11 魔人と〝狂人〟の対話。2
カインディスは物心が付くと、『僕は魔人になるべく生まれた』と言い出した。以来、ずっと『魔人になる存在』と口にし、同時に『思い込んだ』のだ。
『思い込み』が頭角を現し始めたのは、聞いた話では五歳の頃。まだ剣も握らせていなかった奴が、いきなり斬りかかったそうだ。
剣の握り方、構え方、間合いの取り方。
初めは誰かの模倣かと思っていたが、日に日に変わっていく姿は模倣ではない――と結論に達した。それに奴はすでに、誰かと一緒になることも、されることを嫌だと言っていたらしい。
なら、どうして剣が扱えたか?
『魔人になる僕ができない、なんてないよ』
その一言が、全ての種明かしだった。
信じることは罪じゃない。
けど、奴は信じちゃいない。自分はアイツより優れている――それが当たり前だと思い込んで。
三年前の折、わたしが勝つことにより、その『思い込み』は絶対ではないと証明することとなった。
それで思い直してくれることを願っていたみんなだったが……結果は、今の奴だ。思い直すどころか余計に酷くなっている。
当時の奴曰く、『魔人たる要素が足りなかったせいだ』とのこと。
その内の一つである継承の恩恵があれば、負けるなどあり得ないとも言っていた。
――勝てた理由を言うと、当時のわたしは(すでに)継承の恩恵を受けていたからだった。
ある意味では反則だった。
「…………キミは、魔人にはなれない。絶対に、無理だ」
対峙するわたしたちに割って入るマヒトだが、震える腕を押さえ込めても、声の震えまでは抑えられていない。
それでも言葉にし、意思を伝えようとしていた。
「根拠は?」
「……ある」
震えながら立ち上がる姿は、正直言えば情けない。
だけどマヒトの目からは、少しだけ恐怖の色が消えていた。
打ち勝とうとしている。
胸に手を当て、彼は言った。
「――世界、を愛してくれますか?」
今、彼は何と言ったのだろう?
その口は『世界』と動いたはずなのに、耳に届いたのは『わたし』という女性の音だった。
「………………誰?」
問いかけに、〝マヒト〟は笑顔を返すだけだった。
――笑顔?
笑って、いた?
「ふっ、ははははははははっ!!
世界を愛する?
魔人になるために?
世界を冒涜している存在が?
面白い冗談を言うね。こんなに笑える言葉は初めてだよ。
ホントに、面白すぎて――嫌気がするよ。
あーあ、君のせいで興醒めだよ。アルディもすごく弱かったし、これ以上は疲れるだけだし……うん、今回は見逃してあげるよ。
僕はこの町を出よう。今度は『本物』の魔人を探しに行くから、気が向いたら追いかけて探してよ。また会ったら継承権を得るため戦うからさ」
剣を収め、完全に背を向け立ち去って行く。
今がチャンスなのだが、わたしは不意打ちができなかった。剣士としての恥を冒しても、人を陥れる剣だけは絶対にしないと心に誓っているからだ。
それが、わたしが選んだ剣の道。守るための剣だった。
完全に見えなくなり、小さくため息を吐く。
「…………またゼロか一からのスタートかな?」
わたしも剣を収め、ポツリと呟く。
今の奴に出会うまで三年という月日を要した。
時間がかかったのは、手がかりが『黒紫の髪で、紫の目。背が高くて顔はイケメンで、細身の剣を携えてはいるけど、パッと見は弱そうな優男』だけだから。今度は金色混じりの特徴があるから大丈夫……と思いたい。
「――アルディ、ケガの手当を!」
「……マヒト?」
「うん、大丈夫だ。肝心な時にダメでごめん」
「あ、いや……そうじゃなくて…………」
覚えていないのか?
魔法を使うマヒトは、わたしの知るいつものマヒトに戻っていた。
あの一瞬の違いは何だったのだろう……そう考えても答えが出ないし、これ以上考える気力もない。
人は何かのきっかけで変わるとも言うし、とりあえず、そう結論づけておこう。
「…………あー、悪い。ちょっと気絶させて」
「え、まあ良いけど……じゃなくて、ダメ……とも言えないし…………アルディ?」
徐々に暗闇に落ちる意識。
閉じかけた目が最後に捉えたのは、『誰か、手を貸してください!』と泣きそうに叫ぶ、彼の姿だった。