第4話 おんぼろ寮と3人組
この物語は「騎兵史観」に基づいています。
つまりフィクションであり、実際の歴史、団体、個人とは一切関わりありません。
少し我輩の前世のことを話そうか。
幼き時のことは覚えが無い。物心ついた時にはアメリカ南部の綿花農園で乗馬をしていた。南北戦争で騎兵隊を率いたという養父が言うには、我輩は日系二世で両親とはぐれたか、売られたかして流れ着いたらしい。
生活に不満は無かった。人種差別が酷いと言われるアメリカ南部であるが、結局人それぞれである。我輩は養父や元奴隷の農園労働者達に可愛がられて育った。
養父がよく話していたことには、農園労働者であるアフリカ系住民達は、待遇はあまり変わらないはずなのに奴隷時代よりも熱心に働く様になったそうだ。
我輩の世話役だった乳母も養父には内緒で、やっぱり自由というのは気分が良いと教えてくれた。
これは特殊な例であったかもしれないが、我輩の思想に大きな影響を与えた事実である。
我輩が一通りの教育を受けた後、養父が亡くなった。するとケチな北部の親戚がやってきて我輩は追い出された。子供の小遣い程度の資金でしばらく食い繋ぎ、我輩は世界を巡ることにした。
第一次世界大戦直前、帝国主義全盛の時代は案外旅に向いていた。いくつかの列強が世界を分割していたから、国境は素晴らしくシンプルだった。
チンギス・ハンを産んだモンゴルの草原。いくつもの遊牧帝国のゆりかごとなったロシア帝国支配下の中央アジア。列強の思惑が絡み合う、かつての騎兵大国ペルシア。ラクダ騎兵の駆けるオスマン帝国領アラビア。ゲルマン人から自治を勝ち取ったマジャール人の暮らす国、オーストリア=ハンガリー二重帝国。
そして、我輩が地の果て海の始まる場所を目指してフランス領北アフリカに立ち寄った時、バルカン半島に1発の銃声が響いた。
それが第一次世界大戦の始まりだった。
混乱のなか我輩はフランス外人部隊に参加。西部戦線で騎兵突撃をやらされ大怪我を負った。塹壕に何も考えずに突っ込んだのだから当然である。
契約で揉めたこともあり、治療を終えた我輩はフランスに愛想を尽かして大英帝国に接触した。
かくして、ドイツ帝国の中央アジア混乱作戦を警戒した英国と一仕事したい我輩の利害は一致。我輩は再び中央アジアの地に立った。
このとき、適当につけられた暗号名がノートンである。もともと坊主とか、坊ちゃんと呼ばれることが多く名前に執着が無かったので今もこの名を使っている。
さて、アフガンの藩王を懐柔したり、ロシア帝国領で反乱軍を支援するドイツの冒険家と対決したりしているうちに戦争は終わった。
しかし、革命の嵐は我輩をロシアに引き止めた。
英国政府の命令でロシア白軍に参加した我輩は、そこでコサック騎兵を率いる将軍に任命された。内戦末期の口約束であったが、確かである。このとき以来、我輩はノートン将軍と名乗ることとした。
コサックの友人達は我輩を信じ、戦ってくれた。しかし、彼らの奮闘虚しく赤軍はソビエト政府を樹立し、我輩は英国へ呼び戻された。
報告書の提出後、我輩は十分な年金を保証されて英国で暮らし始めた。貴族のサロンに招かれて体験談を語るとずいぶん喜ばれた。ほとんどの者はホラ話と思った様だが、ある馬オタクの貴族は信じてくれた。
まぁ、彼の飼っていた汗血馬やら野生馬やらをみんな乗りこなして見せたのだから当然だ。彼と我輩はこうして生涯の友となる。
世界ではいろいろな事件があったが彼の荘園で狩りやら遠乗りやらやる分には関係無かった。古傷は痛んだが、あれが前世で最良の時であったろう。
