14 お昼の作戦タイム。
宿を出る時、上着の裾を引っ張られた。
「何か用?」
あの時の子どもが俯きながら居た。
何か言いたそうで、でも多分……怖くて言えない――そんな感じだ。
「たっ…………た、す………………あ、あありがっ……」
きっと『助けてくれてありがとう』だ。
「――ありがとう」
にっこりと(やっぱり哀しげに)笑って、マヒトはその子の頭を撫でた。
ありがとうは、ありがとうと言ってくれたことに対しての礼。嬉しかったから『ありがとう』なのだ。
「じゃ、お世話になりました」
当然だが、見送りはない。この外はすでに敵意のある者たちが囲んでいるからだ。
それでも笑って返してくれただけでも……ありがたいことだった。
「アル、頑張ろう」
「…………何をだ」
奴を改心させることを指しているのだろうが、意気込みが空回りするのがわかっているだけに、同意も何もできなかった。
実はすでに空回りは始まっている。
肝心の奴がどこに向かって居るのか分からないからだ。
本物の魔人を探すと言っていたが、今の所、わたしが手にした魔人情報はゼロになっているが、よく考えれば、マヒトに行き着いた所でゼロになっていたのだ。そして彼が魔人だからと……それ以上の情報収集を怠っていた。
マヒトの発する『魔人はここに現れた』情報があれば、奴に行き当たると……――
この町を出ると次にあるのが内陸の町ホーパスに続く道と、港町ガルンに続く分岐点だ。どっちに曲がったかの情報は、すれ違う旅人に聞くしか手はない。
ホーパスは旅を始めた当初に立ち寄っている。そこで『○○に魔人が出た』という始まりの情報を得たのだ。
ちなみに、その町には金色が何人か通り過ぎただけで魔人は出ていない。マヒトが通過していないという証拠だろう。
ガルンはわたしの故郷への道と、物資の流通点。もしもガルンへ行ったなら、そこからどの方向へ向かったかを考えなければならない。
どちらを選んでも、その先の分岐で更に悩むことになる。
旅人の情報次第――
情報、次第……なんだけど。
町を出てから数時間、犬や猫は見かけたけど人は見ない。
見ないと言うよりは、誰も来ないと言った方が正しいか。
「……誰も通らないって何?」
「じゃあ、あの人がこの先のどちらかに居るのか?」
「可能性は大いにあるけど、狙いは金色だから……普通の人は通ると思う、が……」
――前にも、こんな現象があった気がする。いや、あった。
確か、マヒトと旅を始めた一週間くらいの頃か。とある工芸品が有名な村で、魔法を使ってしまった時だ。
逃げるように立ち去ったわたしたちは、そこから遠く離れた地で、隣の村や工芸品を収めている町から誰も近寄らなくなったと噂で聞いた。多分、たまたま立ち寄っていた行商人が逃げ、『魔人が居る』と広めたのだろう。
それと同じだった。
誰かが町に魔人が居ると広め、聞いた人はいつ魔人が居なくなったかも分からないため、立ち寄ることができないのだ。
自然に消えるのを待つか。あるいは勇気を出して立ち寄り、居ないという事実を広めるか。
普通の人なら前者を選び、勇気ある人を待つだろう。
工芸品の村はどうなったかは、今では知る術がない。
「――さて、と」
太陽はほぼ真上。
お昼を前に、分岐点のことを考える。
このまま進めば陽が傾きを見せる頃に辿り着く。どちらに進んでも、町にたどり着くのは夕方か夜の明かりが灯る頃。できるなら『方向を間違えた!』とロスはしたくない。
宿の女将さんが用意してくれたおにぎりを分け合い、地図を眺めた。
「実際に分岐点に行ってみないことには分からないけど、問題はどっちの方向へ行ったかだね。目印があるとは思えないし」
わたしたちは三日の遅れで追いかけている。誰も来ない点から考えられるのは、その三日の差の間、たとえばホーパスへ行ってガルンに向かった――だから誰も来ない……が、あり得る。
しかし、意味が分からない。分かりたくもないけど。
「……オレが言うのもちょっと変だけど、魔人の話は他の大陸にもあるよな?
でも、騒がれているのはこの大陸だけなら、外に出たとは考えにくいと思うが」
「ガルンはなし? まあ、あり得なくはない話だけど……継承権にも拘っているから、故郷に行ったとも考えられる。継承の儀式はウチじゃないと無理だから」
お腹を満たし、思考を回転させる。
ホーパスへ向かうと、その先にあるのは小さな王国。が、立ち寄る可能性は他の町に比べ極端に低い。
何故なら、その小国は貴族主義だから。全部の主体が貴族基準であるため、世間一般の常識は通じない。次元が違う。
たとえ入ったとしても、白い目で見られながら通過するだけだ。
後ろから蹴り倒したくなるのは気のせいだ。
「よし、決めた! 当初の予定通り、ガルンへ行こう。情報収集なら人の多い場所に限る」
それで情報がなかったら、ホーパスへ向かった可能性が高いということだ。
「じゃあ、休憩は終わりだ」
グイッとお茶を飲み干して、マヒトは立ち上がった。