思いがけない協力者
「所で、今日は突然に何用で豊田に参ったのか、訊いても良いだろうか?」
「はい。私は今日ここへは、父よりの命を受けて参りました。将門殿が再び良兼伯父達と戦をする事あらば、私は将門殿の味方となれと」
「……」
忠輔の申し出に、小次郎は驚きのあまり目を見開いて彼を見た。
「今の将門殿のお立場を、父はとても案じております。我が父は、ご存知の通り平氏一門の中では浮いた存在。はみ出し者の苦しみは、誰よりも父が知っております。でも、そんなはみ出し者の父を、兄弟の中で将門殿の父君だけはいつも気にかけてくださったと、父はよく語っておりました。今、我が父が陸奥守として、帝の為働くことが出来るのは、鎮守府将軍として活躍なさっていた良将様の推薦があったればこそ。今こそ良将様のご恩に報いるべき時。と、そう父より命を賜って参りました。是非とも我等をお味方に加えてはいただけないでしょうか?」
「…………忠輔殿……」
忠輔の申し出に、小次郎はただただ驚くばかり。
忠輔にとって、今の自分と手を組む事に、何か利点があるとも思えない。
彼の父、良文叔父が有する土地の多くは、相模国と武蔵国にある。普通なら他国の争いになど巻き込まれたくないと思うもの。波風立てず、ただじっと見守る事こそが良文、忠輔親子にとっては得策のはず。
それなのに、利よりも情を重んじた良文、忠輔の申し出に、小次郎は胸の奥に熱くなるものを感じた。
「忠輔殿……思ってもいなかった申し出、誠に有り難く存ずる」
感謝の意を込めて、忠輔に向け深く深く頭を下げる小次郎。
「ま、将門殿っ、そんな、頭をお上げください」
「いや、忠輔殿の申し出には、いくら感謝してもしたりないのだ」
欲に溺れ、情を忘れた者達に、幾度となく心を傷付けられて来た小次郎。
そんな彼の心を、良文、忠輔がかけてくれた情は、じんわりと優しく温めてくれたのだ。
――『心だに誠の道にかなひなば祈らずとても神や守らん(訳:心さえやましくなければ、ことさら神に祈らなくても、自然に神の加護があるであろう)』
あの詩を千紗が言付けた意味が、今少しだけ、小次郎にも理解できた、そんな気がした。
「おぉっと将門さんよ~。棟梁がそう簡単に頭を下げるもんじゃないぜ」
ふとその時、小次郎が忠輔に向け謝意を伝えていたその背後から、突然に小次郎を叱責する声が飛んできた。
「あぁ!お前っ?!」
続いて聞こえて来たのは、四郎の怒りを含んだ驚きの声。
何事かと顔を上げ、小次郎が見上げた先には
「………玄明?!」
いつだったか小次郎が身柄を取り押さえた自称大悪党、藤原玄明が立っていた。
「よぉ!久しぶりだなぁ将門」
「この厄病神! 今更何しに来やがった!! 」
「おうおう、相変わらず子猿は、キャンキャンキャンキャンうるせぇな」
「誰が子猿だっ!」
突然、何の前触れもなく訪れた玄明だったが、久しぶりの再会を喜ぶ間もなく四郎との喧嘩が始められる。
四郎が猿と言うならば、さしずめ玄明は犬といったところか。相変わらず犬猿の仲である二人のやり取りをどこか楽しげに見守りながら、小次郎は「玄明、何故お前がここに?」と率直な疑問を投げ掛けた。
――藤原玄明。
自称大悪党の彼は、先の戦で小次郎に力を貸してくれた数少ない人間の一人だった。
だが、戦が終わった後、気付けば知らぬ間に姿を消していた。
自称“大悪党”であり、流浪の旅人でもある彼の事だ。再び流れたのだろうと、小次郎は思っていたのだが。
「なんでぇなんでぇ。再びの戦の噂を聞き付けて来てやったって言うのに、つれねぇなぁ。俺様がここに来た理由なんざ、そこにいるわっぱと同じさ」
「わ、わっぱとは、私の事でしょうか?」
わっぱと呼ばれ、落ち込む忠輔。
そんな忠輔の横で、玄明の言わんとしている事が分からないと、首を傾げる小次郎。
