第3話 軍刀と誇りはそのままに
ちょっと長めです。
士官学校の練兵場は広い。大陸国家であるポーバニア王国は東部の山岳地域を除けば、ほとんどが平原である。故に土地は贅沢に使われる。
(それにしても端から端まで馬で30分もかかるとは)
我輩は先ほど制圧した平民隊司令部に向かっていた。講和の儀を行うためである。2つの隊に分かれて実戦さながらの戦いをしたが、いずれは肩を並べる士官学校の学友同士。遺恨を残してはいけない。
「うしし、平民共の悔しがる顔が楽しみだぜ!」
我輩は兜の上からミコワイの頭を叩いた。彼は試験の前に我輩が殴った騎士である。相変わらず油断が抜けないようだ。
「古人曰く、勝って兜の緒を締めよ。」
ミコワイはバツの悪そうな顔をしたが、平民隊司令部が近くなるとすぐに機嫌を直した。
「ノートン、俺は平民の司令官など興味はないがシェルナは別だ。ありゃ良い女だぜ、ぐふふ。」
まったく、馴れなれしい上にゲスな男である。しかし魅力的な淑女に会えると聞いて心踊らぬ紳士はいない。
「あぁ、確かに良い女であろう。3つほど至らぬ点があったとはいえ、あの短時間でこれだけの陣地を作らせたのだからな。」
塹壕堀りは辛い仕事だ。カリスマ性の無い指揮官であったなら兵が手抜き仕事をしたことだろう。
「いやいや、ノートン。お前はこの練兵場初めてだから知らないだろうが、平民らしく手抜きしてたようだぜ。この辺は普段から大火力魔法の試射に使われててさ、もともと穴だらけなんだぜ!」
ますます気に入った。どうしてこの場所に陣を構えたのか不思議だったが納得だ。陣地は大切だが、兵をむやみに疲れさせる指揮官は無能である。
「ふー、ようやく着いたぜ!ご苦労、白王号!」
「ドウドウ、しばらく待っていておくれ、疾風号。」
我々は愛馬を繋ぎ、見張りの者に身分を告げた後、平民隊司令部に足を踏み入れた。
「あなたが貴族隊の司令官、ノートンね。はじめまして、私はシェルナ。平民隊の司令官よ。」
なるほど、評判通りの人物だ。美しく気品があり、それでいて瞳に力が宿っている。
「こちらこそよろしく、ミス・カストリオティ。貴女のような指揮官と生きる時代、生きる国を同じくできることを嬉しく思うよ。」
「もう、貴族の殿方はすぐにミスとか、ミセスとか付けたがるのだから困るわ!これから学友になるのだからシェルナって呼んで。みんなに頼んでるの!」
こりゃあ、教官閣下が冗談のひとつも言うわけだ。自身の魅力を知ってか知らずか、初対面でこのように言われては身分も性別も関係あるまい。ミコワイなど気持ち悪いくらいに照れ始めている。
「了解、シェルナ。とりあえず立ち話もなんだから椅子を使わせて貰えるかな?」
「あら、わたしったらごめんなさい。どうぞ!」
淑女相手ならば催促は控えるが、彼女の言うとおり我々は学友同士だ。遠慮はいるまい。それに今はまだ勝者として振る舞う必要がある。
「試験終了までまだ時間があるわ。少しおしゃべりでもしない?」
「喜んでお付き合いしましょう。」
護衛役であるために立ったままのミコワイが恨めしそうにこちらを見ている。まったく、どうして彼女の目に宿る闘志に気づかないのか?
この戦いは、最終試験はまだ終わっていない。
「まず聞きたいのだけれど、どうやって貴族を馬から降ろしたの?平民の姿で地べたを這って浸透を図る、普段の貴族の態度からは信じられないわ!」
3つの敗因のうち、最初の1つは彼女自身が述べてくれた。では、解説するとしよう。
「簡単なことです。敗戦の汚名を負うか、泥にまみれるか。彼らは後者を選んだというだけです。」
我輩は「敗戦」と聞いたときの彼女の変化を見逃さなかった。これは骨が折れそうだ。
「敗北は誰にでもあるけれど、身分を偽ったうえに嘘をつくなんて、それこそ末代までの恥ではなくて?」
彼女は我輩が騎士に平民の服を着せ、本隊に先駆けて浸透突破を行わせ、偽情報を叫ばせたのがよほど気に入らないらしい。さっきまで照れていたミコワイも顔を真っ赤にして、恥ずかしいのか怒っているのかよくわからない状態になっている。
「勝者が歴史を記録するのです。祖国を守るため、彼らは手段を問わず戦い、勝利した。こんなふうに言えばなかなか様になるでしょう?」
彼女はクスッと笑った。しかし、我輩が「勝者」や「勝利」というたびに目をギラつかせるのは抑えきれないらしい。
(経験の不足、あるいは気質の問題だな。)
今度は我輩から攻めてみよう。
「ところで、どうして塹壕を三重にしたのかな?」
「陣地に奥行きを持たせたかったの。最悪の事態を想定して備えをする、当然でしょう?」
実に適切な、教科書通りの対応。だが、それだけだ。
「貴族隊は平民隊より少ないとはいえ、ほぼ同数。それに対して部隊を3つに分けてしまうのは、戦力の逐次投入というのではないかね?」
「三重の塹壕は少なくとも2つは支援し合えるように設計したわ。それに前線が突破され次第、後退していけばなんの問題もないわ。」
「そのとおり、良く訓練された正規兵ならば、ね。」
ははは、とシェルナは笑うが瞳は完全に闇に呑まれている。ミコワイすら視線を逸らし音の無い口笛を吹き始めている。……下手なだけか?
