第5話 気になるあの娘は砲兵科
執筆時間を取れたので投稿を前倒しします。
では、どうぞよろしくお願いします!
騎兵科の朝は早い。
我輩は、一番鶏が鳴くよりも早く飛び起きると愛馬である疾風号のもとへ向かった。
疾風号は流れるような立髪と黄金色の瞳をもつ黒馬である。
この世界に召喚されたばかりで、言葉も風習もわからず不安だった我輩を勇気づけてくれたのが、ザモイスキー家で飼われていた疾風号だった。
「よしよし、時間もあるし一寸走るか!」
我輩は起床ラッパが鳴るまで起きる気のないミコワイに代わって彼の愛馬白王号の手入れをし終えると、疾風号に跨った。
白王号が恨めしそうに見つめてくるので、我輩はお前の御主人を起こそうとしたのだが上手くいかなかったのだ、と詫びて駆け出す。
ちなみにタマは現在、自分の馬を持たないので士官学校から借りる予定だそうだ。
疾風号も借り物ではあるが、召喚されて以来の仲であるから、もう1年程の付き合いになるだろうか?なんだかずっと一緒にいるような気さえする。本当に素晴らしい相棒だ。
春の朝、すこしばかりの肌寒さが寧ろ心地よい。英国では古傷の痛みが酷くなってからさっぱり馬に乗らなかったが、転生し若返った今では何の苦痛もない。
(もしや、ここが天国なのだろうか?)
そんな事を考え、すぐに否定する。神と天使に愛されていると自惚れるには、いささか命を奪いすぎた。
(それでも、前世の生き方に悔いはない。恥じるところもない。)
我輩の気持ちを察してか、疾風号がいなないた。まったく可愛いやつだ。我輩は立髪をそっと撫でてやった。
ガサゴソ、ガサゴソ。
近くの草むらが揺れ、疾風号が驚きいななく。我輩は愛馬を落ち着かせながら呼びかけた。
「草むらに隠れている者よ、馬に蹴られたくなければ静かに出てこい。悪いようにはしない。」
すると、青草の香りと共にのそのそと赤胴色の顔をした小人が現れた。
我輩はとっさに、英国で親友の息子の世話を任せた、ウェールズ出身の乳母の話を思い出す。見た者に幸運をもたらす鉱山の妖精、コブランの伝説だ。
しかし、よく見ると小人は士官学校の制服を着ており、しかもその階級証は3年生のものだった。
我輩は、疾風号がこの小さな先輩を蹴飛ばさないように注意しつつ、その背から降りた。そして、見下す形にならぬように片膝をつく。
「先輩とは気づかず、ご無礼致しました。我輩はこの度、騎兵科に入学いたしましたノートンと申します。以後お見知りおきを。」
先輩は無言であった。もしや礼節を意識し過ぎて、むしろ無礼であったろうか?そんなことを考えて瞬きをしたら、先輩はアッというまに消えてしまった。
困り果てた我輩がその場を離れようとした時、先輩が現れた草むらからカンカン、と金属を叩くような音が響いた。不思議に思って草むらをかき分けると、アルファベットのUの字に似た、錆びた金属塊があった。
「これは、蹄鉄かな?」
蹄鉄は前世では幸運のお守りとされたが、この世界ではどうであろう?とりあえず、先輩の忘れ物という可能性もなくはないので、我輩は再会を期して蹄鉄をポケットにしまった。
寮に帰ると騎兵科の先輩と思われる方々が集まっている。我輩と同じように愛馬の世話を終えた帰りであろう。我輩は元気良く挨拶した。
「なんだ、見慣れない顔だと思ったら新入生か。これから毎年恒例、新入生叩き起こし合戦をやろうと思ったのに残念だなぁ。」
あんまり先輩達が残念がるので、我輩以外はまだスヤスヤ寝ていると思います、と言ったら大変な騒ぎが始まった。
ドンガラガッシャーン、ゴロゴロピカーッ!
