」
「では、どうすれば良いか、分かりますよね?」
「…………」
忠平の脅しにも似た助言に、やっと大人しくなった朱雀帝は、むくれた顔で頷いた後、貞盛の手を借り彼が操る馬へと乗った。
「では千紗、帝、くれぐれも……気をつけて……」
「はい、父上。行って参ります。父上も千紗が留守の間、くれぐれもお体にはお気をつけ下さい」
「あぁ」
忠平に見送られながら、千紗と朱雀帝。それから護衛を任された秋成、清太、春太郎。案内役の貞盛に
それから侍女として同行するヒナの計7人は、秋も深まり初めた9月のある日に、朝日が昇り初めたばかりの静かな京の街を、ひっそりと旅立って行った。
小次郎が待つ、坂東へ向けて。




