05 金色の場所、〝狂人〟との遭遇。2
【カインディス】
その名は間違いなく、わたしの心当たり。
これこそ、魔人を探し回っている人物の名前。
「アル?」
呼びかけられ、はっと気づく。自然と腰に掲げた剣に手をやっていた。
「……何でもない。女将さん、記入はこれでオッケーなら、部屋は二人を希望。場所はどこでも構わない」
「はいよ。じゃあ部屋は順番に選ばせてもらうね。二階の、上がって右手の奥側。けど……実は全室、用意がまだなんだよ。変な男のせいでね。本当に困ったもんだよ。
もし良かったら町に出て、夕方まで適当に時間を潰してくれるかい?」
「分かった。あ、と……女将さん、大きな布を一枚余分に置いといてくれる? それから洗濯物を干す紐」
「自分で洗うのかい? 洗濯ならサービスしとくけど」
「うーん……利用したいのは山々だけど、ちょっとワケありでね」
「ああ。あんたたち、見たところ長旅しているみたいだね。それならいろいろ事情がありだろうし、分かったよ」
洗濯を頼まないのは、性別を偽っているため。マヒトが魔人であると知られないように、万が一の可能性を省くため。
紐の使う目的は、部屋の仕切りなんだけど。
わたし自身、同じ部屋で寝ることに抵抗はない。気を使っているのは彼の方なので、布で仕切ることで納得させた。
二部屋取るだけの余裕はあるけど節約する。どこに行っても金色持ちが請け負える仕事はほとんどなく、ごく限られた物だけだった。たとえば…………臭いこととか。
夕方とは言われたが、夕方のどの辺りまで時間を潰せばいいのか、とりあえず西地区をぶらぶらと歩いて回ることにした。
ここの人たちは自給自足が基本で、彼みたいな金色持ちの旅人に対しても、低価格で宿を提供してくれる。ありがたい話だ。
それに……ここは、同じような人たちが居るから安心できる――と思う。魔人とさえバレなければ、彼はここで平穏に暮らしていけるだろう。
道を行けば、声をかけられる。特に目立つマヒトには友好的だった。
同じ苦労を抱えるもの同士。互いに身の上話をしては、共感しあう。
「……多分これが本当の世界かも」
ぽつりと零れた何気ない一言は、言ったわたし自身も驚くことだった。
マヒトも驚いた表情を浮かべたが、次の瞬間には微笑んだ。少し、悲しそうに。
そんな笑い方しか……もう、できないのだろう。
しばらくの沈黙。
「――そう言えば……成り行きで一緒に旅をしているが、元々オレは行く当てのない旅をしている。今後の目的も特にないが、キミはこれからどうするんだ?
どうしても通らなきゃ――と言うのは、この先へ行くのか?」
「あー……うん。ボクにもどこへ行くって明確な目的はないけど、とりあえずこの先の港町……ガルンへ行こうかなって。あの辺りは物資の流通点だから、金色迫害はまあ……少ない方だし。
本当に当てがないなら、ボクの里帰りに付き合ってよ。小さな島国なんだけど、他と違って金色迫害は絶対にないから」
どうだ――意見を求めると、彼は複雑な表情を浮かべた。
「………………海を越えるの、か。海を見ると、好きになれるかな?」
「見たことない?」
「うん……多分。育ててくれた人は、オレを海が近い村で拾ったと言っていた。元々はその村人が海から拾ってきたらしいんだけど。
どうして海に居たのか? 誰が捨てたのか?
覚えていないが、恐いって感覚がある。海に捨てられて死ぬのが恐かったのかもな」
そして一瞬だけ、人を好いている彼の表情が曇った。
嫌っている?
初めて『嫌い』という感情を見た気がする。きっと、トラウマだ。