「…………おいおい、なぁに首を傾げていやがる。ここまで言えば、分かるだろ? 俺様が言わんとしている事が、分かるだろ??」
「??」
「……おいおいおい。これ以上は言えねぇぞ。俺様の口からは言わねぇぞ。そっちで察してくれや」
「はん。言えないってんなら好都合。おっさんにはさっさとお帰り願おうか」
「だぁれがおっさんだ。俺様はな、まだピッチピチの20代だっ! 子猿は黙っとけ」
「子猿じゃねぇ!こっちだってもうとっくに元服を済ませた立派な大人だぁ! 馬鹿にすんな!」
ガルルと互いのでこをぶつけあい、いがみ合う四郎と玄明。
どうしたら良いのかわからない様子で二人をオロオロと見守る忠輔。
久しぶりに賑やかな屋敷の様子に、小次郎はと言えば、久しぶりに声を上げて笑っていた。
「兄貴! 何が可笑しいんだ! 笑ってないで、さっさとこのおっさんを追い返してくれよ」
「何~? 人がせっかく助太刀に来てやったて言うのに!俺様の親切を無下にするつもりか?……って、あぁ~言っちまったぁ!? 自分の口から言っちまったじゃねぇか、この野郎」
「何が助太刀だ。おっさんが余計な事して事態をややこしくしてくれたおかげで、こっちはあの後大変だったんだからな。謀反の疑いかけられて兄貴は京へ呼び出されるわ、折角集まりかけてた同盟もパァになって、忘れたとは言わせねぇぞ!!」
「な~に~? そもそもな、あの戦は俺様が敵さんの情報を事前に集めて、教えてやったからこその勝利だろ! 子猿の方こそ忘れちまったのか」
「さぁ、どうかな。情報なんかなくたって、きっと兄貴なら勝ててたさ。とにかく俺達はおっさんの助けなんて必要としちゃいない。わかったらとっとと帰りやがれ! そして二度と俺達に関わるな! おっさんに関わるとろくな事がないんだからな、この疫病神!!」
益々激しさを増して行く玄明と四郎の言い争い。
それにつられるように、小次郎の笑い声も大きくなって行く。
「兄貴、さっきからうるさい! だから笑ってないで早くこのおっさん追い返ししてくれって!」
「何がおかしいんだ将門! お前もこの小猿のように、俺様の助けはもういらないって言うのか?」
「いや、そんな事はないさ。願ってもない申し出だ。貸してくれると言うのなら、是非ともまたお前の力も借りたいよ、玄明」
「ちょっと兄貴っ!」
小次郎の言葉に、玄明は照れたように、でもどこか満足気に笑う。
対称的に、四郎は不機嫌そうで、そんな弟をなだめながら小次郎は、玄明と忠輔、二人に向かって手を差し出した。
二人は一瞬、驚いた表情を浮かべながらも、差し出された意味を察して小次郎の手を握る。
不機嫌な顔はそのままに、更にその上にもう一人、四郎の手も重ねられる。
繋がりあった四つの手を暫く見つめた後、誰からともなく四人はそれぞれに、互いの顔を見合わせあった。
この瞬間、小次郎と忠輔、そして玄明の間に、同盟関係が結ばれた。
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●鎮守府将軍
奈良時代から平安時代にかけて陸奥国に置かれた軍政府である鎮守府の長官。
陸奥国と出羽国(現在の山形、秋田県)の両国に駐屯する兵士を指揮し、平時におけるただ一人の将軍として両国の北方にいた蝦夷と対峙し両国の防衛を統括した。
平安時代中期以降は武門の最高栄誉職と見なされていた。
今年最後の投稿。
思いがけず、記念すべき?100話目となりました。
今年は物語を第1幕まで書き上げる事ができ、第2幕に入る事もできました。
長い長い物語を、ここまでお付き合い下さいました貴方様には心から感謝致します。
まだまだ先の長い物語となりますが、この先も頑張って投稿を続けて参りますので、2024年も何卒宜しくお願い致します!
目指せ隔週更新!