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時ノ糸~絆~  作者: 汐野悠翔
第1幕 京編
16/136

歪んだ世情

小次郎が、突然実家へ戻る事になったわけ。

それは再び3日前へと時を遡る――



***




「何、親父が倒れた?!」


「あぁ。それを良い事に伯父貴(おじき)達は(みなもと)家と手を組んで、卑怯な手で親父の領土を横取りしようと狙ってる。今坂東は、いつ戦が起こってもおかしくない冷戦状態さ」



あの騒ぎの後、小次郎に引きずられるようにして忠平の屋敷へと連れて来られた四郎は、屋敷で一番広い部屋、寝殿の前の南庭にて兄の尋問を受け、ふて腐れた様子で自分がここにいる経緯を説明させられていた。

周りには盗賊の仲間である幼い少年達、そして秋成の姿が。


四郎の口から語られたのは、思いもよらなかった事柄。

父の危篤と、故郷坂東で起こりかけている争いの事実。

初めて知らされる故郷の現状に、小次郎は言葉を失った。


まさか父がそんな大変な事になっていたとは。

きっと父は、息子に心配をかけさせまいと何の連絡もしてこなかったのだろう。

父の苦労を思い小次郎は唇を噛みしめた。

しかも病気の父を更に追い詰め苦しめているのは、父の兄弟であると言う。

小次郎にとっても伯父であるはずの彼等が、そんな酷い仕打ちをするだなんて……

到底信じたく無かった。



「……本当に……いつ戦が起こってもおかしくないと?」


そんな思いから四郎に改めて確認する小次郎。



「あぁ」



だが四郎から返ってきたのは感情の読み取れない程素っ気ない反応。

自分の故郷だと言うのに、まるで他人事のような四郎の態度に、小次郎は声を荒げて彼に詰め寄る。



「そんな親父が大変な時に、どうしてお前はここにいる?国では民達が、いつ始まるかしれない戦に怯えている中、お前は一人逃げて来たのか?武士の子であるのなら、父を助け、民を守るのが使命だろう!」


「はっ。相変わらず兄貴は熱いねぇ。あぁそうだよ。俺は逃げたんだ!あんな所……」


「四郎っ!お前っっ!!」



開き直ったような四郎の態度に、ついに彼の胸倉を掴み、怒りを露にする小次郎。

慌てて今まで二人のやり取りを傍で見守っていた秋成が止めに入った。



「兄上、落ち着いてください」


「うんざりなんだよ!己が領地を広げる事に豪族達は躍起になって争い、傷つけ合う。坂東と言う地の醜い争いは、もううんざりだ!領土を広げて何になる?富を得たいのか?名声を手に入れたいのか?そんなくだらない欲の為に、多くの人間が巻き込まれ、命を落として行く。そんな事が許されていいのか?

争いは結局、憎しみしか生みはしない。そして憎しみはまた争いを呼ぶ。ましてやそれを、身内同士でやるなんて……馬鹿馬鹿しいにも程があるだろう!」


「いい加減にしろ、四郎っ!お前それでも坂東武者か!!」


「嫌だったんだよ俺は……俺達一族の醜い兄弟喧嘩に巻き込まれて、悲しみ苦しむ人の姿を見るのが……嫌だったんだ!!あぁ、そうだよ!俺は逃げたんだ!!争いのない、平和な地を求めて一人逃げて来たんだ!!」


「…………」



いつも飄々とした態度でつかみ所のなかった四郎、そんな彼が珍しく見せた怒りの感情。

小次郎は四郎なりに苦しんで来ただあろう葛藤に触れ、怒鳴る事を止めた。

そして真っ直ぐに弟を見つめると、少し静かな声でこんな問いを投げかけた。



「それで……平和な地は見つかったのか?」



小次郎からの問いに、四郎は寂しそうな顔で小さく首を横に振った。



「俺も、兄貴みたいに京で平和に暮らしたいと思った。貴族が納めるこの地なら、争いもなく皆が幸せに暮らせる、そんな夢の都だって信じていたから。だからここまで来たんだ。なのに……」



