表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時ノ糸~絆~  作者: 汐野悠翔
第1幕 京編
12/136

救出


「兄貴~~~!!来た!来たよ!お姉ちゃんの迎えの奴が!」


「よし!かかったか!」



秋成の誘い込まれた場所から少し離れた所に位置する、ある寂れた神社。

彼等が根城とし、千紗を囚えていたその場所に、慌ただしく駆け込んで来る者があった。


「ん?お主、どこかで見覚えが?」


駆け込んで来た人物。そのどこか見覚えのある顔に千紗は眉をしかめて考えた。

賊に知り合いなどいるはずもないのだが、一体どこで見たのだったか?



「あっ!お主!!さっき市で会った子供ではないか?」



そしてやっと行き着いた記憶にあっと叫ぶ。

そうだそうだ。先程秋成と二人、市の外れにいた時に、声を掛けてきた子供ではないか。

確か名前を、春太郎と呼ばれていたか?

予期せぬ春太郎との再会に、千紗は驚かずにはいられなかった。

まさか、彼も賊の一人だったとは。



「ご、ごめんねお姉ちゃん。こんな事に巻き込んで……」


千紗の上げた驚きの声に、まるで責められているような気分になった春太郎は、申し訳ないと言った様子で謝る。



「よいよい。これも人助けじゃ」


「え?」



だが、千紗から返ってきた思いもかけなかった言葉に、今度は春太郎が声を出して驚いた。

そして、何故人質であるはずの彼女が、怯える様子もなく、自分達のかしらと笑いあっているのか。

状況が呑み込めない春太郎は、兄貴と慕う頭の少年に説明を求めて視線を送った。

春太郎の戸惑いに、賊の頭である少年はフッと笑みを零し、ゆっくりと腰を上げ立ち上がった。



「面白い姫さんだろ。自分から進んで俺達に協力するって言うんだぜ」


「えぇ??そうなの?」


「ってわけで姫さん。あんたは協力者であると同時に大事な人質だ。何かあったら困るから、今はまだここで大人しく待っていてく。俺はあんたを迎えに来た奴らの所へ行って来る」


「うむ。分かったぞ。妾はここで、大人しく待っておればよいのじゃな」


「あぁ。良い子で頼むぜ。それからヒナ、心配はいらないとは思うが、一応その姫さんは人質だから、姫さんが万が一にも逃げ出さないよう、お前はここで姫さんを見張っててくれ。頼んだぞ」



頭の少年から下された命令に、コクンと小さく頷くヒナ。

二人からの素直な返事に頭の少年は満足気に微笑むと、春太郎と共にこの寂れた神社を出て行った。





「…………」


「………………」



小さな寂れた神社の社の中、二人ポツンと残された千紗とヒナ。

まだ会って間もない二人の間に会話はない。

千紗と二人きりになった事で、ヒナは何故か言いようのない恐怖感から、この状況に緊張していた。


それもそのはず。先程からジリジリと、でも確実に自分との距離を詰めてきている千紗。

その顔には何かいけない事を企む悪人のような不敵な笑みが浮かんでいたのだから。



「ヒナ」


そしてヒナの恐怖に先に追い打ちをかけるように、千紗がヒナの名を呼んだ。

千紗の呼びかけにビクンっと肩を震わせるヒナ。

恐る恐る千紗の顔を見たヒナに、千紗は更に不敵に笑いながら言った。



「お主に一つ、提案があるのだが」


提案?一体彼女は、何を企んでいると言うのだろうか?

