第6話 ようこそ、使役者(エンプロイメンター)寮へ!
延期したうえに遅くなってすいません。
どうぞ、ごゆっくり(^-^)/
「ゾグ教官!機甲科の授業はいつ始まりますか?」
「馬鹿者ッ!貴様のようなヒヨッコは、一に座学、二に座学、三、四が無くて、五に座学であーる‼︎」
我輩もその通りだと思う。専門分野を学ぶ前に、まず基礎となる教養を身につける必要がある。我輩は騎兵について自信があるが、それでも至らぬ点は多い。単語のつづりなどは、その最もたるものだ。
「どうしても、専門兵科についてヒヨッコのうちから関わりたいなら、先輩とコネを持つのであーる!きっと、戦車でも魔方陣でも触らせてくれるはずであーる。そして、自分の未熟さに気付けば良いのであーる‼︎」
……何ごとにも抜け道はあるというわけか。ゾグ教官はああ言っているが、我輩の見立てではこのクラスメイト達、無駄に才能がある。試しに専門兵科に関わってみたら上手くいって基礎を馬鹿にし始める、我輩は前世でそんな奴をたくさん見たぞ。
「教官!俺、もう乗馬は完璧だぜ!すぐにでも射撃とかの訓練をすれば、飛び級で卒業できるに違いないんだぜ!」
あぁ、ミコワイ、そこまで騎兵を甘く見ているなんて……我輩は残念である。それで済むのは百歩ゆずっても、下っ端だけだ。ここは士官学校なんだがなぁ?
「うーい、今日はこれで解散であーる。午後は教科書で予習をするなり、図書館で本を読むなりして、勉学に励むと良いのであーる!ただし、ミコワイは教官室に来るであーる‼︎みっちりと、座学の大切さを叩き込んでやるのであーる‼︎」
「そんなー!酷いんだぜぇーッ!」
ミコワイの断末魔とともに一般教養クラスの初日は終わった。自己紹介の他にも校内設備の案内や予習についての助言があったのでとても助かる。午後は予定がないのでいろいろやってみるかな!
「タマ、一緒に昼飯でも食べた後、図書館に行ってみないか?」
「すまないでござる。拙者は馬の貸し出しの手続きが長引きそうでごさるからまた後で、でござる。」
いきなり1人になってしまった。勉強は1人でもできるが、やはり寂しい。我輩はこれでも前世での若いころ、寄宿舎学校の生活に憧れていたのである。
「ねぇ、ノートン君、その、良かったら、一緒に使役者寮の食堂に行かない?その、ちょっとね、面白いメニューがあるの!」
これぞ天恵!隣の席のクララのご招待に、我輩はありがたく参上することとした。
魔法使役物科の寮は一般教養校舎の傍を流れる小川の下流にある。だから我輩とクララは川沿いの道を散歩するように進んだ。
「ところで、ひとつ尋ねたいのだがその服装は民族衣装か何かなのかい?我輩はその辺疎いのだが、魔法使役物科の制服では無いようだね。」
我輩はせっかくの機会なので彼女の白装束について尋ねてみた。先に帰った彼女以外の魔法使役物科生2人は制服を着ていたので、不思議に思ったのだ。
「えへへ、これはね、体内魔力が特に多い生徒が普段の生活に困らないよう、魔力を抑える特別な服なの!魔力が多いってことは立派な使役者になる素質があるってことだから、私のちょっとした自慢なんだ!」
「とても似合っているよ、君の紺色の髪が良く映える。」
この髪はお母さん譲りなのだと、彼女は頭の後ろでひとつに纏めた三つ編みを触りながら話してくれた。
「お母さんもこの学校の卒業生で、とっても優秀な使役者だったの……」
もう死んじゃったんだけどね……そう話す彼女の声が悲しみよりも、怒りで震えていた気がするのは何故であろうか?
「……暗い話をしちゃってゴメンね。あっ、もう寮が見えて来たよ!」
彼女の身の上に興味がないわけではないが、今はそれより大切な事がある。我輩はクララの手をとって駆け出した。
「えっ、ノートン君⁉︎寮は向こうだよ!こっちに行ったらどんどん遠ざかっちゃう!」
「……どうも我輩達を尾行している者がいるようだ。」
そんな!と驚くクララ。我輩はなるべく曲がり角や分かれ道の多い道を求めて、市場の方へ走った。もちろん、淑女が転ばないように心配りしながら。
(初めはミコワイやタマがふざけているのかと思ったが、動きにキレがある。間違いない、それなりの専門知識を持った人物……しかも2人!)
