35 決戦。3
「〈西風の守り〉!」
バンッと炸裂に似た、鼓膜に響く音。
土埃が起てているのは、奴の剣が風を発生させたからだろう。
視えないのは、風だからだ。
そして、風を防いだのは……マヒト。
「アルディ、ケガは?」
震える手、振るえる声。
それでも真っ直ぐに、奴を見据えていた。
「――あれ? 前に会った時と違うね。あの時は恐怖に震えているだけだったのに」
「恐いのは変わらない。今も心が折れそうだ。それでも全てと向き合うと決めたから、ここに居る」
「ふーん……ま、君は魔人じゃなくて、世界の代弁者だったからね。僕も『僕』に成るまで気づかなかったくらい弱い存在だったし。
ああ、弱いのは『魔人』と拒絶されているからだね」
「それでもオレは、人が好きだ」
カインディスも含めて、だろう。
憎まれ口を叩いても、狂気を中てても揺るがないマヒトに対し、明らかに苛立っている表情を向ける。彼を通して、世界を憎んでいるのだ。
「……アナタは恨みや憎しみの果てに生まれたと言うけど、望まれていないなら、最初から産まないと思う」
「じゃあ、恨まれる原因の男を恨むために、僕を産んだんだね。そういう望まれ方は最高だね。やっぱり僕は、魔人に成るべくして生まれたんだ」
――ダメだ。何をどういっても、かみ合うことなんてない。
会話はいつだって、平行線。
マヒトの腕を掴み、わたしは首を振り。
もうダメなんだと、声に出さず口を動かす。
こうするしかないとばかりに剣を構えた。
「それじゃあ、決着をつけようか」
「いい加減にね」
余裕たっぷりのカインディスと、余裕を見せようと口の端を歪めたわたしと。
一瞬の呼吸。
同時に駆け出した。
右手左手と交互に受けながら、空いた方の手は攻撃をくりだす。二刀使いだからできる技に対し、攻撃と防御を同時にこなす。攻防の切り替えは、ほとんど力任せだ。
途中、マヒトの顔がチラリと見えた。
間に割って入れない。魔法は使えても、結果として人を傷つけることになる。
悪意でも、カインディスは人だからだ。
「いい具合の殺意だけど、まだ足りないね。ほら、もう一回行くよ」
振り上げられる右手。
わたしとカインディスは至近距離。間合いを取る間に攻撃されてしまう。
ならば、衝撃(風)よりも早く懐に飛び込めば、回避できる。
強化補助の追加要素なら、不可能じゃない。
気持ちを背の陣と連結させる。
「〈接続〉!」
ふと、頭を過ぎった言葉を叫ぶ。それは、自らの意思で発動させる、魔法の言葉。
グンッという加速感と同時に、ズキリッと痛みが走る。
いや、痛いという表現は生易しい。多分、代償なのだろう。
奴を倒すためと思えば、耐えられる。
「なっ?!」
驚愕に歪んだ表情が、一瞬だけ目に映る。
何故、一瞬だけなのか。
「はああっ!!」
気合と共に振り下ろした剣が、わたしの視界を遮ったからだ。
ソードブレイカーを真っ二つにし、勢いで肩口から斜めに切りつける。
……が、血は流れなかった。
布が裂け、現れたのは剣士が好んで着けるライトアーマー。
傷つけただけなのは、決して手加減をしていたワケじゃない。おそらく金剛石製か、あるいは僅かでもオリハルコンが含まれている物だ。
カバーしているのは、急所。
身に着けていないとは思っていなかった。
しかも奴は剣士じゃなく、魔人に憧れる悪鬼で、自分を着飾るものには拘っているからと思い込んでもいた。
奪った金色の髪も、魔人であろうとするための飾りだと……。
「ちっ、狂気よ!」
突き出された手がお腹に当たると同時に、衝撃波と同じモノ(痛みなのだろうか?)が走った。
浮いた身体は、自分でも驚くほど高く。
落ちる感覚は、時間がゆっくりと流れているようだった。
「アルディ、受身を取るんだ!!」
父の言っていることは分かる。だけど、受け身が取れないのが不思議だ。
全身に悪寒がするからだろうか?
「させると思う?」
左手で構えるカインディスに、
「くっ、やらせん! マヒトくん頼む!」
突っ込んでいく父の姿は勇ましいのではなく、ギセイのようだった。
「〈息吹く風〉!」
ふわりと風に包まれて、背中を打ち付けることなく地面に降りる。
と、わたしの頭上を越えていく父の身体。
再び魔法を使おうとしたマヒトだったが、速く、父の身体は地面に打ち付けられた。