千紗が口にした提案の内容を聞くのが怖かったヒナは、今もまだジリジリと迫りくる千紗との距離を保とうと、一歩、また一歩と後ろへ下がっていく。

だが、遂には逃げ場を壁で塞がれてしまったヒナは万事休す。迫り来る恐怖に息を呑んだ。


そして………




***



千紗の口から驚きの提案内容が告げられていた、その頃―――


如意ヶ嶽に足を踏み入れて以来、感じていた人の気配を追って辿り着いた先の地で、秋成は数人の賊に取り囲まれていた。

賊と言っても、まだ年若い少年達。中には10にも満たない幼子までいる。

そんな幼い少年達の中で一人、ずば抜けて背が高く、精神的にも落ちついた雰囲気も男がいた。

身長と、その雰囲気から察するに、きっと彼が、彼らの中で一番最年長なのであろう。

年の頃は16、7と言った所だろうか?自分とそう歳の変わらないこの男を、少年達が前後左右、取り囲むようにして立ち並ぶ。

その姿に、一番年長のこの男が、賊を纏めるかしらである事は、秋成にもすぐに理解できた。


そしてその男の、ニヤニヤと余裕に満ち溢れた笑みを浮かべながら自分を見据えるその視線に、居心地の悪さを覚えて、秋成はきつく男を睨んだ。



「千紗を返せ!」



鋭い視線で睨み付けながら大声でそう叫ぶ秋成。



「返して欲しかったら、こっちの要求した物をささっと寄越しな」



だが、賊の頭は秋成の怒りに全く怯んだ様子はなく、ヒョウヒョウと言い返す。



「千紗を返せっ!!」


「だから、要求したものを渡したら返してやるって。米は?用意してきたんだろうな?」


「千紗を返せ!!」


「あぁ?!だ~か~ら~!!!」



千紗を返せの一点張りで、全く噛み合わない会話に賊の頭も大声で怒鳴り始める。

お互いに一歩も譲らない二人のやり取りに、周りの空気も次第にピリピリと張り詰めて行く。

そして、賊の長である少年をきつく睨みつけたまま、ついに秋成は腰にささる刀へ手をかけた。

秋成の動きに、一瞬にして緊迫感は最高潮へと高まった。


頭を守るよう、彼の周りに立っていた仲間達もまた、手に持っていた武器を構え始める。

彼等の手に握られている武器。それは刀ではなく、鋤や鍬。土を耕す為の農具だ。

きっとまだ幼い彼等は、戦い慣れてはいないのだろう。

農具を構えながらも、握るその手は小刻みに震えている。

秋成は、そんな彼らの躊躇いを見逃さなかった。



「やぁっっ!」



掛け声と同時に踏み出した秋成の一歩に、賊の少年達は一瞬怯んだ。

その隙をついて、彼等をするりと掻い潜り、頭の少年目掛けて刀を振り上げる秋成。

“カキーン”

次の瞬間聞こえて来たのは金属と金属とががぶつかり合う乾いた音。



「っ!」



秋成の力強い一撃は、賊の頭の少年が頭上で掲げる刀に見事に捉えられてしまっている。



「……刀?」



頭の少年が自分の刀を受け止めている珍しい形をした武器に、秋成は驚きの表情を覗かせた。

てっきりこの少年も、農具が武器なのかと思っていたのに、彼はどこに隠し持っていたのか、あまり見慣れぬ、刃の下のあたりが湾曲した……腰反りの刀で、自分の攻撃をいとも簡単に受け止めているではないか。

そして頭の少年は、他の少年達と違って武器を手にする事に怯えがない。

それどころか、明らかに刀を使い慣れている。

秋成の一太刀を抑えた彼の剣捌きに、秋成は力を緩めて後ろへ退いた。



「その刀……お前、坂東人か?」



腰反りの珍しい形をした刀をまじまじと見つめながら秋成は問う。

秋成の口から出た意外な単語に頭の少年は目を見開いた。



「これは驚いた。何故分かった?」


「俺は、それと同じ形の刀を持つ人を知っている。その人に以前聞いた事がある。どうしてその刀は反りのついた珍しい形をしているのかと。その人は言っていた。戦の多い坂東の地ならではの理由で独自進化を遂げ、生み出された形なのだと。」


