表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

相違点

作者: 目262

 数年前、アメリカで日本車のバッシング騒動が起きた。急発進、急加速、ブレーキ不良などの不具合による苦情が複数の所有者から寄せられ、怪我人や死者を出す事故が続発したことから、事態を重く見た米運輸省は日本の自動車メーカーに対して対象車種の全てにリコールを行うように命じ、その数は数百万台に達した。米国マスコミはこぞって自動車メーカーを攻撃、大勢の所有者が集団訴訟によって多額の賠償金を求めるまでに発展し、この企業は窮地に陥った。

 本社の重役会議ではリコール対象車の部品リストを前にして、役員達が頭を抱えていた。どのように調べても不具合の原因が見つからないのだ。現地生産されている全ての部品は日本国内で使用されているものと完全に同一性能であり、日本と同等の厳しい試験を合格していた。

 日本では同じ車種の不具合や事故は発生していないのに、何故アメリカでは起きてしまうのか。完全に手詰まり状態だった。

「運輸省長官に言われたよ。早急に対策を打たなければ、我社は米国市場を失うことになると……」

 つい先日、米下院の公聴会に召喚された社長が疲労困憊の面持ちで呻いた。

「彼らは我社の言い分を頭から信用していないんだ。どんなに説明しても自動車の部品に問題があると決めつけている。何とかしなければ。何とか……」

「しかし社長、ブレーキ、アクセル、エンジン、ソフトウェア、その他の全部品を何度調べても原因になるようなものは見つからないんです。どう考えても事故の原因はドライバーの運転ミス以外あり得ませんよ」

「中間選挙対策という噂もあります。ここまで騒ぎを大きくしているのは、米国内の自動車産業を擁護すると同時に米政府の失政から国民の目を逸らすためだと」

 口々に不満を言う役員達に、社長はうんざりした顔で答えた。

「そんなことは分かっているよ。似たようなことは今までだって何度もあったんだ。だけど、ここまで深刻な事態は初めてだ。運転ミスや政治がうまくいっていない中での選挙シーズン、台頭する外国企業への警戒心、そういったマイナスの偶然が重なって、全員がヒステリックになってしまっているとしか思えない。これは我社にとって致命傷になりかねない。今やうちの自動車は世界中で売れているんだ。売れすぎてしまったとも言っていい。一旦アメリカでの悪評が固まってしまったら、他の地域のお客様達にも影響を与えるのは目に見えている。そうなったら最悪の場合、輸出市場は全滅だ」

 会議室は重い沈黙に包まれた。社長の言葉が決して大袈裟ではないことを誰もが理解していたからだ。

「今度のリコール対策で、問題を完全に収束させなければならない。たとえこじつけでも、この悪い流れや雰囲気を一気に変えるような対策が必要なんだ」

 無論、そんなものが存在しないことはその場にいる全員が知っていた。

「何か違いがあるはずなんだ。日本の工場で生産している何の問題も起きていない自動車と、米国の工場で生産されている自動車には、相違点があるはずだ。どんな些細なものでも、どんな他愛ないものでもいい。それを探すんだ」

 社長の命令で部品調査がやり直され、そのリストを基にして重役会議が再度開かれた。

 日本生産車とアメリカ生産車に使用されている数万点の部品リストを付き合わせて役員全員が目を皿の様にして相違点を探した。そして社長がリストの片隅に記載されているものに気付いた。

「おい、これは何だ。日本工場では使用されているのに、アメリカ工場では使われていないぞ。前の会議の部品リストにはこんなものはなかった」

 生産技術担当の役員が答えた。

「これですか。社長がどんな他愛ないものでもと仰ったので、取りあえずリストに入れてみたんですが」

「これをアメリカ工場にも使うんだ」

「えっ、これをですか?し、しかし、これは部品ではありませんよ。元々工場の作業員がサービスのつもりで使っていただけで。だから前の会議では部品リストになかったんですから」

「相違点がこれしかない以上、試してみる価値はある。もう他に手はないんだ!」

 役員達は半信半疑で互いに目配せしたが、社長の鬼気迫る表情に反論できず、生産技術の担当役員が当の代物を持って急遽アメリカに飛ぶことになった。


「リコール対策の部品を持ってきたんだって?それにしては随分身軽だな」

 アメリカ支社の現地社長は日本からの役員を疑いの目で迎え入れた。無理もない。本社役員が持参したのはトランク一つだけだったからだ。役員はトランクを開けて、中身を支社長に見せた。

「これをリコール対象車のボディー内側で水が入ってこない場所に貼るんだ」

 トランクの中身を見て、支社長は目を丸くした。緑の太線によって縁取りされ、四つに等分区分けされている小さい長方形のシールが無数に詰め込まれているだけだ。

「何かと思ったら、ただのシールじゃないか!これで問題が解決するのか?」

「これが相違点だ。これを貼れば日本と同じになるんだ」

「何か文字が書いてあるな。俺は漢字が分からないんだ。なんて書いてあるんだ?」

「ナリタサン」

「何?」

「成田山だ」


 その後、米運輸省は事故調査の結果を発表し、いくつかの部品に欠陥はあったものの、事故の直接の原因にはなりえず、ドライバーの運転ミスによるものだとの結論を出した。集団訴訟についても和解金の支払いで合意を得、中間選挙が与党の辛勝で終わるとリコール騒動は完全に収束した。

 現在に至るまで同様の問題は再発していない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