そこまで言って言葉を止た四郎。

地面に注がれていた視線を急に持ち上げたかと思うと、庭から屋敷の中へと視線を向ける。

寝殿の奥にある御簾、その先にいるであろう人物をキツく睨み付けながら。

そして次の瞬間――



「四郎っ!お前っ……何を?!」



庭から屋敷へと続く(きざはし)を勢いよく駆け上がって行く四郎。

突然の四郎の行動に、慌てた様子で小次郎が弟の後を追う。

だが、小次郎が弟の狼藉を阻止する事は叶わず……

四郎は自分と忠平の間を隔てていた御簾を乱暴に引きちぎると、忠平の後ろへと周り込み懐に隠していた短刀を彼の首元へと突き付けた。



「ここも俺達の国と何も変わらない!どこもかしこも権力者の欲にまみれて……この世界は腐っていやがる!」


「………」



キラリと光る冷たく鋭い刃を首筋に突きつけられながらも、不思議と動じた様子の無い忠平。

彼はただ静かに目を閉じ、堂々とした態度で座り続けていた。



「くだらない貴族どおしの見栄の張り合い。己の私利私欲の為だけに行われる(まつりごと)。そんな貴族達の身勝手に、どれ程の民が苦しんでるか、あんた知ってるか?どうして、あんな幼い子供達が盗みを働かなきゃならなかったのか……あんたに分かるか?!」