ところが彼に息子が生まれた頃、ナチスがポーランドに侵攻し状況は変わる。貴族である彼はその義務を果たすべく我輩に荘園と息子を任せると、彼の妻と共にロンドンの貴族院に行ったきりとなった。
毎日の様にロンドン空襲の被害が伝えられ、我輩は老いて戦えぬ身を恨んだ。そして荘園を管理し彼の息子を見守ることに全力を尽くした。……我輩が抱くと赤ん坊は泣き出すので、具体的な世話はウェールズ出身の乳母に任せた。
この時、乳母が赤ん坊に話していた妖精の物語を一緒になって聴いたから、異世界に来たのかもしれない。
そしてある時、赤ん坊が酷い熱を出した。我輩はそれまで特に信仰を持たなかったが、この時ばかりは寝食を惜しんで祈祷した。そのおかげか、赤ん坊はすっかり良くなったが、我輩は風邪を拗らせて死んだ。
幸いというべきか、英国本土航空戦は大英帝国の勝利に終わりつつあり、余裕ができた馬オタクの友が死に際に駆けつけてくれた。
君まで病に倒れたら英国と赤ん坊を誰が守るのか、と叱ったのだが彼は使用人を押し退けて世話してくれた。それは貴族の中の貴族であった彼が、我輩に見せた数少ないワガママであった。
かくして我輩は1941年の夏、独ソ開戦の報を聞きながら死んだ。2度目の世界大戦がどうなったのかはわからない。
気付いた時には我輩はザモイスキー家のお嬢さんに召喚されて、この世界にいたのである。
さて、どうしてこんな話をしたのかというと、実は我輩は養父による軍隊風甘々教育と、フランス外人部隊での即席教育を除けばマトモな高等教育を受けていないのである!
前世では無茶苦茶を言うばかりの士官様を軽蔑し、独学で済ませていたが、ここは異世界である。予想もつかぬ出来事が我輩を待ち受けているに違いない。
そこで我輩はお嬢さんに許可を貰い、この学校に志願したのである。
「長いでござる。しかも固有名詞が多くて辛いでござる。」
「なぁ、ノートン。一度、精神検査魔法を受けたらどうだ?俺の家のかかりつけ医を紹介するぜ。」
「ええぃ、お前たちも我輩をホラ吹きというのか!」
時間は戻る。
入学式をさらっと流した後、我輩は割り振られた学生寮の一室にいた。伝統ある騎兵科のおんぼろ寮だ。
最近の貴族は機甲科や航空科といった新しい兵科がお好きで、騎兵科は不人気。そのため寄付金が少なく維持費が不足しているのだ。
貴族ならば誰でもできる乗馬より、戦車や飛行機、それに飛竜を乗りこなしたいらしい。
(まったく、一芸を極める覚悟はないのか!)
我輩が部屋でもんもんとしていると、バーンッと扉が開かれた。
「よう、ノートン!お前のパンチは運命の女神のキスだったみたいだぜ!」
我輩に続く2人目はミコワイだった。知り合いがいると心強いが、どうも騒がしくなりそうだ。
「もう1人は誰だろうな!ザモイスキー家推薦のノートン、ポトツキー家長男の俺とくれば、きっとすげえ家の奴に違いないぜ‼︎」
3人目はすぐにやってきた。バーンッと扉が開く。
「ナモ族の勇者クロの息子タマ、参上でござる‼︎」
「はぁ⁉︎テメェ、猫耳緑髪の分際でポトツキー家に張り合おうってんのか?ああん⁉︎」
「にぁあん⁉︎シァァァーー‼︎」
「ああん⁉︎ホァァァーーー‼︎」
「やめろ、2人とも。余り吠えると弱く見えるぞ?」
いきなり騒がしくなったので我輩が仲介に入った。民族や身分の差はあれど同じ部屋の仲間。まずは自己紹介といこうじゃないか。
「よし、俺から行くぜ!俺の名はミコワイ!独立以来、国王陛下の相談役を務めてきたポトツキー家の長男だぜ!親父にお前は元気だから大学よりも士官学校が向いているって言われて来たんだぜ!本当は航空科で竜騎兵(空を飛ぶもの)になりたかったけど間違えちまったんだぜ‼︎」
