不稔椿奇怪譚
「知ってて? 椿の恋は半年後に実るのよ?」
どういう意味かしらん、と声には出さずに視線で聞き返してみれば、先生は緩やかにウエイブした髪を揺らして、こう答えてくだすったのです。
「花が咲くのは初春の頃でしょう? でもね、受粉して種ができるのは秋の頃なの。だから、恋が実るのは半年後」
「それは実るではなく、身ごもるの間違いではなくって?」
「まあ、おませさん」
そういって先生は再び笑った後で。
わたくしをそっと抱きしめてくださいました。
それは弥生の末の、ひどく冷たい日のことでございました。
わたくしと先生は女学校近くの公園の、めいっぱいに花を咲かせた大椿の木の下で、そんな話をしておりました。
授業のないその日ばかりは普段の先生と生徒の関係を離れて、わたくしたちはただのひとりの女と、ひとりの娘でございました。
いえ、決してただの、というでもなかったのでございます。
といっても、それは世間に公言できない間柄で。
それゆえに、わたくしたちはこうして隠れて逢瀬を――それは時に唇まで、なんども重ねておりました。
けれどもその逢瀬も、今日限り。
先生は親の定めたお方と結婚するために、明日ここを発たなくてはならなかったのです。
「口づけだけで身ごもれたらいいのに」
「ホホホ。だとしたら私たちは子だくさんね」
口もとを隠して笑う先生に、わたくしは子供のように泣きついて。
ああ、どうして。
どうして女同士で結婚できないのでしょう!
頬を伝う涙と一緒に、頭上の椿もぽろぽろと花を落としていきました。
やがてその椿の花がすべて落ちる頃、苗字の変わった先生から葉書が届き、わたくしの恋の花もすっかり散ってしまったのでございます。
公園の大椿の種が、ただのひとつも稔らなかったという奇っ怪な話が世に広まったのは。
それから半年後のことでございました。