19 手紙。
小屋に戻り、ラクアさんの私物を整理する。知らない他人が手にするよりは、身内が持つべきだと思っての行動だ。
洋服入れの箱などは、まるで盗賊が荒らしたかのように散らかされていた。おそらく、魔人に繋がる何かを探しての行動だろう。
原形を留めている洋服はたたんで、ひっくり返された木箱を持ち上げる。
と、
「ま、マヒト! 手紙、手紙!!」
底が抜け、ひらりと封筒が落ちてきた。
正確には二重底の上蓋だ。気づかなかったのは、隠していたのが手紙一つという薄さだったためだろう。
封筒には宛名がない。
破らないよう、ゆっくりと開封した。
『レクアの子、名もなき坊やへ。
坊やがこれを読むことはないだろう。そう思いながら、坊やに宛てて手紙を残します。
あの日、罪の意識を感じて家を出たのは知っています。知っていながら、それを止めることはなかった。
何故なら、当時の私は妹のように魔人を許容できる人間ではなかったから。
もしもあのまま留まっていたら、レクアの死の真実をしることができたでしょう。
知らないままの坊やに、真実を書き残します。
妹は流行り病で死にました。坊やが居なくなった後、他の村人にも同じ症状が現れました。皆はそれを『魔人の呪い』と恐れたけれど、旅の薬師が病名と、それが流行り病として広まっていることを教えました。
しかし、村人は受け入れなかった。
妹はずっと、坊やのせいではないと言っていた。
その真なる意味を知った私は、妹の願いを叶えるため村を出ました。
レクアの遺体は、呪いを広めないためにと焼かれました。その灰と、残った骨を砕いて粉にして、私はこれから海へ埋葬します。そして遺言を記します。
坊やを拾ったという海は、世界のどことでも繋がっている。私と坊やが出会ったのは、海の導きだと思う。
なら、導きを信じて。海のどこかに坊やが居ると信じて、いつかどこかで遭うために海と一つになりたい。ラクア、私が死んだら海に溶けるように灰にしてね。
坊やへ。
この海のどこかで、また逢いましょう。
ラクア・リステージより、魔人ではない、レクア・リステージの子へ――』
読み終えると、胸の内に熱い何かが湧き上がった。
マヒトという人の理解者が居た喜びと、失ってしまった悲しみと。
奴を許せない気持ちと。
「――アル、手紙って?」
持って行けない私物を燃やしていたマヒトが、顔を汚した状態で戻ってくる。飛んだ燃えカスを拭ったのだろう。
手紙を渡そうと思ったが、顔だけではなく手も汚れている。タオルを投げると、意味を察してか、手と顔を拭いた。
綺麗になったのを確認し、改めて手紙を渡す。
本来なら彼が先に読むべき物。開けてしまったのは、宛名がなかったから――と、言い訳を用意しておく。
文章を追っていく視線は、やっぱり哀しげな色だった。
――だから、泣けばいいのに。
「………………マヒト?」
「うん。オレは大丈夫だ。大丈夫だよ。それより、割れていない壷や花瓶はなかったか?」
「お香を入れる壷なら見かけたけど…………まさか、同じことをするつもりじゃ……」
「それが一番かなって思った」
手紙を読んでのことだろう。反対する理由はなかった。
海にはきっと、レクアさんが居る。溶けて一つになって、いつまでも仲良く居られるだろう。そして世界と共にある限り、マヒトは一人じゃない。逢おうと思えば、いつでも逢える距離に居ることになる。
壮大な抱擁――
それが海の克服に繋がれば良いことだ。
「手伝うよ。一人じゃ辛…………大変、だろうから」
「……ありがとう」
見かけたお香の壷を掘り起こし、少し破けたシーツを持って。
ラクアさんを閉じ込めている炭焼き釜の蓋を開けた。
灰と、僅かに残っている骨と。
砕くために握った木の棒は、剣よりも何故か重く感じられた。