25 最低なルールへの怒り。2
聞こえたのか、バカにした笑いが響く。気をつけるのは月夜じゃない日だ――とか。
それは恨みを持つ者が放つ言葉。
わたしからは、ヴァーレンティアーズの制裁が昼夜問わず行われるから、月夜でも捕まるぞという意味だった。
知らないままの幸せは、今のうちだけ。
「よし。奴らも帰ったことで……マヒト、ミナリーの状態は?」
「…………肋骨数本、内蔵損傷。全身打撲……でも、必ず助ける」
ミナリーの身体に手を当て、目を閉じる。
マヒトと旅をしてから、今までに何回か魔法の言葉(詠唱と言うらしい)を耳にしていて、慣れたつもりで居たけど……いつ聴いても、不思議な旋律のような音だった。
同じ人の言葉だけど、どこか神秘的で。
どこか哀しいのは、マヒトが使うからだろう。
温かい光。
まず、全身から痣が消えていった。この調子なら、内蔵や肋骨修復もそう時間のかからないうちに治るだろう。
一安心すると同時に、こうなってしまった原因がわたしにあることを痛感する。
ヴァーレンティアーズからの支援金――彼女は出所を探られても、頑なに黙秘を貫いたのだろう。そうでなければ、この状態に説明がつかない。収入申告をしなかったのも、ヴァーレンティアーズからのお金だから……という意識からだと思う。
『旅人から宿賃としてもらった』と言えば済むのに、何故言わなかったのだろう?
わたしたちに迷惑でもかかると思ったのなら、それは違う。逆だった。
「――マヒト、後を頼めるね?」
「………………断れない言い方をされたら、うん、って頷くしか選択肢がないよな」
「悪い。止められたくないから。
そのための剣じゃないし、本当は人として道が外れそうなことだとも思う。
けど、実際はそーゆー問題じゃないんだ。
ミナリーはヴァーレンティアーズ一門としての誇りを守ろうとして、踏みにじられた。奴らはそれを楽しんだ。
だからボクは、彼女の思いに報いる必要がある。取り戻さないと――」
何のために、彼女は痛みに耐えたというのか。
わたしはこれから――
「…………一つ、聞いても良い?」
ポツリと呟いたわたしに、マヒトはキョトンとした表情を向けた。とても二十を越えた大人の表情には見えない。
返事はなく、とりあえず聞いても良いものだと肯定して話し出した。
「ボクも、実はだけど、ずっと気になっていたことがある。アンタは人や世界を好きだって言うけど、その好きだって言う人が……人を、殺めていても…………同じことが、言える?」
口にしてみると、やっぱり上手くは言えなかった。
言いたいことはまとまっていて、あとは聞くだけなのに……何故か。
そして、気になっているとはいえ、聞くのはどうなのだろう?
聞いてはならない話、聞けば傷つくと思いつつも。
――ああ、そっか。
聞きたいことは多分、これから人を殺めることになるだろうわたしのことだ。
いずれ離れると分かっているから、どんな感情になるのか知っておけば、辛い思いとかせずに済む。
「…………哀しいとは、思う。うん……実際に、そうなら悲しいな。
赦せるかどうかは、分からない。多分、話を聞けば赦せるかもしれない。オレには憎むという感情はないから。
でも……人も世界も、どこかで傷つけ合っている。傷がない日なんて、ないと思う。
人を殺めることを楽しむ人も居る。
けど逆を言えば、そうならなければ自分の心を守れない。みんな、自分を守ることで精一杯だ。誰も自分が傷つくのは嫌だから……辿り着いた先が他人を傷つけることなのかもそれない。
その人の深層心理を理解した時、ちゃんと答えが出せる。だから今は、曖昧な答えしか出せない」
「そう…………」
でも、納得した。
マヒトは、優しすぎる。
そして、脆い。
カインディスは、許容できる範疇外。いや、すでに赦せるどうこうのレベルじゃない。
だから、わたしは呟いておく。
「でも、カインディスは違う。アイツは正真正銘、人殺しだ」
改心させるという考えは、捨てろ……と。
マヒトはただ、哀しそうに笑った。
分かっている――多分、そんな感じに。