おはよう
「おはよう」
「おはよう」
いつものように、彼女とあいさつを交わす。
でも、お互い住んでる場所や職業はもちろん、名前さえ知らない関係。
知っているのは、同じ時間に同じ場所ですれ違うことだけ。
彼女はジョギングで、私は犬の散歩で。
いつからそんな風に声をかけ合うようになったのか、よく憶えていない。気がついたら、散歩と同じでそれが当たり前になっていた。
お互い目を合わせて、微笑みかけて。
「おはよう」
「おはよう」
そんな、なんでもないことだったのに。
いつからだろう。夢にまで出てくるぐらいに、彼女を想って眠るのが楽しみになったのは――。
「……そんなこともあったかな」
朝、ベッドの上でつぶやいてみる。
もうあの場所で彼女と逢うことはない。飼ってた犬も死んでしまったし、私もずいぶん前に引っ越してしまった。
懐かしい夢を見て、少しだけ心がくすぐられる。
忘れていたわけじゃないけど、薄れてはいたかもしれない。
あの時の気持ちを。あの時の想いを。
だから私は、昔の私に戻ったつもりでいった。
目を合わせて、彼女に微笑みかけて。
「おはよう」
ベッドの上の彼女もまた、同じように返してくれる。
目を合わせて、私に微笑みかけて。
「おはよう」
今では恋人になった、私の彼女が。
了