都合の良さそうな曲がり角が見えた。我輩はサッとクララを抱えると、彼女を傷付けないように注意しながら素早く物陰に飛び込む。
「の、の、の、ノートン君⁉︎」
「静かに、クララ……」
我輩達が物陰で息を潜めていると、黒服の男が通り過ぎた。クラスメイトのエージェントAだ。
(1人は彼だったか……もう1人は⁉︎)
しかし新たな人影が現れることはなかった。気付かれたことを察して、尾行を諦める判断ができる人物。
(どうやら、素人ではなさそうだ。)
「……あの、ノートン君。その、そろそろ降ろしてくれる?抱えられているのは、ちょっと恥ずかしいよ……」
「おっと、済まない!」
我輩はいわゆるお姫様抱っこの状態になっていたクララを静かに降ろした。彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまっている。ん?彼女の頭頂部が不自然な動きをしたような?気のせいかな?
「……A君のことだけど、私は大丈夫だよ!」
「……その根拠を話して貰っても構わないかな?」
クララが言うには、体内魔力が多い彼女は国に重要人物として指定されており、幼い頃から護衛という名の監視を受けて来たのだという。
「私みたいな子は犯罪組織や敵国に誘拐されることもあるの……だから!A君も善意でやってくれていると思うの‼︎」
なるほど、淑女をコソコソ付け回すのは紳士としてはいただけない。しかし、それで彼女の日常が守られるのならば必要なことなのだろう。
(となると、もう1人も情報部の人間だろうな。)
「それよりも、早くしないと売り切れちゃう!早く食堂に行かなくちゃ!」
我輩はクララに手を引かれ、魔法使役物科寮の食堂への道を戻り始めた。やれやれ、紳士を先導するとは、彼女は思いの外、おてんばかもしれない。
「これが使役者寮食堂の限定メニュー、『ざるそば』だよ!」
我輩はこの世界にも蕎麦があったことに驚いた。しかし、白軍時代にコサック達と食べたロシアのものとは調理法が異なるようで、形状はイタリアのパスタに似ている。
「なんだかニョロニョロして可愛いでしょ!こうやって、汁につけて食べるの!」
可愛いのは『ざるそば』ではなく君だよ、と言いかけてやめる。彼女は真剣に食べ方を説明してくれているのだ。静かに聞くのが礼儀だろう。
「あら、クララちゃん今昼食?まぁ!初日からほかの寮の男を連れ込んじゃって、しかも『ざるそば』食べてる……私の魔力と『うどん』の力でこの寮を清らなる白に染め上げる!って先行活動で宣言した貴女は一体何処へ……(笑)」
我輩がクララの真似をしてツルツルと『ざるそば』をすすっていると、食堂に入って来たナモ族らしき女性がクララに絡んできた。
「せっ、先輩⁉︎あれは、『うどん』を馬鹿にした人がいたから、ついカッとなって言っただけで……私は『ざるそば』も好きです!」
「……横から失礼しますが、先行活動とは何ですか?」
クララの宣言や『うどん』も気になるが、我輩は聞き覚えのない『先行活動』について尋ねてみた。
「入試が終わってから、各兵科の上級生達が非公式に新入生を歓迎する行事さ!そこで簡単な技術とか知識とか、あるいは任務とかを与えられるんだけど、騎兵科では無いのかな?異世界大将軍のノートン君?」
「どうして我輩のことを?」
騎兵科の先輩方が『新入生叩き起こし合戦』しか歓迎行事をしてくれていないのはショックだったが、まずはこの先輩の素性を知らなくてはならない。
名前と兵科はともかく、今日ついたばかりの二つ名まで知っているとは只者ではない。
この先輩は我輩を知り、我輩はこの先輩を知らない。
事と次第によっては、非常に危ういことである。
「そんな怖い顔しないでよ、私って見ての通り、ナモ族でしょ?君と同じ部屋のタマに聞いたのよ。あの子ったらナモ族の同族会に挨拶も無しに馬の手続きを優先するんだもん!同族会長として、さっき張っ倒して来たとこよ!」
なるほど、タマも気の毒に。しかし、この先輩が同族会長か。同郷会のようなものだったはずだから、かなり影響力がありそうだな。
「ところでさ、ノートン君とクララはどういう関係なわけ?チューとかしちゃってるん?ん?」
「先輩‼︎ノートン君はただ『ざるそば』を食べに来ただけです!別に、その、恋人とかじゃ、なくて……」
顔を真っ赤にして恥ずかしがるクララの耳元で、先輩が何事かをささやく。我輩は無礼を承知で再び『ざるそば』を食べ始める。紳士もお腹は減るのだ。
「チョロインなんかじゃありません‼︎……ひっ、一目惚れですぅ……」
