34 決戦。2
ずっと言えなかった。
言えるはずがなかった。
優しいマヒトなら、止めると思っていたから。
もしかすると血の繋がりがあると、薄々気づいていたのかもしれない。あるいは、一門の一人という関係で。
母が壊れたのは、カインディスの異常が酷すぎたからだと聞かされていた。
父も知らなかった、全ての根源たる原因。
知らない誰かのせいで奴が生まれてしまったのなら……――
「アンタは自分を、不幸な人間だと思ってるワケ?」
「違うね。不幸は悪意じゃない。自分を陥れるための言い訳だよ。
自分は不幸な人間と言えば、ほとんどが同情する。惨めで哀れなことじゃないか」
確かに、『可哀想だね』と同情する人も居るだろう。気持ちを分かってくれる人は、世界でただ一人なのかもしれない。
だから反論できず、父もわたしも黙ったまま。
「光があれば闇ができる。ヴァーレンティアーズの栄光の裏側には、光さえも包む闇が存在していたんだ。
闇は、栄光の踏み台にされた人々。
ヴァーレンティアーズ家が崩壊して、誰か何かした?」
崩壊して呆然としていたのではなく。
誰も、何もしてくれなかった。
それは一部のこと。ミナリーのような人が居ることを、わたしは信じている。
「もう一つ教えてあげるよ。一門のみんなはね、お金が目的なんだよ。
まあ、仕えることや使役されるような真似は屈辱だけど、汗水流さず、平民以上のお金がもらえるからね。
僕は悪意が分かるからね。従うフリした心は、愉快なほどあざ笑っていたよ」
それが本当かどうかなんて、どうでも良かった。
何にしても、父の膝を折るには十分すぎる悪意のこもった言葉だった。
「アルディ、僕はね、生まれた時から世界が憎かった。滅ぼしたいほど、嫌悪と憎悪を抱いていた。
それは魔人に成るべく生まれたから。僕を魔人であると肯定する感情だったから。
いわば、本能なんだよ。
世界に対する恨み、辛み。決して癒されることのない傷。なくならない迫害、差別。
平等であるはずの世界が、どうして不平等なバランスの上で成り立っているのか疑問に思わないのかい?
均衡は崩れている。修復するよりも一度全部壊してしまって、新しく作り直せばいい。
僕は『僕』に成った。魔人はそこの君を定義する言葉じゃない、僕だ。
そう、僕は世界の悪意を抱く者。あふれかえる狂気にして凶器。破壊者だよ」
ならば――と声は出さず、一気に間合いを詰める。
動きを先読みされていたのか、ソードブレイカーが閃く。
ギザギザの部分を刃で受け止め、握る腕を目がけ蹴りを放つ。が、腕はあっさりと剣を放した。
見事に空振りした隙を狙い、もう一本のソードブレーカーを繰り出す。奴は最低でも三本は所有していると分かっているため、難なくかわし間合いを取っておく。
「奇襲のつもりだった?」
「いや。これ以上話しても意味がないと判断したから攻撃したまでだ」
「それもそうだね。真実を告げた所で今更だから。じゃ……世界を壊そうか」
愉快に言う。
「させるか!」
大剣をレイピアのように突き出す。カインディスは二本のソードブレイカー――一本はいつの間にか拾った物――で受け止める。
踏み込む足に力を込め、腕を更に尽きだした。
吹っ飛ばされるカインディス。
追加の強化補助は使っていないが、十分に対抗できると確信した。
そのまま追い打ちをかけようと、突き出すように構えて駆けだし、
「君は、こんな技が使えるかい?」
わたしは飛ばされていた。
――見えなかった。
いや、奴が剣を振るった所は見えていた。それと同時に、身体に衝撃のような圧迫のような『何か』を受けたのだ。
魔法?
違う。
前にマヒトが言った魔人になるための条件――世界を愛することができない奴に使えるはずがない。
「あれ、視えなかった?
仕方ないな~、もう一回だけだよ?」
カインディスの右手が、剣が、下からすくい上げるように振るわれる。
間違いなく、わたし目がけて。
地面に落ちた枯れ葉が舞い上がり、粉々に壊されたのは――