序章
「どうして……どうしてこんな……」
赤く生暖かいものが顔や体に飛び散った。
秋成に突き刺さる刃。
それを突き刺さしているのは彼の義理の兄、小次郎。
「どうして?どうして二人が……」
不意に秋成の体がぐらりと揺らぎ、力なくその場に崩れ落ちていく。
千紗は倒れ込む秋成を抱き起こし、血を止めようと必死に傷口を押さえた。
手に感じる生暖かいもの。
それはとめどなく溢れ出し、秋成の着物をじわじわと赤く染め上げていく。
そんな二人を、ポタポタと赤い雫が滴る刃を真っ赤に染めた手で握りしめながら、小次郎は苦痛に歪んだ顔で見下ろしていた。
千紗は涙でくしゃくしゃになった顔を上げ、きつく小次郎を睨みつける。
「どうして……どうして秋成をっ!!」
そして、叫びにも似た声で小次郎を責め立てた。
すると小次郎は只一言「すまない」と短く答えただけで、前髪に隠された顔には一粒の涙が零れ落ちていた。
「そんな顔するならどうして……どうしてこんな……」
涙する小次郎に、千紗はそれ以上何も言う事はできなくて、誰に怒りをぶつければ良いのか、どうすれば秋成を助けられるのか、やるせなさに強く唇を噛み締めた。
そして気が付けば、秋成にあたってしまっていた。
「秋成のバカ者!約束したではないか。いつも私の側にいると。側で守ってくれると、約束したではないか……」
後から後から流れ落ちる涙を必死に拭いながら、傷 を追った秋成に責めるような言葉を吐き捨てる千紗。
不意に彼女の頬に、秋成の手が伸ばされる。
ひんやりと冷たい秋成の手が千紗の頬に触れた。
「……秋成?」
「そんな顔……するな……千紗。俺は……これからもお前の側で……お前を守る……から………」
「嘘じゃ! 死んでしまったら、もう側になどおれぬではないか! 守ってなど……貰えぬではないか……」
千紗の涙ながらの言葉に、ふっと優しい笑みを浮かべた秋成。
けれども笑顔を見せた次の瞬間、千紗の頬に触れていた秋成の手は力を失い、地面へとゆっくり、下ろされていく――
「……秋成? 秋……成………? 秋成~〜〜!!」
暫くの間、何度となく彼の名を呼んだ千紗。
けれどもあの笑顔を最後に、二度と千紗の声に秋成が答る事はなくて――
「……いやぁぁぁぁぁ~~~~~~」
哀しみや絶望、怒り、整理のつかやい様々な感情が千紗の中で叫びとなって、辺りに響き渡った。