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33 決戦。1




 嫌に目が冴えてしまった朝靄の中、遠くから近づく人影らしき物体が見えた。

 じぃサマなら誰かもはっきりと見えるだろうが、ここへ来る人物の心当たりは一人しか居ないため、見えなくてもどうでも良かった。

 いつでも戦えるように剣を握る。


「――来た、のか?」


「ああ。もうすぐだ。相変わらず人をバカにした笑みで向かってるよ」


 マヒトは隣に立ち、わたしが変わらず見ている一点を同じように見つめた。

 姿がはっきり見えずとも狂気は届いているらしく、少しだけ身体が震えている。世界が恐怖しているみたいだ。


「……改心させたいと、今も思ってる?」


 聞くと、首を横に振った。

 『思っていない』と言うよりは、『分からない』に近い表情で。


「止めたいとは、思っている。けど、アルの話を聞く限りじゃ……」


 強化補助の布陣を受け取った日、わたしはカインディスの正体を告げていた。

 奴は行き場のない悪の、いわば集合体であると。

 マヒトは人も世界も好きだと言うけれど、人の形をしていても、悪意には恐怖してしまっている。受け入れられない感情であるのは明白だった。

 人としての感情でもある悪意だけが何故、拒絶されるのだろう?

 世界が争いをなくそうという意思の下か。それとも、単に悪意が嫌なのか。



「やあ、アルディ」



 答えは別に、なくても良い。

 近くで見ただけで、コイツは有害だと本能が言っていた。


「恩恵を譲る気になった?」


「……家を壊しといてよく言う。そんなモノはない!」


「譲る気がないのは、相変わらずだね」


 ――まさかコイツ、分かってないんじゃ……。

 だからと言って、親切心が働くワケがない。知らないのなら放置しておこう。


「当主も同じくして、か。みんな、どうして僕の邪魔をするのか分からないよ。

 僕は魔人になるべくして生まれた、悪意の意思が聞こえる存在なのに……」


 やれやれと肩をすくめる奴に、


「いい加減にしないか」


 立ち会うべくして居た父が口を挟んだ。


「カイン……お前が五歳の折り、私が言ったことを覚えているか?」


「興味なかったね」


 即答。


「…………だろうな。

 お前は五歳の折り、継承の儀を行っている。私と爺様が証人だ」


 さして落胆しているようでもなく、淡々と語る父。

 ピクリと眉が動いたのを、見逃すわたし――含むヴァーレンティアーズ家――ではない。

 継承の儀を行っていたことに関しては初耳で、布陣にかんして覚えていないのは興味がなかったため分からなかったのか、と納得した。


「結果、儀は無反応を示した。

 だから、何があってもお前に継承権が行くことはない。譲られたとしても、同じことだ。

 もっとも、継承の儀は家が壊されたことによって、二度とできぬモノになっているがな」


 最後の口調は、『どうでもいいことだ』という雰囲気が込められている。

 カインディスが興味なければ、こちらも話すだけでどうでもいい。父の思惑の形が見えてきた。


「…………無反応だった? この僕が? あり得ない話を信じろっていうの?」


「恩恵を受けていないのが、何よりの証拠だ」


 決定的だ。これ以上のモノはないだろう。

 恩恵は魔法だから、カインディスは発動させられなかったことになり、魔人にはなれないということだった。

 奴は気づかず二十三年間、魔人になることに執着していたのか。


 哀れだ、とは思わない。


 可哀想、とも思わない。


「昔っからそうだったよね。僕の言うことやることを否定して、ヴァーレンティアーズの教えが正しいのだと押し付けて。自分こそが正解の人種だとでも言うつもり?」


「間違いを正すのは、大人としての務めだ」


「ふーん……その考えが憎しみや反感の素だって知らないんだ。ま、あの女が言えるわけがなかったし、もう死んじゃったから言えないか」


「何?」


 あの女――カインディスが自分の母親を指す言葉だった。

 目線で『誰?』と聞いていたマヒトに小声で打ち明ける、ヴァーレンティアーズのごく一部しか知らない話。


「アルディ、知っているかい? 世の中には望まずして生まれる子が居るんだよ」


「自分だって言うんだろう?」


「そう……僕はね、理不尽な暴力と罵倒、憎しみと欲望のはけ口の果てに生まれたんだよ」


「どーゆー意味だよ?」


 瞬間、ゾワリッと背筋に恐怖が走った。

 浮かべている笑みは一種の精神攻撃のようで、まともに中てられたマヒトの身体は大きく震えていた。押さえ込もうと自身を両手で掻き抱いても無駄だった。


「この身体はね、沢山の悪意と憎悪で作られているんだ。僕が形成されるずっと小さな小さな種の頃から」


「ま……まさ、かっ!」


 青ざめていく父。

 意味は、わたしにも分かった。

 けど、口に出すことはできない。言葉にして言ってしまえば、父を追い詰めてしまう。


「五年、あの女はよく保っていたよね。まあ、僕の容姿が父親と呼べない男と同じだったからかな?

 結局、アルディという正統後継者を産んでから壊れたみたいだけど」


「………………アルディ」


 『兄妹、なのか?』と唇が動く。

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