「四郎っ!」



冷静な忠平に代わって、小次郎が四郎の無礼を窘める。

小次郎の呼びかけに一瞬四郎の気が小次郎へと向けられた。

その一瞬の隙をついて小次郎は四郎との間合いを詰め、忠平を間に挟み四郎の眼前ギリギリに刀を突き付けた。



「四郎の兄貴っっ!!」


「兄貴っ……もう良いよ。もう辞めてよ兄貴……」

「お願いだよ、兄貴を殺さないで………」



その時、少し離れた庭先から見守っていた盗賊の子供達から口々に声が上がる。

四郎の窮地に黙っていられなかったのだろう。

子供達から慕われている四郎の様子に関心しながらも、小次郎は低く冷たい声で四郎に忠告した。



「……随分と懐かれたものだな。だが、あの子達には悪いが、この方に危害を加えると言うのなら、弟と言えど容赦はしないぞ」


「兄貴こそ、随分とこの貴族に飼い馴らされてるんだな、情けない」



だが、兄からの忠告に、皮肉を込めて四郎は返す。

互いに一歩も譲らず睨み合う実の兄弟達。

そんな一触即発の兄弟の間に挟まれ、それまでただ静かに目を閉じていた忠平がついに口を開いた。



「刀を収めよ小次郎。何があろうと弟に刃を向けるものではないぞ」


「し、しかし忠平様……」


「良いのだ。彼らの怒りはもっともなのだから。四郎とやら、それからそこにいる子供達も、すまぬ事をしたな」



沈黙を続けていた忠平の口から出た言葉、それは四郎の無礼を咎めるものではなく、四郎や子供達に向けられた謝罪の言葉。

掛けられた言葉に驚きながらも、四郎は忠平に向けても皮肉の籠もった言葉で返した。



「はっ!貴族がそんな簡単に頭を下げて、命ごいか?」


「四郎っ!それ以上の侮辱は……」



主を侮辱され、かっとなった小次郎怒鳴る。



「小次郎。私は何と言われても構わんよ。だから、そんなに弟を邪険にするな」



だが侮辱された当の本人忠平は、全く怒る様子などなくて、穏やかに微笑みながら、四郎ではなく逆に小次郎を諭した。

そんな忠平の言葉に、仕方なく刀を収めた小次郎は、数歩後ろへ下がると二人から距離を取った。



「……………何の……つもりだ?」



命を狙われていると言うのに落ち着き払った忠平の言動。

その意図が掴めずに、四郎は訝しげにそう訪ねる。



「何って、民の言葉に耳を傾けられる折角の機会だ。そんな貴重な機会を、逃す手はないであろう?」


「…………………はっ…ははは……」



忠平からの返答に、渇いた笑いが四郎の口から漏れ出た。

それは、次第に盛大な笑いへと変わって行き……


ついに四郎は参ったとばかりに忠平を解放した。




「流石は親子だ。あんたは姫さんと似てる。いや、姫さんがあんたに似たのか?」


「いいや。あの子は母親似だよ。私があの子や、あの子の母親に毒されたのだろう」


「そうか。兄貴があんたら親子に尻尾を振る理由が少し分かった気がする。止めだ止めだ。俺が正義を語るなんて、そもそも柄じゃないしな」


「主らの不満を私に聞かせてはくれぬのか?」


「俺はそんな不満を言えた立場じゃない。兄貴の言う通り、世の不条理に戦う事もせず逃げ出した、俺はただの臆病者だ。そんな俺を慕って頼ってくれたあいつらに気分を良くして、ちょっと格好つけてみたくなっただけだ。俺はあいつらの苦しみのほんの一部しか分かっちゃいない。不満を聞かせろと言うのなら俺じゃない、あいつらの話を聞いてやってくれ」



それだけ言い残すと四郎は立ち上がり、忠平の横を何事もなかったようにすっと通り過ぎて行こうとする。

そんな四郎の背に向けて、忠平が優しい言葉を投げかけた。



「四郎。あの子達を守ってくれた事、恩に着る。ありがとう」


「っ………」



思いがけず受けた忠平からの賛辞に、四郎はピタリと歩みを止め、忠平の元へと振り返る。

と、躊躇いがちに忠平に向かってあるお願いを口にした。



「………あんたの事を信用して、一つ頼みがある。親を奪われたこいつらの事……幸せにしてやってくれ。二度と辛い思いをしなくてすむように。あんたになら出来るだろ?金と、権力と、それから民を想いやれる優しさのあるあんたや姫さんになら………」


「あいわかった。約束しよう」



四郎のお願いに、忠平から返された頼もしい言葉。

その言葉に四郎は満足げな笑顔を浮かべると、再び庭へ向けて歩き出した。

そしてその道の途中、今度は兄と視線が合う。

すれ違い様、真っ直ぐな視線を送ってくる小次郎の肩にぽんと手を置くと、四郎は兄に向けてはこんな言葉を囁いた。



「兄貴、俺は先に下総国(しもうさのくに)に帰ってるよ。兄貴もすぐに帰ってくるだろ?逃げるような情けない弟で悪かったな。情けない弟だけどさ、兄貴はまだ俺の事も弟って認めてくれるか?」


「当たり前だろ。お前は俺の自慢の弟だ。だから頼む。俺が行くまで親父の事……下総(しもうさ)の民達の事、頼んだぞ」


「あぁ。任せとけって」



返事をしながら小次郎に向けて軽く片目をつぶって見せる四郎。

弟のキザな仕草に軽く吹き出しつつも、小次郎はバシンと四郎の背を叩くと、一度逃げ出したはずの故郷へ戻る決意を固めた弟を、小次郎なりの励ましを込めて送り出した。



こうして兄、小次郎よりも一足先に坂東へと旅立つ事となった四郎。

庭へと降り立ったこの後、四郎にもまた、京で出会い絆を深めた盗賊の子供達との、惜しむ別れが待っていたのだが……


それはまた別の話。





南庭なんてい

寝殿の南側に設けられた庭。


きざはし

寝殿の南面中央に位置する五級ごしな(段)の階段。


まつりごと

国の主権者がその領土・人民を統治すること。政治。政道。


下総国しもうさのくに

現在の千葉県北部と茨城県西部を主たる領域とする旧国名




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