26 月なき夜の惨劇。
今日は月のない夜だった。
町長の家は『どれだけ贅沢をしているんだ?』と怒りを覚えるほど、隣接する家もない、広い敷地と豪勢な外装をしていた。
しかし、広い割に外の見張りは居ない。ひっそりと静まりかえっていた。
人の気配は……一つ。
わたしに近づいたソレは、屋敷の明かりを背に、
「やあ、アルディ。数日ぶり」
血の付いた剣をぶら下げ、にこやかな声で馴れ馴れしく話しかける。
その血は、町長の家から続いていた。
「……………………アンタ、何をした?」
「何って……見て分かんない? ゴミを一つ処分しただけだよ。
あ、もしかして君も処分に来たのかな?
そうだよね。君はコレらを外道呼ばわりしたんだからね。当然だよね」
違う――とは否定できなかった。
結局、わたしも奴と同じことをしようとしていた。同じことしか思い浮かばなかった。だから、マヒトに聞いたのだ。
「認めてる?
ヴァーレンティアーズの剣は正義の剣――とか言うけど、悪を斬っている時点で人殺しと変わらないよね。ただの正当化。ただの美化だ」
「……けど、アンタのはただの悪意。己の欲望のまま、人を殺している」
「君の想いだって、人を助けるという偽善の、ただの欲望だよ」
話せば相変わらずの平行線でかみ合わない。お互い、自分の意見を肯定させようとしているから当然か。
そしてわたしは、肯定したくないから肯定するようなことを言う。
「まっ、君と僕とでは価値観が一致すること万に一つもないけどね。で、どうする? 剣を交えるかい?」
「………………やめておく。間違って犯人にされたんじゃ、今のボクでは不利で困るし。決着は、タキオンでつけてやるよ」
「そう? 僕は別にここでも構わないよ。どうせ目撃者なんて、朝まで出ないし」
「っ! アンタ、まさか?!」
「あれ、言ってなかった? ゴミを一つ、処分したんだ」
言われていないし、わたしは勘違いをしていた。
ゴミ一つは町長一人ではなく、町長の屋敷そのもの。
町長と、それを指示する者。無関係の人も含めて全員……だった。
それを一括りにして、ゴミ一つ――きっと町長一人だけなら、チリ一つだ。
「…………殺した理由は何だ? 魔人の親を殺せと言われたからか?」
「依頼を遂行してから殺すなんて陳腐な真似、流石の僕でもバカだと思うよ。殺すなら、受けた時点でしているしね。
今回は別。
最初はちっぽけな存在だったけど、戻ってみたら違っていたからね。恐怖の対象が居なくなったコイツの人を虐げる様は、殺すに相応しいほど清々しかった。そして感じた。コイツを殺せば僕はもっと『僕』に近づける。より完璧な一個体に成れる――そう。まあ、本能ってヤツだね」
「………………何だその俺様理屈は」
意味不明。
理解するつもりはないが、言葉の意味が分からなかった。
虐げていたから、そうした。だから、完璧な一個体に成れる。
欲望と残虐な心を持っていながら、まだ欲するというのだろうか?
「ねぇ、アルディ。世界に悪意があるのは、何で、だろうね? 同じ世界に『在』りながら、どうして拒まれるのかな?」
「何言って……」
「人に正があって悪がある。それを創った世界にだって、両方ある。
なのに、悪だけが恐怖され、拒まれる。だから、行き場のない感情は集結し、一つの意思を示すことにした。
それが、僕。そして、後に生み落とされた代弁者……は、誰なんだろうね」
狂気に歪んだ笑い。
その、あまりにも歪みきった笑顔に、マヒトが居なくて良かったと思った。
カインディスの『本質』を知っているわたしだから耐えられるが、常人の精神はあっという間に壊されてしまう。
「知らなければ別に構わないよ。僕にとって、何の意味もない。いや、逆に好都合かな」
「……ボクも、アンタがどうこう何て知ったこっちゃない。むしろ知りたくもない。行き着く先が倒すことなんだからな」
「最後が君と同意見であるなんて虫唾が走るけど、それに免じて退いてあげるよ。ついでに猶予もあげるよ。
三日――この三日で僕を殺せるようになること。それまでの間、僕は人を殺さないけど、ヴァーレンティアーズには手を出すから」
――どっちも同じじゃないか!
そう言いたかったが、グッと堪える。自らの『人を殺さない』宣言を覆されたら困るからだ。手を出さないと言っている以上、本当に手は出さない――と、わたし自身も確信しているからだ。
「それじゃ、三日後――楽しみにしているよ」
月のない夜。
血塗られた剣。
狂気による自分本位な惨劇。
少なくとも、現・町長によるこれ以上の苦境はないだろう……と、喜べるはずもない。
ミナリーの家に戻ると(事情を聞いたのだろう)彼女の父親に迎えられた。マヒトは疲れて先に休んでいるそうだ。
案内された部屋へ向かうと、マヒトが変わらない哀しげな笑顔で『おかえり』と言った。
ベッドに座ったまま、寝ずに待っていた……のだろう。
隣に腰掛け、ポツリと呟く。
「……ゴメン。ちょっと背中貸して」
「良いよ」
背を向けたマヒトに、背中を預けてうずくまる。
カインディスの所業を前に、わたしは言い訳を重ねて何もできない自分を隠した。