魔女と空と、
「うぅ……やっぱり怖いよ」
「あきれた。練習につき合ってっていったの、あんたでしょ?」
「そ、そうだけど、でも……」
「高所恐怖症の魔女なんて聞いたことないわよ」
私はなにもいえず、箒の上にまたがったまま座り込んでいた。満月の夜ならあるいは、と思ったけど、やっぱり怖いものは怖くて。
「あーもー、じれったい」
「え? ちょっ、わっ、わわわっ!」
手をつかまれたと思った次の瞬間、私は彼女の箒に乗って空を飛んでいた。
「ひぃいいい、た、高いいいっ!」
彼女の腰にぎゅっとしがみつく。
そんな私のことなどお構いなしに、彼女はローブをはためかせながらぐんぐん空へと近づいていく。
少し前、不注意で崖から落ちて以来、私は自分の身長より高く飛ぶことが苦手になってしまった。早く直したいとは思っていたけど、だからってこんな急にはさすがに──。
「あんたがヘタれてるから、ほら、見なさい。もう夜が明けちゃうじゃないの」
彼女がふっと中空に止まる。
来るわよ、と細い手が指す先を覗くと、山の頂きが白く輝いていた。気づけば夜はすっかり色を失って、温かい光があたりを包んでいた。
それは、初めて見る夜明けだった。
「きれい……」
「でしょ? こんな景色、魔女じゃないと見れないわ。ほら、森の目覚めよ」
一瞬後、足もとで一斉に輝き出した鮮緑に私は目を奪われた。それはつま先で触れられそうなほど、不思議とすぐ近くに感じて。
「ねえ、もうちょっとだけがんばってみない?」
「……うん、がんばってみる」
ありがと、といって抱きしめると、彼女がビクッと反応した。
それに──。
「どうしたの? 顔、赤いよ?」
「……太陽のせいでしょ? ほら、戻るわよ」
ゆっくりと空が遠ざかっていく。
視界に広がる青色を見ながら、早く自分の箒で飛びたいな──と、私は素直にそう思った。 了