これも魔法であろうか?先輩達が手を叩いたり、足踏みをしたりする度に、銅鑼を打ち鳴らすような音や雷が落ちたような閃光が巻き起こる。騎兵科のおんぼろ寮は今にも崩れそうだ。
「天変地異でござる!この世の終わりでござる!」
タマを始め、騎兵科の新入生やうっかり寝ていた先輩達が飛び出してくる。起床ラッパにはまだ時間があるので、まあ運が悪かったと思って欲しいものだ。
「ノートンは知っていたのでござるか⁉︎酷いでござる!裏切りでござる!」
いや我輩も知らなかった、すまん、すまん、とタマをなだめていて、ミコワイがいないことに気づいた。
「ああ、ミコワイはまだ寝ているでござる。彼は耳元で砲弾が破裂しても、きっと起床ラッパが鳴るまでは寝ているでござろう。」
砲撃の中でも安眠できそうだと羨むか、敵の奇襲攻撃に気付けそうにないと心配するか。我輩は真剣に困った。
ようやく起床ラッパが鳴り響く。そして、朝の行動を済ませたならばいよいよ授業の始まりである。
一般教養クラスの人数は一定ではないが、おおよそ40人だ。
内訳は、
六大学生派閥を構成する科から各3人ずつの計18人、
その他の科から各1人ずつの計20人前後、
それで合計40人程度、となる。
「同じクラスだぜ、ノートン!タマ!」
「3人組は同室の者のようでござるな!」
「良き友に恵まれたから良いものの、意識して他人と関わらないと、ずいぶん狭い人間関係になりそうだな。」
「良き友ってのは俺たちのことなんだぜ⁉︎」
「照れるでござるなぁ〜。」
そんな会話をしながら教室に入ったら、視界一杯に白銀の長髪が広がり、キッと力のこもった紅い瞳に睨みつけられた。
「ご機嫌よう、ノートン。貴方と私は競い合う運命にあるようね。」
シェリナ・カストリオティ、ついこの前の入学最終試験で競い合った才女だ。私が貴族隊を、彼女が平民隊を率いたのだが、この優雅な立ち振る舞いを見ていると彼女が貴族隊の司令官であった気がしてくる。
「お嬢様ぶったところで、成金は成金なんだぜ!シェリナ様よう‼︎」
「ちょ、ミコワイ‼︎ 何てこと言うでござるか!いくら貴族でも言って良いことと悪いことがあるでござる‼︎」
我輩は、ミコワイの頭をやや強めに叩いた。講和交渉が決裂した時のシェリナの迫力がショックだったのだろうが、クラスメイトに対する態度ではない。
「なんだよ、ノートンもタマもそっちの味方かよ〜」
情けなさを強調して、そんなことを言うミコワイ。鈍い彼でも流石に身の危険に気づいたのだろう。
教室はいきなり重苦しい空気に包まれていた。平民と思わしき生徒はこちらを睨みつけ、貴族めいた生徒はお手並み拝見、といった感じで笑っている。
中には無関心な者もいるが、おそらく民族的な問題から我輩達にもシェリナにも関わりたくない者達だろう。
(こりゃあ、大変な学生生活になりそうだ!)
まずは何とか、この状況を切り抜けなくてはならない。しかし、ミコワイは薄ら笑いを浮かべているし、タマは友情と敬意の間で迷い、落ち着かない。そして我輩にも切れるカードはない。
完全な手詰まりだ。
「……もう、ミコワイ君ったら口が悪いんだから!そんな意地悪するなら私だって、入学最終試験でノートンについて来た君が、私の胸元をジロジロ見ていたこと、言いふらしちゃうぞ!」
動いたのはシェリナだった。ミコワイは何とか言い訳しようとワタワタするが、まともな言葉にならず、その可笑しな様子はクラスメイト達を笑わせた。
「うーい、静かにしろ〜い!朝のHRを始めるぞーい。」
担任教官と思われる中年男性がやって来て、朝の楽しい会話はお開きとなった。
時間切れ直前の行動によって優勢を確保し、次の戦いへの流れを自分に手繰り寄せる。
我輩は前回と同じ戦術で、彼女にしてやられたのだ。
「飼い犬にはちゃんと首輪を付けなさい。このことは貸しにしてあげるから、せいぜい楽しませてね、司令官さん♡」
彼女の去り際、我輩にだけ聞こえたであろう囁きに対し、我輩はただ頷くしかなかった。
「うーい、諸君らの担当教官のアフメド・ベイ・ゾグだ。なんだか、もう仲良くなっとる者もおるようだが、小官は馴れ合う奴は嫌いだー!よって、席決めのくじ引きを強行する〜‼︎」
最初の授業は、席決めだった。我輩は左後ろ、窓際の席になった。ミコワイやタマは右前のほうになったので、授業中は手助け出来ない。心配だが、1人の人間としての彼らのがんばりに期待するほかない。
ちなみにシェリナは真ん中の前、教卓のすぐ前だ。手を上げれば真っ先に教官の目につく。授業中の主導権は彼女が握ることになりそうだ。
「あ、あの、ノートン君だよね?わっ、私はクララ!魔法使役物科、じゃなくて使役者なんだ!よ、よろしく‼︎」
隣の席の白い服(我輩の血のルーツ、日本の白装束に似ている)を着た紺色の髪の淑女が我輩に声をかけてくれる。とてもありがたい。
「こちらこそよろしく、お嬢さん。会ったばかりだが我輩達はクラスメイトだ。気さくにクララ、と呼ばせてもらっても良いかな?我輩のことも是非、ノートンと呼んでほしい。家名のようだが一応、個人名なんだ。」
「えっ、あっ、はい!あ、改めてよろしくお願いします、の、ノートン……君!」
「小官は〜、リア充も嫌いだー!」