「それに君には決定的に足りないものがあった。」
「へぇ、なにかしら?とっても知りたいわ。」
我輩は彼女の瞳が焦点を定めぬうちにそっと時計を見た。まあ、なんとかなるだろう。
「それは突撃精神だ。」
「何かと思えば精神論?がっかりだわ!前線の将兵ならばともかく、これから士官や将官になって大局を見るべき人間がそんな気持ちでは、この前の大戦争の時の神聖帝国や旧共和国のようになるだけよ‼︎」
この前の大戦争、というのは我輩がかつて暮らした世界の第一次世界大戦に当たるものだ。西部で大規模な塹壕戦が展開され、多くの戦死者を出した。ただ、異なるのはドイツにあたる神聖帝国が勝利し、フランスにあたる共和国が崩壊したという点だ。
ちなみにロシアにあたる国家ではやはり革命が起き政変があったが、すぐに神聖帝国と講和したために共産党のような極端な思想の勢力は台頭しなかった。そして、東部の混乱に乗じて独立を果たしたのが我らがポーバニア王国である。
話を戻そう。
「ふむ、つまり君は私がただ騎士達の精神的強さに期待して作戦を立案、実行し、偶然彼らの奮闘が報われたことを自分の手柄にして喜んでいる。そう言いたいのかな?」
「ふふ、乱暴な言い方だけど、そうなるかしらね。」
彼女の瞳に落ち着きと光が戻る。この美しい輝きをいつまでも見ていられないのは残念だ。
「その言葉、そのまま返そう。シェルナ、君は机の上の地図と書類だけを見ていて、目の前にいる戦友達を見ていなかったんだ。」
「なッ!!」
「突撃精神というのは例え話だ。何分もただ平野を走っていたらどう思うか?塹壕のなかでただ敵が射程内に入るのを待っていたらどんな気持ちになるか?君は少しでも考えたか?戦いのなかで自己を保つ方法はひとつしかない。敵に対する攻撃だ!」
ははははは、彼女はまた笑った。しかし、その目は勝利を確信していた。
「ねぇ、ノートン。貴方は勝者が歴史を記録するって言ったわよね?」
「えぇ、そのとおりですよ、シェルナ。」
「なら、今日という日はシェルナ・カストリオティが貴族に最初に勝利した日と記録されるわ‼︎」
「残念です、シェルナ。君は勝者ではない。我輩がまだ勝者ではないのと同じように。」
我輩は彼女の目の前で講和文書を破り捨てた。同時に試験終了を告げる鐘がなる。この場にいる誰もがしばらく凍りついたように動かなかった。
「……私の時間切れ狙いにいつ気がついたの?」
「想定だけなら試験の説明を受けた時から。確信を持ったのは君がおしゃべりを提案した時、かな。」
この試験には勝利条件が存在しない。騎兵の機動力という優位を持つ貴族に対して平民が勝利することなどありえないからだ。シェルナのような卓越した指導者と塹壕という新たな戦術が存在しなければ。
つまり、最終試験は平民に貴族の力を見せつける目的で行われる余興に過ぎないのだ。
「……シェルナ、もし君が勝利に固執しなければ我輩たちは健闘を讃え合い、ひとつの目的のために学べたかもしれない。」
「それは貴方が持てる者の側にいるからよ、ノートン。平民はいつも貴族の下に置かれるの。待遇を変える方法はひとつだけ。」
「「戦って勝利すること。」」
我輩とシェルナの声が重なった。彼女はにやりと笑うと、もう話は済んだでしょう、と退出を促した。
「誰にでも敗北はある。シェルナ、それを忘れずに。」
我輩はア然としているミコワイを連れて陣を去った。
「いやぁ、女ってのは恐ろしいぜ。あの可憐な姿の後ろにとんでもねぇ本性を隠していやがった!」
「そうかな、あのくらいのほうが張り合いがあるし、何より人間らしくていいじゃないか。」
「おいおい、ノートンはああいうのが好みかよ!俺ならちょっと気が弱いくらいの娘がいいぜ‼︎」
まったく、ミコワイはなんでも惚れたはれたに結びつける。困ったものだ。シェルナもそうだ。勝ち負けにこだわり過ぎる。
(この試験には勝者はいない。得られるのはただ、士官学校で何を学ぶべきかという示唆だけなのだ。彼女は分かってくれ……ないだろうな。)
平民と貴族が、あるいは多くの異なる民族が肩を並べて祖国の為に戦う未来、それを実現できなければこの国はいずれ滅びるであろう。
我輩がいた世界のポーランドやユーゴスラビアのように。
平民の星シェルナ様の活躍、いかがでしたか?
せっかくの美少女ですから仲良くしたいですね。
それでは次回予告。
ついに士官学校への入学を果たしたノートン。
全寮制の学校のお楽しみといえば……
そう、同室の仲間達!
第4話 おんぼろ寮と3人組
日曜日の夜には投稿します。お楽しみに!