秋成にそう話して聞かせたのは、坂東出身である義兄。小次郎だ。

そして小次郎はこうも言っていた。反りが入った事で直刀に比べ切れ味も格段に上がっていると。



「成程。そいつの言う通りだ。こいつは、坂東の地で生み出された刀。そして俺もまた坂東出身者だ。」



坂東出身者と聞いて、秋成は全てが納得いった。

彼一人だけが明らかに賊の少年達と違い、異質であった理由を。

坂東は、戦の多い土地だと小次郎は言っていた。子供の頃から戦に備え、武術を身につけさせられる。

そして、技術だけではなく、子供であっても実践に駆り出されると。

だからこそ、彼は刀を構えにらみ合ったこの真剣勝負の場でも、怯える事なく余裕で笑っていられるのだろう。

目の前の男に底の見えない怖さを感じて秋成の刀を持つ手に力が篭もる。



そんな秋成の姿をまじまじと見つめながら、フッと笑みを零す頭の少年。

秋成を観察しながら、彼は千紗としたある会話を思い出していた。




―――『お主達を見ていると、一人の馬鹿を思いだす。そやつも妾の屋敷に忍び込んで来てな。幼いながらに真正面から貴族の妾に楯突いた。度胸のある奴だと関心したものだ。馬鹿な奴程、妾を応援したい気持ちにさせる』―――



千紗の話していた馬鹿とは、この男の事ではないのだろうか?

何故そう思ったのかは分らなかったが、彼の直感がそう告げていた。




「確かに、面白い奴だ」


「?」




その呟きを不思議に思いながらも、彼が見せたその隙をついて今一度彼の間合いに入り込む秋成。

激しく何度も斬りかかる。



「おっと!」



カキン、カキンと刀と刀の弾きあう音が辺りに響く。

二人の激しい鍔迫り合いが始まった。


何度となく、力強く打ち込む秋成だが、悉く彼の刀に受け止められる。

次第に打ち込んでいたはずの秋成が、打ち込まれる側へと体制が変わっていく。

やはり実践経験の違いなのだろうか。打ち込まれる度、頭の少年の振り下ろす剣の、ずっしりくる重み。その重みに腕がビリビリ痺れて行く。

そしてついには、受け止めきれなくなった力に弾き飛ばされ後ろへよろける。

その一瞬の隙をついて、秋成の首もとに賊の少年が構える刀の切っ先が突きつけられた。



「………っ」



形勢逆転にニヤリと嫌な笑みを浮かべる頭の少年。

それでもなお、彼を睨みつける秋成。


挿絵(By みてみん)


「良い顔してんじゃねぇか。刃ぁ向けられてるこの状況で」


「……千紗を返せ」


「っ………」



この追い詰められた状況の中でも、秋成の口から出た言葉に少年は一瞬、目を丸くする。



「………ククク」



そして、ついに堪えきれず、彼の口から笑いが漏れた。



「あ~もう、負けたよ。あんたの主に対する忠誠心には。安心しろ。こっちだって、盗みはしても人殺しにまで落ちぶれるつもりはない。あんたの大事な姫さんは無事に保護してる」


「信じられない。千紗は何処だ?千紗に合わせろ!」


「はぁ……。頑固だね。分かった分かった。姫さんに合わせてやるよ。おい、ここに姫さん連れて来てやれ」


「でもっ、四郎の兄貴………」


「大丈夫。無事を確認させるだけだ」


「でも……」


「いいから!連れて来い!!」



渋る様子の子供達に強い口調でそう促す。

仕方なく、子供達はその場を後にした。

彼らを見送った後、秋成に向けていた刃を収めると、子供達に“四郎”と呼ばれた少年は、秋成にも刀を収めるよう促した。



「悪いが刀は預からせてもらう。そっちの要求は呑んだんだ。こっちの要求も呑んでもらぜ?」


「………分かった」



四郎の言い分に、秋成は大人しく刃を地面に置いた。







「はぁ~…………冷や冷やさせおって」


そんな二人の様子を物陰から隠れて見ていた千紗は安堵のため息をつく。



「でも……秋成をあそこまで追い込むとは、あの者はいったい何者じゃ?

………っと、こうしてはおれん!神社に戻ったあ奴らに、ヒナと入れ替わった事がバレてしまう」




千紗は急いでヒナの待つ彼等の隠れ家である神社へと急いだ。







腰反こしぞ

刀の反りの中心が、(つか)に近い方にあるもの。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