ノートの上はふたりきり
「ねえ、手つないでいい?」
「……ここ、喫茶店」
私の言葉に、彼女は手を止めないまま短くそう答えた。
「ちょっとだけ、ね?」
「宿題中」
今度は冷たい視線まで一緒に向けられる。
見せつけるように頬を膨らませたけど、彼女の大きな瞳はすでにノートへ向かっていて。
手の動きにあわせて彼女の長い髪が小さく揺れるさまを見ながら、私は胸の内で溜息をついた。
彼女の彼女なってからもう二ヶ月になるのに、ずっとこんな調子で。
まわりに誰もいない時はそうでもないのに。
なんか私ばっかり我慢してるみたいで、ちょっと窮屈な感じ。
再び内緒で溜息をついたら、すっと彼女がとなりに座ってきた。花でも咲くような匂いに包まれて、ドキッとしてしまう。
「ここの計算間違ってる」
身体を密着させながら、彼女がシャーペンを滑らす。
でも、それは数式なんかじゃなくて。
『早く終わらせて遊ぼうよ。わたしも手伝うから』
ちらっと私を見てから、こう続ける。
『それまで我慢してね。わたしもいろいろ我慢するから』
無言で宿題を再開した彼女の頬は、でもちょっとだけ赤くて。
そんな彼女のノートに、私も手を伸ばしてシャーペンを滑らせた。
『わかったよ。あのさ』
『なに?』
『大好き』
『わたしも大好きだよ』
そっと肩を預けてくる彼女に、こういう窮屈ならいいかな、なんてそんなことを思った。
了