運命の出会いは突然に。
『運命の出会いは突然だ。』
『だから、チャンスを逃さないようどんなときでも迅速に、また冷静に判断できる大人になりなさい』
ふ、と10年前に亡くなった祖父の言葉を思い出した。
中学時代、落とし物を届けてくれた初恋の先輩。
高校時代、ペットショップで見かけたポマとタチ。
大学時代、俺の世界を変えてくれたサークル。
確かに、俺の人生を素晴らしい物にしてくれた出会いは全て突然だった。
やはり、年の功と言うべきか。
まだ、俺自身はそれほど長く生きてはいないが祖父の言葉に嘘はなかったのだと信じられる。
厳格で融通が効かず、なにかあるごとに熱い鉄拳を
喰らわせてくれた馬が合わないクソジジイだったが、この教えだけは守ってやると墓前で約束したものだ。
だが、『コレ』を前にして祖父の教えを実行しろというのは些か酷ではないかと一人頭の中で思う。
この炎天下の中、コンクリートの上を歩き回ったせいで見ている幻覚だと信じたい。
「やっと見つけた!こんにちは、お兄さん!」
現実逃避をしかけた俺の耳に凛と、鈴が鳴ったような声が届き、恐る恐る視線を下に送る。
そこには目をくりっとさせ、いかにも活発ですと主張している少女がいた。
琥珀色のショートボブ、左右にピンクのボンボンをつけた可愛らしい顔立ち。
まさにアイドル顔負けの整った目鼻立ちをしており、普段なら犯罪者一歩手前まで凝視しているのだが、
そんなことよりヤバイモノに声をかけられたという思いから、視線をすぐ前に戻す。
ダメだ、疲れているのだろう。
そう自分に暗示をかけ、一歩踏み出そうとする。
…が、横から可愛らしい手がにゅっと俺のズボンを掴み、それを阻止した。
「無視されるとちょっと傷ついちゃうかも…」
先ほどの声とはうって変わり、今度は蚊の鳴くような声で俺の理性を揺さぶってくる。
「ぼく、すごく困ってるんだ……お兄さんに助けてほしいと思って……」
始めの明るい声はどこにいったのか、涙交じりの声に変わった少女。
「お願い……救えるのはお兄さんしかいないのっ…!!」
悲痛な声が胸に突き刺さる。
無視をすると決めていたのだが、この年齢の子供から発されているとは思えないあまりにも切実で、直接な言葉に気持ちを揺らしてしまい、ついほんの出来心で返答をしてしまっていた。
今思えば、これこそがまさに祖父の言っていた運命の出会いというものだったのだろう。
今まで俺が体験してきた出会いなど序章中の序章、今から体験する物語の0.0001%にも満たない。
俺が返答をしてしまったのは正解だったのかどうか今でもわからない。
ただ、このときこの活発な少女に話しかけなければ、
あんなに悲しい思いをすることも。
あんなに苦しい思いをすることも。
あんなに悔しい思いをすることも・
そして……あんなに嬉しい思いをすることも。
きっと。いや、決してなかったのだと思う。
「……まず、聞きたいことがあるんだけどいい?」
「……っ聞こえてたんだねっ!よかった、言語が通じないのかと思ったよ。なになに?年齢?性別?スリーサイズ以外ならどんとこいっ、だよ!」
そんなに話しかけられたのが嬉しかったのか目に浮かべた涙も拭おうともせず、お世辞にも大きいとは言えないだろう胸を張りながら誇らしげにしている。
くるくると表情が変わる子だ。
そんな様子を横目で見ながら、俺は意を決して口を開いた。
「……どうして、君は大きな道路の真ん中で」
一歩、少女に向かって踏み出す。
「この、舗装された場所に…」
迅速に、冷静に。
「…穴あけて埋まってるんだよっ!!?」
判断できるようになるには、まだ相応の年月が必要なようだった。