突然クララが叫んだので、我輩は危うく『ざるそば』を吹き出すところだった。叫んだ後のつぶやきは聞こえなかったが、『チョロイン』とは何であろう?ゾグ教官の『リア充』に続いてまた不明な単語が出てきた。少なくとも、褒め言葉ではなさそうだから、後で辞書を引こう。
「まぁ、何にせよ、ノートン君はここにやって来て、ここの食物を食べた。クララはこれを狙ってたんじゃないの?策士だねぇ〜。」
「えっ、まさか!あんな古い風習を適応するんですか⁉︎」
クララが驚きの声を上げる。……どうも我輩は面倒事に巻き込まれたようだ。先輩は椅子の上に飛び乗ると演説を始めた。
「この世界には多くの民族がいる!そして同じ数だけ神話がある!」
いつの間にか食堂に魔法使役物科の生徒達が集まっていた。その中には同じクラスの小人の女子と尖った耳の長身女子もいる。クラスて見たときとは別人のように楽しそうな笑顔を浮かべている。
「神話の伝えるところはそれぞれ異なるが、共通点も多い!では、諸君!別の世界から来て、私達の世界の食物を食べた者。つまり同じ釜の飯を食った者、それを何と呼ぶか?」
「私達の仲間!」
「つまり、使役者だ‼︎」
うぉー!と歓声が上がる。我輩はいつの間にか使役者にされてしまった。困ったな、我輩は騎兵なのだが。
「ま、安心しなよ、ノートン君。何も兵科の移動を強制したりはしないさ。これからは何時でも使役者寮に遊びに来てくれて構わない。困った時は相談に乗るよ。」
先輩がそんなことを言うと、クラスメイトである例の2人が近寄って来た。
「ノートン、君の自己紹介はとっても楽しかったよ!
故郷で長老の話を聞いていた、幼い頃を思い出したよ。」
耳の尖った長身女子、エルフィが手を出しながら言う。我輩も改めて名乗りながら握手した。彼女は尖った耳を除けば、スカンディナヴィアの美人といった感じで、馬オタクの友人の奥方をどこか思い出させる。
「自己紹介の時は無愛想でゴメンね。私ら妖精族はあんまり言葉を発すると魔力が漏れちゃうから……席も近いし、私達の代わりにクララのことをよろしくね!」
小人の女子、リンとも握手する。エルフィとは対照的に中央アジアの遊牧民の美人を思わせる顔立ちの彼女は、手もゴツゴツしていて懐かしい気持ちにさせられる。南部の綿花農園で我輩を世話してくれた乳母の手に似ているのだ。
「エルフィ、リン。我輩はなんだか君達と、初めて会った気がしない。」
我輩が正直な気持ちを伝えると、彼女達は笑った。
「ふふふ、言いたいことは分かるけれど、まるで口説いてるように聞こえるわよ?」
「これ以上話しているとクララがヤキモチ焼くから、もう行くね。また明日!」
ヤキモチなんか焼かないもん!と叫ぶクララを置いて2人は離れて行った。しかし、食堂から出て行くつもりは無いようで、遠めの席についてこちらをチラチラ見ている。クララが心配なのだろう。
「もう!姉妹揃って私をからかうんだから‼︎」
「……あの2人は姉妹なのか?他意は無いのだが、容姿がずいぶん違うように感じたぞ。」
クララが言うには、2人は二卵性の双子でエルフィはお母さん似、リンはお父さん似なのだそうだ。妖精族は個人個人で容姿がかなり異なり、中には直立二足歩行ですらない者もいるという。それゆえ差別の対照になりやすく、寮に籠りっきりの者も多いとか。
「……ところで、2人と仲良く話していたけど、ノートン君は、その、やっぱり、エルフィみたいにスラッとしたカッコイイ女の子とか、リンみたいに小さくて可愛い女の子が、その、好みだったりする?」
君が1番好みだよ、と言いたい気持ちを抑える。これではそれこそ、口説いているようだ。思ったことを口に出すだけが誠実さではない。
「いや、2人とも美しい女性だとは思うが、知り合いに似ていてね。ちょっと恋愛対象としては考えられないな。」
「そ、そうなんだ!……えへへ。」
なんとか次第点をもらえたようだ。ホッとする我輩のところへ、ナモ族同族会の会長がニヤニヤしながらやって来た。
「よう、色男!私という美女を放っておくとは何事だい?口説いてくれても良いんだぜ⁉︎」
「ははっ、遠慮させていただきます。」
まったく男は自分より若い女ばかり褒めるんだから、と笑いながら先輩は絡む相手をクララに切り替えた。
「クララ、君もそのつもりだろうが、彼に例の話をするなら早い方が良い。クラス内で何かあったときの為に協力者は不可欠だ。私達も何時でも助けられる訳じゃない。」
「はい、わかっています。でも、やっぱり……」
「ふふふ、裏切るような男なら使役者寮の守護霊が彼に死ぬより辛い苦しみを与えてくれるさ……」
恐ろしい言葉が聞こえた気がしたが、空耳だ。紳士は淑女達の会話の盗み聞きなどしない。アー、アー、聞こえないったら聞こえない!
