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時ノ糸~絆~  作者: 汐野悠翔
第1幕 京編
15/136

罪と罰


「ん……」


「……様?……め様?!」


「ん……キ……ヨ?お主、無事……だったのか?」


「姫様~~~!!やっと気付かれましたか!三日も目を覚まされませんで、心配したんですよ~!も~~!」



あれから三日もの間眠り続けていた千紗姫様。

彼女の目覚めに一番に立ち会ったのは、ずっと側で看病していた侍女のキヨ。

キヨは三日ぶりに目を覚ました千紗の姿を見るや、わんわんと泣きながら横たわる彼女の上に覆い被った。

自分より十以上も年上の彼女の、まるで子供のような姿に千紗は苦笑い交じりに声をかける。



「キヨ……重い。重いではないか。妾を殺――」


「私、忠平様や高志様達に姫様がお気づきになられた事を知らせて参ります!姫様はここで、大人しく待っていてくださいね!いいですね、()()()()ですよ!()()()()!!」



だが、千紗の言葉を遮って絶対安静を言い渡したキヨは、ドタバタと一人慌ただしく部屋から出て行ってしまった。



「――すきか?って………行ってしまった。キヨの奴、主の言葉を無視しおって」



そんな侍女の後ろ姿を見送りながら、キヨに遮られた言葉の続きを一人呟く千紗。言いながら、千紗はふっと笑みを零すと、気怠げに体を起こした。

ふと、いつもとは違う小さな違和感に気が付く。

いつもなら邪魔に感じる長く重い黒髪。それが今日は肩から滑り落ちてこないのだ。

そっと髪を手で撫でてみれば、長かったはずの髪は肩に触れる前で止まった。



「…………」



まだ少しぼーっとする頭で、記憶を手繰り寄せながら天井を仰ぎ見た千紗は、再びぽつりと呟いた。



「そうか。自ら切ったのだったな。――千紗自身を好きになってくれる人が良い――か。そんな物好きが、本当にこの先現れるのかのう」



この長さはまるで、俗世を離れた尼のようで……

今更ながらに押し寄せる、髪を切った事への不安の念。

そしてゆっくり視線を外へと移すと、千紗はどこか寂しげな声でこう言葉を続けた。



「妾のこの姿を見て、あやつらはどんな反応をするかの?妾を異端の目で見るか、それとも……?こんな妾でもお主達は受け入れてくれるか?」



千紗の口から出た問いかけに、返ってくる言葉は無い。

静寂だけが、一人きりのこの広く寂しい部屋に空しく広がった。




だが、静かだったのはほんの一瞬の出来事。

すぐさまドタバタと慌ただしい足音によって静寂は打ち消される。

その足音は、二重三重にも折り重なり聞こえ、この騒々しさは一体何事かと、干渉に浸っていた千紗も思わず身構た。




「千紗!!気が付いたか!体は?大丈夫か?どこか痛い所などはないか??」


「姉上~~!!もうお体は平気なのですか?もう起きて大丈夫なのですか?!まったく、僕を置いて行くからですよ!いつもいつも僕を仲間外れにするから」


「父上っ!?高志も」



騒々しい足音の正体では、千紗の父である忠平と弟孝志。



「姫様、絶対安静だと言ったではありませんか!!駄目ですよ、横になっていないと!!」


「キヨ!」



そしてもう一つは、二人を連れて戻って来たキヨのもの。

そして更に……



「姫様!ご無事で何よりです!」


「いつもみたいに姫さんに振り回されてないと、どうも調子がくるっちまいます。どうか早く元気になってまた俺達に手を焼かせてください」


「………皆」



忠平達が駆け込んで来た廊下とは反対の庭側からも無数の声を掛けられて、振り返れば侍女や屋敷の警護の者達、藤原の屋敷に仕える沢山の人の姿がそこにはあった。

皆、千紗の目覚めを聞いて集まって来たらしく、千紗に掛ける言葉の多くは彼女を心配し、そして彼女の目覚めを心から喜ぶものばかり。

髪の短くなった千紗の姿を笑う者など、この中には誰一人としていなかった。



「ほら、姫様に声かけてやれよ」


「何隠れてるんだよ秋成」



そしてその群衆の中、後方には秋成の姿も。

何やら揉めている様子で、千紗がそちらへ視線を向ければ、一瞬目があった後すぐに慌てた様子で秋成には目を反らされてしまった。



「…………」



そんな彼の態度に再び沸き起こる不安。



「………秋成……」



千紗は小さく彼の名を呼ぶ。

名を呼ばれた秋成は、ビクンと体を強張らせ、深く深く俯いて見せる。

まるで千紗と視線を合わせる事を嫌がっているかのような秋成の態度に、再度千紗は彼を呼んだ。



「秋成」


「……」


「何故妾を見ない?」


「……すまない」


「何故謝る?」


「俺の……俺のせいでお前の髪が……」


「秋成は、髪の短くなった妾は嫌いか?」




自分から敢えて投げかけたその質問は、千紗なりの精一杯の強がり。