「……立派なお父上だな。」
「まったくでござる。」
我輩たちが呆れているのにも気づかず、ミコワイは自慢気に胸を張っている。騎兵魂を持つ仲間かと思えばトンデモないやつだ。見た目は快活そうな黄金色の短髪でかっこいいのだがな。
「では次は拙者が。走竜を1日で10頭狩った勇者クロ。その息子が拙者、タマでござる。5歳までは遊牧生活をしていたので乗馬は産まれる前から得意でござる!」
「ふーん、お前んとこ親父さんだけでなく、お袋さんも乗馬が上手そうだな。ぐへへ。」
我輩はミコワイの頭を軽く叩いた。まったく油断も隙もないやつだ。
「……言いかたは気に入らないでござるが、その通りでござる!ナモ族に乗馬の出来ない者はいないでござる‼︎この技能を活かして氏族の名を高めるべく、士官学校にやってきたのでござる‼︎」
なるほど。我輩は馬オタクの友を思い出した。我輩は前世では血縁をついに持たなかったが、世界中で家族や一族の絆を見てきた。この猫の様な耳と薄緑色の短髪を持つ好青年もまた、そうなのだろう。
(我輩は彼らに信頼されたい。ならば、まず我輩が彼らを信頼するべきであろうな……)
我輩は覚悟を決めて話し始めた。
「では、我輩の番だな。我輩はノートン将軍。訳あってこの世界にやってきた……」
それなのに、くそぅ! 馬鹿にしおって‼︎
「別に信じない訳では無いでござるよ。ナモ族には先祖が異世界からやってきたという伝説があるでござる!しかし、まあ、生きている人からこんな話を聞くのは、始めてでござるな、ふふふ。」
「俺の姉貴も並行宇宙がどうの、門がどうのと言ってるぜ!……かかりつけ医に。」
「くそぅ!お前たちはもっと、先祖や家族の話を信じるべきである‼︎」
「それよりさ、入試の点でも話そうぜ!俺56点‼︎」
「ふふふ、拙者は62点でござるよ。」
……口惜しいが、これ以上話しても仕方が無い。前世の話はあまりしないことにしよう。
「おい、ノートンはどうだったんだぜ⁉︎」
「平民隊の司令官シェルナ様は、満点で新入生代表だったでござる!ノートン殿も90点以上は確実でござろう⁉︎」
「……2点。」
「「エッ⁉︎」」
「……我輩の筆記試験の点は2点である。」
ミコワイとタマは大いに喜び、肩を組んで笑い、次々に我輩に「騎兵科クラスの劣等生」だの「最弱不敗の騎兵将軍」だのという二つ名を付け始めた。仲が良いのは結構だが、我輩にも言い分はある。
「先ほども言ったが、この世界にやってきてまだ一年程なのだ!専門用語のつづりを間違えるのは仕方が無いのだ!」
「ああ、異世界なら仕方がないぜ(笑)」
「異世界なら仕方がないでござるな(笑)」
「くそぅ!」
前向きに考えよう。我輩はミコワイとタマの、身分や民族を超えた友情の礎となったのだ!
それはそれとして、我輩はこの日から寝る間も惜しんで専門用語のつづりを勉強しようと決意した。見ておれ、夏休み前の試験では満点を取ってやる‼︎
我輩の学生生活はこうして始まったのである。
ノートンも万能ではありません。
まだまだ強くなりますよ!
しかし、ライバルだって強くなる‼︎
第5話では、100点満点!平民の星シェルナ様がノートンの前に再び立ちはだかります。
ですが、ちょっと寄り道。
この世界の、この国の士官学校をご紹介します!
次回 第4.5話「余談だが……士官学校編」
投稿は遅くとも月曜日の午前までには行います。
お楽しみに(^-^)/