「……ノートン君、あのね!」
「はいっ⁉︎」
我輩が呼ばれるがままに顔を見ると、クララは恥ずかしそうに目線を逸らし三つ編みを解き始めた。
「⁉︎」
「さあさあ、ノートン君。女の子が髪を解いて居るのをジロジロ見ているもんじゃないよ。待っている間、おねーさんと踊ろうか!」
そう言うなり、先輩は手を叩き、足を打ち鳴らし始めた。スペインのフラメンコのような、いや、これは……
(綿花農園でアフリカ系の労働者達が踊っていたダンスだ!)
自然に手足が動く。我輩はいつの間にか先輩に合わせて手を叩き、足を打ち鳴らしていた。
「へぇ、やるじゃん。タップにばかり気をとられず、音楽性を持ってる。」
「足を打ち鳴らすのは、あくまで歌唱の代わり。ダンスは理屈を捏ねて技術を競うものではなく、互いの魂をぶつけ合う芸術ですよ!」
我輩達のダンスは次第に激しさを増す。いつの間にか音楽まで流れてきた。楽器を持った者はいないからきっと魔法なのだろう。
「ふふふ、わかるかい?使役者寮の守護霊達が君を祝福しているんだ!」
我輩は前世での日々を思い出す。農園での休み時間にダンスを教えてくれた労働者達。上海で見た龍の舞。アラビアで耳にした様々な弦楽器の旋律。西部戦線の塹壕で敵味方共に歌ったクリスマスソング。白軍兵士達と寒さを凌いだ夕闇のコサックダンス。そして、赤ん坊をなだめる乳母が歌っていたウェールズの子守唄。
「音楽は何時だって、何処だって、人と人とを繋いでくれる。」
「その通りさ!まったく君に惚れちゃいそうだよ、ノートン君!」
先輩が片目をつぶる。我輩もウィンクを返す。音楽は最高潮に達し、そして終わった。
ヒューヒュー。パチパチ、パチパチ。
見物していた魔法使役物科の生徒達、いや、使役者の仲間達が称賛してくれる。先輩は我輩に拳を突き出して言った。
「君は魔力は無いようだが、もっと大切なものを持っている。だから、仲間を、クララを任せる。」
「……気づいておりましたか。」
我輩は先輩の拳に自分の拳を軽くぶつけながら答えた。
転生者だからだろうか?我輩はこの世界の人々が多かれ少なかれ持っている、魔力という力が一切ない。だから、体内魔力を消費する道具は一つも使えないのだ。
「さぁ、お姫様の準備が出来たようだ。頭を撫でてやってくれ。」
「ノートン君……優しくしてね?」
我輩は先輩に言われるがままに、その紺色の美しい髪をすっかり下ろしたクララの頭を撫でた。
「んっ、んー!」
「ノートン君、もう少し優しくやってやれ。リラックスさせるように、優しくだ。」
ついこもってしまう力を緩め、優しい表情を心掛けてクララの顔を見つめる。アクセントを付けるために顔の横に手をやると、彼女の耳に触れた。にゃん、と彼女の口から声が漏れる。
「……可愛いな。」
「⁉︎」
ぴょこん、とクララの頭から何かが飛び出す。見るとナモ族同族会の会長である先輩やタマの頭にあるような猫耳があった。しかし、先輩やタマの耳は頭の上にしかなかったはずだ。
「……見て分かるだろうがね、ノートン君……」
クララはバニア人とナモ族のハーフなのだ、と先輩は言った。
新ヒロイン、クララを任されたノートン。
騎兵であり、使役者でもある彼の、次なる試練とは?
次回、第7話 見えてきた繋がり、解け始める謎
お楽しみに(^-^)/
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投稿日予告一時休止のお知らせ
ちょっと資料集めと執筆と現実生活の予定が立たなくなりました。8月頃までは不定期に投稿させていただきます。
週に一度は確実に投稿できると思いますし、短編も思いつき次第書くかもしれません。
エタることだけは無いよう頑張りますので、ご愛読のほどよろしくお願いします(^-^)/