28 帰郷。
溺れてはいないマヒトだったが、未だ意識は戻らず。
そんな彼を港の宿屋に残したままというのは、少し心配で気が引ける思いだったが、半日で戻れるだろうと出ることにした。
身体の異変――
気づいたのはちょうど港に着いた時。マヒト程度の体格なら簡単に持ち上げられたはずなのに、それができない。
嫌な予感ほど当たるモノはなく。
家に戻ると……栄えあるヴァーレンティアーズ家はほぼ壊滅状態だった。
幸いなことに、人は死んでいない。人を殺さないけど、ヴァーレンティアーズには手を出す――は、こういう意味だったのか。
剣が重い。
本来、感じるべき重さだ。
自分自身のことは誰よりも、自身が分かっている。
恩恵を、失った。
イコール、対抗する術が全くないことになる。
三日――正確にはあと二日――で殺せるようになる以前に、戦えなければ意味がない。
呆然と、立ちつくすしかなかった。
「――アルディ、無事だったか?!」
背後から声をかけられ振り返る。
「父さんこそ」
黒紫の髪は白髪交じりになったが、姿は変わらない。
わたしの父こと現ヴァーレンティアーズ家当主、ハイエンド・ヴァーレンティアーズは浮かない表情を向けた。
無事なのはいい。だが、家が壊滅した。このタイミングでのわたしの帰郷。わたしの変化。
「…………勝てるのか?」
問われ、分かり切ったことを聞くなと返す。
継承権が移ったとはいえ、恩恵は父の身体にも息づいたままだ。
わたしが失えば、父も失う。
「しかし、何故だ? あんなにも恩恵を欲しがっていた奴の行動が理解できん」
「……父さんですら理解できないことを、ボクが理解できるワケないって」
呆れた口調で返す。父の恩恵は頭脳だった。瞬時に物事を判断、理解できる父ができないのなら、わたしには到底無理なことである。
「むぅ…………確かに、そうだが。
アルディ、しばらく会わない内に、ますます口調が『ソレ』っぽくなったな。父さん、嬉しいやら悲しいやら。爺様なら喜ぶが……すまん」
「――で、肝心のじぃサマは?」
聞くと、あまりいい顔をしなかった。多分、想像通りだろう。
「ギリギリ、目が良かったおかげでなんとか建物の下敷からは免れた……が、最後の最後で頭にガレキが当たって、未だ意識が戻らない状態だ」
恩恵さえあれば――と、呟く。
ここにマヒトが居たなら、確実に助けられたのに。
運が悪いことは、とことん続くのだと迷信を納得した。
「……考えられるのは一つ。恩恵が要らないほどの力を得たことになる、な。実際に遭遇して、アイツ、どうだった?」
「うむ。一言で表すなら、人外、だな。
人が持っている個々の〝気〟は、感情によって善にも悪にも発せられる。が、アレの持ち合わせるモノは、人からかけ離れていた。いや、人の〝気〟が全く感じられなかった。
アルディ……父さんは勝てる見込みがないと瞬時に悟ったよ。どうにもならない」
だから、誰も対抗も抵抗もしないよう指示を出した――そうだ。
「――どうにもならないけど、どうにかしないと」
「…………すまない。皆の期待を押しつけて、人生を狂わせて……本来なら当主である父さんの役目なのに」
「でも、ボクの意思でもある。嫌だったら投げ出しているよ」
「………………本当に、すまない」