12 〝狂人〟と対峙して……。1
目が覚めたら、外は夕暮れ。
暦表の日付には、泊まった日からバツが付けられている。今日はその日からバツが二個付いた後、あれから二日後の夕方――ということになる。
傷を負った左肩と腹部は、若干引きずる感覚が残っているが、ほとんど傷跡もなく完治した状態になっていた。マヒトの頑張り具合が伺える。
けど、一番頑張ったのは部屋を確保することだろう。
気が付いたわたしに水を取りに出たマヒトは、だいぶボロボロだった。部屋が傷ついていない所を見ると、外に出る度に罵られ続けたに違いない。
と、
「はい。どうぞ」
控えめにノックされたドアに返事をする。控えめ――という点ではマヒトだろうか?
しかし、開けられたドアを潜ったのは、ある意味では予想外の人物だった。
「気分はどうだい?」
「……えっと……大体は。女将さんが居るってことは、ここってボクらの部屋?」
「そうだよ。孫の恩人を無下にはできないからね。
それに……町のみんなを守ってくれたんだ、せめてアタシらだけでもって思ってさ。
正直言うと、魔人は怖いよ。けど……マヒトって〝人〟なら怖くないからね」
苦笑しながら女将さんは言う。
世界はまだ、捨てたモノじゃない。頑張れば、マヒトという存在は受け入れられると証明されたみたいで……。
「起きられるかい? 大丈夫ならお腹に何か入れた方が良いよ。
これは新しい着替えね。お風呂も空いているから、いつ入っても大丈夫だよ」
「……何から何まで…………って、女将さん? もしかして……アイツから聞いた?」
恐る恐る聞いてみる。
『いつ入っても大丈夫』は、いつでも構わないという意味ではなく――
「ああ、女の子ってことね。聞く前に知ったよ。大体、誰が着替えさせたと思うんだい?」
「…………普通に考えたら、知っているマヒトは論外。多分、パニくっていただろうし」
「そーゆーこと。分かっているじゃない」
悪戯っぽく片目を瞑られる。
確かに冷静に考えたら、普通は女将さんになる。
マヒトという意外性も考えられたが、多分それは『絶対に』ないだろう。断言できる。すでに性別を知っているし、同室という点すら気にするくらいだから。
「何かあったら言っとくれ。できる限りのことはするから」
「…………けど、迷惑じゃ」
「言っただろう? 恩人を無下にはできないし、マヒトって人なら怖くないって。
まあ、魔人を追い出せって波風は時間が経っても激しいけどね、みんなも本当は分かっているはずなんだ。それでも、アタシらが迫害される元凶だから……どうしても怒りが先に出てしまうのさ」
その元凶が『あんな奴』だとは夢にも思わなかった――そんな表情で言われ、返す言葉に困った。
噂とは、必ずしも真実をそのまま伝えている訳じゃない。どこかで屈折して、脚色され、尾ひれが着いてしまう。
みんなの中ではきっと、カインディスのような者を想像していたのだと思う。
それが崩され、現実を見て。女将さんは受け入れてくれた。
……一体いつ、誰が、真実をねじ曲げたのだろう。
女将さんに礼を言い、ベッドに寝直す。
魔法が使える人だから、魔人――
一般常識として浸透しているせいか、あまり深く考えたことなかった。
世界を育む生命力を消費して体現できる力。冒涜と言うのなら、魔法は何故そんざいするのだろう?
人は生きるために木を切り開き、土地を耕し、住処を作り繁栄させた。
世界に住まう人の身勝手な行いは、世界そのものを傷つけているような気がする。一人の使う魔法なんて、万人の開拓に匹敵するとも思えない。
わたしは……魔法は嫌いじゃないし、嫌いになる理由も思いつかない。マヒトが使う魔法だから、嫌う理由はない。
――って言うか、何で嫌うのかが分からない。魔法は世界が与えた力と考えれば尚更。
同じ世界で生きているのに、何で魔法だけが嫌いになるのかが不思議だ。
人が誰でも使える力。だけど、誰も使わない。
何故か。
「……そっか。使い方が分からないんだ」
そもそも、彼はどうやって魔法が使えるようになったのだろう?
ぼんやりと考えていると、また控えめにノックがされた。
目を閉じて気配を探る。今度はマヒトだ。