なんだか、ゾグ教官に目をつけられてしまったようだが、何がいけないのかわからない。そもそも、リア充とはなんであろう?また、つづりを調べる単語が増えてしまった。
「小官は、小官は!隣のあの娘との、ふたりっきりの甘酸っぱい自己紹介なぞ、許さないのであーる!小官は自己紹介を統制、するっ!」
ゾグ教官の主導の下、クラスメイト達の自己紹介が始まった。我輩は重要人物を7人に絞り込んだ。
「歩兵科のアリー・テペデレンリだ。好きなことは肉体強化!よろしくな!」
1人目は、歩兵科のアリー。たくましい肉体と燃える様な赤髪をもつ男だ。歩兵科には珍しい、バニア系の貴族である。サッパリした印象の好漢であるから、派閥に関係なく仲良くなりたいものだ。
「俺はエドモン・オルリク。これからの時代は戦車が戦場の主役になるぜ。」
2人目は機甲科のエドモン。黒髪に金色の瞳が映える美男子だ。騎兵の時代を取り戻したい我輩の好敵手ではあるが、機動力と突破力を重視しているようだから、妥協点を見いだせるかもしれない。ポーラ系の貴族である。
「えーと、私の名前はアリナです。鳥さんみたいに自由に飛べたらなーって思って入学しました!」
3人目、航空科のアリナ。茶色のセミロングが似合う淑女だ。このクラスにいる航空科3名のなかで唯一、キザな印象を受けなかった。ポーラ系の平民であるが、同科の他2名からとても慕われていることから、相当の実力者であると考えられる。空ではセンスのあるものが強い。
「使役者のクララ!力を求めてここに来た!馴れ合うつもりはない!」
4人目、魔法使役物科のクララ……であるはずだ。自己紹介を終えた途端に机に突っ伏していることから、緊張して失敗したと思われる。
しかし、同じ科の2人(今朝見かけた先輩に似た、背の低い女性と尖った耳をもつ背の高い女性)は、名前と科だけ言って座ったから、魔法使役物科は内向的な科で、彼女はその流儀に合わせただけかもしれない。
「情報科の者だ。エージェントA、単にAと呼んでくれて構わない。それ以上は、禁則事項だ。」
5人目、情報科のA。古来より権威の本質とは、その不透明性にあるという。正体がわからない以上、侮るのは危険だ。黒い制服、黒い髪、サングラス。情報科の規格化された容姿から、彼の内面を伺うことはできない。
「フッ、愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。戦史編纂科のナタンジーだ。先人の叡智に触れたい者は、僕のところにきたまえ!」
6人目、戦史編纂科のナタンジー。言い回しはくどいが、バニア系の平民だそうだ。派閥争いには関わらないと思うが、我輩はこの世界の歴史を学ぶために是非彼と交流を持ちたい。灰色の髪と眼鏡の組み合わせはいかにも知的エリートといった感じだ。
「皆さん、初めまして!と、言っても入学試験の最後に司令官を務めさせてもらったから、2回目の自己紹介の人も多いかな?私はシェルナ・カストリオティ。気軽にシェルナ、って呼んでね!」
自然に拍手が起こるのは、そのカリスマ故か?
7人目は、もちろんシェルナである。ポーバニア王国独立後、この国の金融業を独占し巨万の富を得たカストリオティ家の才女。砲兵科に所属する平民ではあるが、その野心は1つの兵科では終わらないだろう。
この他にも、要所要所で重要な役割を果たすであろう人物は何人もいる。それぞれの思惑が絡み合うなかで、いかに我輩の望みを叶えていくか?
実に楽しみである。
ちなみに、我輩はやはりクラスメイトには誠実でありたいと思ったので、勇気を出して異世界からやって来たという話(ダイジェスト版)をした。
そして、また笑われた……
……くそぅ!結局、我輩は笑い者であるか!しかも、ミコワイとタマめ!率先して場を盛り上げるとは何事だ!この人でなし‼︎
こうして我輩は二つ名を持つことになる。
「異世界大将軍ノートン」
新しい世界にやってくれば、新しい名前を授かるものである。この二つ名、甘んじて受けようではないか!
……それはそれとして、今に見ておれ!我輩を笑い者にしよったからには、我輩の言うことよりも自分の判断が正しいと思うのであろう?
その迷妄、否定してやる‼︎
かくして、一般教養クラスでの高校生活が始まった。
また笑われてしまったノートン。
しかし、無理もないのことです。
ポーバニア王国で「異世界から来た」というのは、
ノートンの前世(19世紀末から20世紀前半)に例えれば、「月や火星から来た」と話すようなことですから!
それでは、次回予告。
紺色髪のお隣さん、クララがノートンと急接近⁉︎
そんな2人を見つめる怪しい影!
ノートンは使役者達の学生寮に乗り込んで、小人の先輩と再会することができるのか?
第6話 ようこそ、使役者寮へ!
投稿は明日、水曜日の夜を予定しています。
お楽しみに(^-^)/
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投稿予定日、変更
第6話は
2016年6月10日(金)の夜に投稿したいと思います。
急な変更、申し訳ございません。
物語の構成に一層力を入れますので、今後ともご愛読よろしくお願いします。