1-1 生誕
夢を見ていた気がする。
ずっとずっと、遠くの夢。
魂が引きずられるような感覚と共に、ぴくりと今まで反応していなかった体が動く。
それは目覚めの証。
目の奥を貫くような明るさが痛みを伴って襲ってくるも、重たい瞼をゆっくりと持ち上げていく。
「お、おお」
幻聴が聞こえたような気がした。
いや、寝起きで上手く聞き取れなかっただけかもしれない。
何だかエコーがかった色んな物にぶつかって反響しているような音なのは俺がまだ完全に目覚め切ってはいないからだろうか?
そして何で自分の部屋で寝ていたのに起きたら人の声がするのか……あ、親が部屋に入ってきたのか。
それなら可能性的にありえるか。
でも遅刻しそうになっても自己責任だと言って普段起こしにこないのに何で今日に限って?
体の気だるさを億劫に思いつつもぼんやりとした視界の中で人の顔が近くにあることに気付く。
「お、おおおおっ」
目の前の人間は何かに感動しているかの様子で俺の寝起きの顔を凝視している。
近いしそして顔がでかい。
ちょっとどころかかなり気持ち悪く、薄気味悪ささえ感じるんだが。
そんな不審に思っていた俺だが突如ぱちっとスイッチを押したかのように視界がクリアになる。
ついでに音声というか聴力も。
え、何だいまの?と驚愕した俺の目の前に知らないおっさん、しかも白人系で金髪碧眼、割と凛々しい感じだが異様にでかい外人の顔があった。
しかも興奮していて頬がほんのり蒸気しており鼻息も荒く目が血走っている。
「うぎゃああああああああ!」
それは魂からの咆哮であった。
誰だお前誰だお前誰だ誰だ誰だ。
混乱した頭がこの外人をどうにかして理解しようとこの外人を誰かと問うがもちろん俺の頭は理解することができず疑問を繰り返すことしかできない。
「うおおおおおお!」
「ぎゃああああああ!」
俺が大きな声を出したことに反応した男が大声を出す。
その声の大きさと生暖かい息に寒気を感じた俺も同様に大声を出す。
あ、なんか涙まで出てきた。
そう現実逃避しようにも俺の無駄に丈夫な精神は気絶など許してくれない。
「なんと元気な!男の子であろうか!しかももう目が開いて我を見つめ返しておるではないか!」
知るか!と心の中で叫んでみるが俺が泣き出すより早く男は滂沱の涙を流し始めた。
しかもその涙がぼたぼたと俺の顔に落ちてくるほどに。
ひいいいいいい!と心の中の叫びと共にぞわぞわと怖気が走って手足が震える。
「陛下……赤ちゃんがびっくりしておりますわ」
女性の声が聞こえてひょいっと持ち上げられて男の顔から俺の体が遠ざけられる。
え?どういうことだ?
健全な高校二年生の俺の体重は五十は余裕で超えてるぞ。
いくらなんでもそう簡単に持ち上がる訳……。
「ああああぶっ!」
回る景色の中、叫んでいる俺の顔面がふくよかで柔らかな何かに衝突して強制的に叫びを中断させられた。
恐る恐る顔を持ち上げると白目の肌色の山の上に男よりは小さい物のでかい顔の綺麗な女性がいた。
でけええええ!と何がと言われたら色々ととしか答えられない初心な俺だがこの女性は明らかに体がデカい。
これが噂の巨人族か、と驚愕していた俺だが、ふと目の前の山に置いている小さな手が見えた。
え、なにこのぷにぷにの手?
まるでこの女性が言ってるみたいに赤ちゃんみたいな……まさか。
まさかまさかまさかまさか。
背筋を這う焦りは湿り気を交えて俺に嫌悪感をもたらす。
それはゆっくりと手の付け根を探して俺へとたどり着いた事実をあと押しするかのようだった。
「まあ、本当に見えてる見たいですわね。すごいわ。私の赤ちゃん」
早速親馬鹿になるような台詞を吐いている俺を抱く女性のまなじりにうっすらと歓喜の涙がたまっていく。
瞬きして少し開いた瞳には驚愕の顔で見つめる、白人の男の子が映っていた。
佐藤一、日本で暮らしていた平凡な高校に通う二年生。
享年十七歳、短すぎる人生を悔やむことも死因が何かも分かることもできずに。
異世界に転生しました。