第11話 眼の月の夜
「……平原の支配者たる騎馬民族、彼らを私はナモと呼ぶことにする。彼らのは獣のような耳を持ち……ナモは勇猛な戦士であればあるほど『眼の月』を恐れる。『眼の月』は勇者をどこか遠いところに連れ去ってしまうと信じるからだ……これらの迷信は彼らの野蛮さの現れであるがしかし正しき教えを広めるには好都合であり……」
中世の宣教師シュヴァイツの著作「東征」より
夜空には幾千万という星々が輝いていた。ひとつひとつが地球の北極星の様に強く光り、また色も赤や黄色、青に緑と様々であるために少しばかり騒がしいほどである。
「今日はいつにも増して空の魔力が強いみたい。星が語りかけてくるもの。」
クララが『うどん』をお椀に足しながら言う。先ほどから彼女はノートンのお椀を決して空にしなかった。
「詩的な表現だ。我輩は明るい夜だとしか思わなかった。」
ノートンが3杯目の『うどん』をすすりながら言うとクララは少し顔を赤くした。
「別に詩的でも何でもないよ、星占いが出来るから、その、星の瞬きを見て世相がわかるっていうか……」
ノートンはこの世界の星占いについての知識を思い出す。たしか星の放つ光りに含まれる魔力を読み取ることで吉兆を占うとかなんとか。少し興味があったのでクララに聞いてみる。
「今日の世相はどんな感じかな?」
「うーん、アナグマが丘に登る感じかな……」
ノートンにはなんだかよくわからないが、クララもよくわからない。星は語りかけてくれるが説明はしてくれない。何処の世界でもそれは変わらなかった。
「ふ、普段はもっとちゃんとわかる言葉なんだけど、眼の月の夜は魔力が多すぎるの!」
「ふーん、アレのせいか……」
彼は南の方を見た。夜空の高いところに大地を見下ろす「眼」があった。この世界の月、「眼の月」である。満月の真ん中だけをくりぬいたその姿は巨大な指輪の様でもある。
「……ノートン君、どうして泣いているの?」
「……⁈」
どうしたわけか彼は涙を流していた。目にゴミが入ったわけでも古傷が痛むわけでもない。ただ、じんわりと暖かい気持ちが彼の心を満たし、自然と涙が頬を伝った。
「恥ずかしいな、別にどうという事もないのだが、少し懐かしい気持ちになってしまった……」
涙をぬぐい、再び『うどん』を食べ始めるノートン。そんな彼に対しクララは魔力介入による記憶操作を試みて……結局やめた。彼女はかわりにひとつだけ質問をする。
「ノートン君は、今の生活が楽しい?」
男はもぐもぐと口の中に突っ込んだ『うどん』を飲み込むといくらか困った様に答えた。
「今は楽しい楽しいですんでいるが、どうも先輩達の動きが不審だ。何事もなく、今の日々が続いてくれるなら、素晴らしいと思うのだけど。」
少女は彼の言葉を肯定と捉え、幸せな気持ちになる。彼女は今の彼が好きであった。
「良かった!それならもっと『うどん』を食べるといいよ!遠慮しないで!『うどん』は飲み物だよ‼︎」
「余らせたら悪いからな。いただこう。」
ノートンは門限一杯まで『うどん』と格闘を続け、クララは大変満足し、「アナグマが丘に登る」ような気分になったのだった。
ミコワイは激怒した。しかし、彼は無力だった。
はるかな高みより迫る敵にサーベルは届かない。
タマは怯え、先輩達は玉砕した。
そして、名案を求めて訪れた戦史編纂科でノートンは敵の敵と遭遇する。
これは罠か?それとも……
次回、第12話 「雲上騎兵ドラヤキ」
投稿日未定ですが、お楽しみに!