もし秋成に拒絶されてしまったら。そんな不安に襲われながらも、必死に虚勢を張ってみせる。

でもやはり体は正直で、着物の袖に隠れる千紗の手は、微かに震えていた。



「っ!そんな事は絶対ない!!人の為に平気で危険に飛び込む。そんなお前だからこそ、俺は………。見た目なんて関係ない」



秋成から返って答えに、千紗の胸の中渦巻いていた不安が一気に消え去って行く。

秋成の言葉は、誰のどんな言葉よりも千紗を励まし勇気を与えた。

千紗は目頭に沸き起こる熱いものをグッと堪えながら嬉しげに微笑み言った。



「もう良い。その言葉だけでもう十分じゃ」


「……千紗?」


「お前が、お前達が変わらず妾を慕ってくれる。身なりやし仕来たりばかり重んじるこの京で、こんなにも妾自身を見てくれる者がいた、それだけでもう」


「よくないだろ!俺のせいで、お前の髪がっ……」




けれど秋成は、一向に己を攻め続け、俯いたまま千紗を見ようとはしない。

頑なな秋成の態度に、少し呆れつつも秋成らしいと千紗は小さく溜息を吐く。




「はぁ。お主も頑固じゃの。許すと申しておるのに未だ自分を責めると言うか。仕方ない。お主がそんなに自分を許せぬと言うのなら」


「……言うのなら?」


「お主の望み通り、お主に罰を与えてやろう」



“罰”

千紗の口から出たその単語に、秋成の肩がビクンと小さく跳ねる。

いったいどんな罰を受けるのか?言い知れぬ不安と恐怖に緊張しているのだろう。

秋成の緊張を感じながらも千紗はある質問を投げかけた。



「昨日……いや、もう3日前のになるか?お主と交わした約束を覚えておるか?」


「約束?」


「そうだ。お主だけは何があっても妾の側にいてくれると」



――『分かった。約束する。俺は、この先何があってもお前の側にいる。たとえ裳着をしたって、結婚したって、しわくちゃの婆さんなったって、俺はお前の側でお前を見守っていてやる』



千紗の言葉に、秋成はあの日千紗の前で口にした己の覚悟の言葉を思い出す。

改めて千紗から問われ、俯いていた顔を真っ直ぐ千紗の元へと上げ「勿論だ!」と答えた。

秋成の返答に、千紗は満足気に微笑むとこう言葉を続けた。



「では、妾を辱めた罰として、今一度誓え。この先もずっと、妾に忠誠を誓うと。妾の側で、ずっと妾を守り続けると。皆の前でな」



千紗から下された“罰”に拍子抜けする秋成。



「……そんな事で、良いのか?それじゃあまりにも、罪が軽すぎる……」


「これを軽いと取るも、重いと取るも、そなたの自由じゃ。この罰を受けるも辞めるもまたお主の自由。妾はこの罰を強制するつもりはない。さぁ、どうする秋成?」


「千紗……」


まるで秋成を試しているかように、どこか楽しそうな千紗。

そんな彼女とは対象的に困った様子の秋成。

だが、暫くの沈黙ののち、眉間に刻まれていたシワが緩められた秋成の表情は、ゆっくりと穏やかな表情に変わって行く。



挿絵(By みてみん)



そして、はっきりとした口調で千紗にこう言葉を返した。



「その罰、喜んでお受けいたします」と。



「ふふふ。これで、ここにいる皆が証人となった。妾の我が儘に振り回される事に疲れても、これで本当に逃げられなくなったぞ秋成」


「逃げるつもりなど毛頭ない。お前の我が儘に付き合う覚悟なら、とうの昔に出来ている」



互いの絆を改めて確かめ合い、誓い合った二人の幼なじみは、互いに顔を見合わせ笑いあった。








「ところで秋成、小次郎はどうしたのじゃ?先程から奴の姿が見えぬようじゃが」


「っ!?」


秋成との和解の後、何の気なしに口にした小次郎の名前。

だが、彼の名を出した事で和やかだった空気が一瞬にして不穏なものへと変わった。



「??どうしたのじゃ、皆急に黙り込んで?小次郎は、どうかしたのか?」



千紗の問いに答える者は誰もいない。

一体何がどうしたと言うのだろう?

押し寄せる不安に、千紗は秋成を名指しで問いただした。



「秋成?小次郎はいったいどうしたと言うのじゃ?のう、秋成」


「…………」


気まずそうに、長い間沈黙を続けていた秋成だったが、ようやく観念したのかゆっくりと口を開き始める。



「兄上は……ご自分の国へお帰りになれれました」


「………………え?……帰っ……た?小次郎が?」


「……はい」


「…………何故じゃ?何故小次郎は急に………」




秋成の口から告げられた言葉は、千紗にとって全く思いもよらなかった内容で……

千紗は頭を強く殴られたような、そんな強い衝撃を受けた。

頭の中が真っ白になる。



「……何故……小次郎が?どうして……急に??」



突然告げられた兄と慕う大切な人との別れ。

思いもよらなかった急展開に、千紗の頬には一雫の涙が零れ落ちた。











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